第51話 赤ちゃんの作り方【過去回想】

「あぅ……あ……きゃぉ!」


 ベビーベッドで寝るハナビ。

 俺とウラが指を伸ばした瞬間、「に~」っと笑って俺たちの指を掴んだ。


「あ、ぁぁ……」

「あ……はは……ちっちぇーな……」


 ウラは幸せそうに微笑み、同時に感極まったのか瞳が潤んでいる。

 俺もその気持ちがわかる。


「うふふふ、ハナビも分かっているのね……お兄ちゃんとお姉ちゃんのことを」

「ああ。そうだぜ、二人とも。今日からお前らは、ハナビの兄ちゃんと姉ちゃんなんだからよ!」


 そう言って、先生とカミさんも嬉しそうに俺たちの肩に手を置いた。


「お、お姉ちゃん……私が……私の妹……私の家族……家族!」


 その言葉を聞いてウラは余計に涙が溢れた。

 両親も、共に戦った仲間も皆失ってしまったウラにとって、新たな家族ができたのだから。


「ほら、ウラちゃん、抱っこしてあげて」

「は、はい、あ、……あわ……ちっちゃい……でも、重い……重たい……」


 ウラがその小さな体で、自分よりも小さなものを両手でしっかりと抱きかかえる。

 絶対に落とさないように、そして絶対に傷つけないように優しく。


「ばぁ、ん、にィ、あぅ、ああ」

「あぁ、この子、笑ってる……私を見て……あぁ、私の妹! ハナビ! ハナビ!」


 抱っこして、また微笑まれる。


「私の妹だ! 私の家族だ! 私の! 私の! ……私がお姉ちゃんだ!」

「きゃおぉ!」


 その瞬間、ウラはもう我慢できなくなってハナビに頬ずり。ほっぺにキス。また頬ずり。

 その気持ちは俺も分かる。俺だって思わず微笑んじゃう。


「……なぁ、ウラ……俺にも触らせて」

「むっ、ちょっと待て、ヴェルト! お前は乱暴だからそっとだぞ? いや、手を洗ったか? 油まみれの手で私の妹に触っちゃだめだぞ?」

「俺の妹でもあるんだけど!」


 目の中に入れても痛くない……まさに、これがそうなんだと俺も実感したからだ。



 俺たちの家にハナビが生まれたというのは、本当に大きな変化となった。



 ウラも今まで心の中でどこか自分のことを「居候」という認識をしていたのか、どこか遠慮があった。しかし、ハナビが生まれて自分がお姉ちゃんになったのだと実感した瞬間、俺たちは本当の家族になれたんだと思う。



「お待たせしました、ご注文承ります。え? 天使? うむ、私の背中にいるこの子は天使で名はハナビだ! 人類大陸赤ちゃんコンテストに出しても優勝するだろう!」



 特にウラはベッタリだった。出産直後のカミさんの負担を少しでも減らす……という建前で、四六時中ハナビを背負って働いていた。

 そして、店に来た客たちに必ず自慢して見せびらかしていたな。

 ま、その気持ちも分かる。だってハナビは超かわいいし。


「ウラちゃん、ヴェルトくん、二人でお買い物? えらいわね~」

「むっ、違うぞ! 三人だぞ! ほら!」

「あら~、ハナビちゃんじゃない。こんにちは! うふ、かわい~」

「ふふーん。そうだろそうだろ。ハナビはかわいいんだぞ! あっ、あんまり私のハナビをジロジロ見るな」

「え~、いいじゃない。もっとよく見せて~」

「む~、仕方ないな。うん、仕方ない。だってハナビはかわいいからな。うんうん、どうしても見たいか! そこまで言うなら仕方ない! ほらぁ!」


 街に出ればドヤ顔でハナビを見せびらかすように歩いて、もう完全に有頂天。

 まぁ、その気持ちは分かるけどな。だって、ハナビは超絶かわいいし。


「う~、あぅ、うう~」

「むっ、どうした、ハナビ? あっ、お腹が空いたのか? いや、……うん、おむつだな。待ってろ、取り替えてやる」

「きゃうぅ」

「ほら、ジッとしていろ。ヴェルトもこれを持ってくれ」


 そして、幸せであると同時に俺とウラにも芽生えた変化。

 それはちゃんとお兄ちゃん、お姉ちゃんであるように努めようという意識の芽生え。

 まぁ、俺は一緒に遊んでやるぐらいで、世話はほとんどウラが独り占めしていたんだがな。


「へぇ、ウラちゃん手馴れてるな!」

「うん、すっかりもうお姉ちゃんだな」

「ララーナさんも大助かりだな」

「しかも、あのヴェルトまで赤ちゃんの世話をしたりしてるし」

「ああ。ちょっと見ない間に、二人とも逞しくなったじゃないか」


 それは、これまでただの「可哀想な小さな女の子」としてウラを見ていた街の人たちも、見直すほどの変化だった。

 そして同時に……


「それに、今でこれなら、ウラちゃんも将来赤ちゃん産んだ時はもう大丈夫ね♪」

「……え?」


 それは、街の人たちが冗談交じりで言ったただの何気ない誉め言葉。

 笑って流すような言葉。

 しかしウラは……


「赤ちゃん……赤ちゃん……」


 そうではなかった。

 








「ウラちゃん、どうしたの? ぼーっとして」


「ああ。買い物行ってから様子が少し変だな。ヴェルト、なんかしたか?」


「いやいや、何もしてねーよ」



 家に帰って、そんなウラの様子をカミさんも先生もすぐに察知した。

 そして、ハナビを抱っこしながらウラはまだ客がいる店内で……



「ララーナさん」


「なーに?」


「赤ちゃんってどうやって作るんだ?」


「……ふぇ?」


「ララーナさんとメルマさんは赤ちゃん作ってハナビが生まれた。私も将来ヴェルトの赤ちゃん欲しい。どうすればいいんだ?」



 その瞬間、店にいた客全員がラーメン噴いた。



「「「「「ぶぼふううううううう!!!!」」」」」



 それは、子供がいる家庭なら誰もが必ず通る道なんだと思う。

 純真無垢な顔をして、人前でそれを聞くウラ。

 カミさんは微笑み顔で固まってしまっている。


「……先生……今こそ先生の前世の教師としての経験を活かして……保健体育を」

「馬鹿野郎……この年齢は担当外だ……」

「いや、でもこうしてハナビも生まれたわけだし、どっちにしろいずれこういう儀式が……」

「……わ、分かってる……しかしだな」


 俺と先生はこの状況に対して目で語り合う。

 しかし、ウラはこっちの事情など分かるはずもなく、キョトン顔で追及してくる。 


「メルマさん? どーするんだ?」

「うぐっ!? ……ああ、えっと、こ、コウノトリのキャベツ畑のおしべとめしべが……」

「おい、先生! テンパり過ぎだ!」

「むぅ? 分からん……ヴェルトは知ってるのか? ずるい、なんでお前だけ知ってる! 教えろ!」

「え? あ、えっと……そうだな、え~……男の、ぼ、ぼっ、勃――――」

「おるあああああ! ストレートすぎんだろうが!」

「いでええ、殴った?!」


 回りくどく教えるか……ストレートに教えるか……どっちがいい?


「ん~……ウラちゃんは将来ヴェルくんのお嫁さんになりたいの?」


 すると、固まっていたカミさんが再起動。

 優しくウラの頭を撫でながら尋ねた。


「え、うん……なりたいというか、そうなるものだと……」

「そうねぇ。なら、少しずつそういうこともお勉強しようね」


 そして、今すぐ全部とは言わないが「そういうこと」も教えることをカミさんは告げた。



「お、おい、ララーナ……」


「いいじゃない、あなた。ウラちゃんは学校にも行ってないから『そういうこと』をなかなか学べないんだし……それに、あまり知識がないままだと、間違って取り返しのつかないことにもなりかねないし、そういう防衛的な意味でも少しずつ……ね」


「まぁ……うん、そうだな……」


「というわけで、ヴェルくんは何故かそういう知識を既に持っているみたいだけど、ウラちゃんがちゃんと理解できるようになるまで、変なことしちゃダメよ?」


「しねーよっ!」



 そうやって、ウラは「そういう知識」を学校に行かずに得るようになっていく。

 カミさんから……時には……



「あっはっは、もう、ウラちゃんってかわい~~!」


「ねぇ! よーし、ならお姉ちゃんたちも教えてあげるよ~!」


「私たち、前までチェーンマイル王国で働いてたんだけど~、経験豊富だよ~?」


「そうそう。なんせ、あの伝説の『フルチェンコ・ホーケイン』様が後世に残した秘技を色々知ってるし~」



 常連のお姉さま方からだったり、少しずつ……少しずつ……イロイロと――



「テクとかコツとか……ヴェルトを骨抜きにしちゃうスゴ技とか、まずは基本的な咥え――――」


「「おるああああああ、それはまだ早いィいいいィィ!! てか、テメエらは出ていけええええ」」


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