第26話 俺には無理だ

「なあ、鮫島。お前の記憶はいつ戻ったんだ?」


 かつての前世について、時間や場所を忘れて俺たちは笑いながら語らいつつも、だんだんと現在についてに話がいった。


「十五歳の戴冠式の頃だ。今から、十三年前の話だ」

「そうか。てーと、今は二十八か? どうやら、俺たちは同じ時間に死んでも、同じ時間に転生したわけではないんだな。多少の誤差があるようだ」

「ああ」

「それで、その誤差の間に、お前は気づけば人間を滅ぼそうとする魔王様になったわけか。皮肉なもんだぜ」


 確かに皮肉だ。だが、その一言ではもう済まないだろう。俺なんかが想像も出来ないほど、魔王シャークリュウは戻れない道を進みすぎた。

 魔王として生きてきた以上、鮫島も十分にそれを理解している。だが、今は、鮫島遼一という前世が全て真実だったと知って、どうしようもなく戸惑っているんだろう。


「朝倉。俺だって人間を全て殺そうっていうのが如何に極端なことを言ってるか分かってる。でもな、許せなかったんだ。どうしようもなかったんだ。俺はな…………」


 鮫島は弱々しく語り始めた。でも、俺は聞きたくなかった。



「ちょー、待て待て、そんな話を俺にしてどーすんだよ。そういうのは、もっと別の奴にしろ。今更、俺に言い訳しても、もう何も変わらねーよ」


「ッ、あ、朝倉…………」


「もう、後悔したって後戻りができねー。そういうもんだろ? お前は、魔王シャークリュウとして生きてきたんだから」



 俺の言葉に、鮫島は複雑な表情を浮かべながらも頷いた。


「そうだ。俺は、もう後戻りはできないんだ」

「だったら、言うな。ワリーが俺にはフォローできねえよ。ケジメの付け方はテメエで考えろ」

「ケジメ……か」

「ああ。お前がどうしてこうなったかは知らないが、たとえ聞いても俺はそれを正しいとか正しくないとか言えるほど立派な人間でもねーし、何より今の俺にはお前を止める力はねえ」


 今の俺は限りなく無力だった。

 こいつにかけてやる言葉すらない。

 たとえかけたとしても、全部薄っぺらいものになっちまうからだ。

 情けない話だが、俺にできることは何もねえ。

 出来るとしたら、


「グチは聞いてやれねーが、その代わり、本当にどうしてもすがりたくなったら、助けてって言えば、出来る範囲でならなんとかしてやるよ。前世のよしみでな」


 出来るとしたら、出来る範囲のことまで。

 すると、鮫島は切なそうに笑った。


「バカ野郎、朝倉。今更、俺に鮫島遼一を思い出させやがって。しかも、前世と同じで容赦ねえ」

「しんど過ぎる人生を過ごしてきたんだな、お前は」

「もっと、どうしてもっと早く、会いに来てくれなかったんだ」

「悪かったな。お前が記憶を取り戻したときは、まだ生まれてなかったんだよ」

「ったく。でも……会いに来てくれて、ありがとな」


 鮫島も、それで十分だと笑って応えた。

 鮫島は、どこかスッキリしたような表情だった。

 俺ごときの存在がそれほど影響あったとも思えないが、今は背負っていた荷物が軽くなったかのような顔をしていた。


「さっき、俺の娘にも言ったけど、俺たちは負けた。これ以上、無駄な争いを続ける気はない。俺は大人しく投降するよ」


 責任の取り方を決めたのか、随分とアッサリしたものだ。

 だが、投降するということは、同時に別れを意味する。



「どうなるか分かんねーけど、処刑でもおかしくねーぞ? 運が良くても無期懲役か?」


「ああ、覚悟の上だ。俺が率いて俺が始めたんだ。全ての責任は俺にある。この首一つでどうなるとも思えないが、自分の手で最後ぐらいは幕を引くさ」


「けっ、かっこつけやがって。筋を通すってか? 逃げりゃいーのに、まじめなやつ。まあ、好きにしろ」



 鮫島も俺も分かっている。魔王が降伏すればどうなるかぐらい。

 前世を越えてようやく再会した俺たちも、恐らくこれで永遠の別れになるだろう。


「もしブタ箱にぶち込まれたら会いに行ってやるよ。豚骨ラーメンの差し入れ持ってな」

「ああ。いつか、いつか、また会おう。何だったら、来世でも」

「俺たちにはギャグにならねーからタチが悪い」


 ハイタッチ。

 体育祭のリレーで勝ったとき、思わず俺たちはやったっけ?

 あの頃はこんなことになるなんて思わなかったが、死んで俺たちはとんでもねーところまで来ちまったもんだ。


「なあ、朝倉。それで別れる前に申し訳ないんだが、一つだけお前に頼みたいことがある」


 頼み? なんかイヤな予感がする。そんなマジな顔して、サラっとメンドクセーこと頼むじゃねーだろうな?

 だが、それは当たった。

 鮫島は十歳で、力も才能もない俺に向かって、



「さっそく、さっきのどうしてもを使わせて欲しい」


「はっ?」


「連合軍の追っ手が来る前にお前にはここから逃げてもらうが、ウラを一緒に連れて行って欲しい!」



 はっ? 俺が理解するのに数秒の時間がかかる中、鮫島は俺の前でありえないことをした


「はあ? バ、じょ、冗談じゃねーよ、何で俺が!」

「そして、後生の頼みだ! 頼む、人間たちからウラを守って欲しいんだ!」


 鮫島であり、シャークリュウでもある魔王は、いきなり俺の目の前で土下座した。


「て、おいおいおいおい待て待て待て待て! 魔王が土下座すんのはヤメロ! って、俺この光景誰かに見られたら殺されるんじゃねーか?」

「お願いだ! すがる相手はもうお前しかいないんだ!」

「いやいやいやいや、何を言ってんだよ、お前は!」

「俺は死んでもいい。覚悟も出来た。だが、娘だけは違う。ウラには、もっと、もっと広い世界を見て欲しい。親のわがままだ。ウラにだけは死んで欲しくない」


 ちょっと待て、まずは落ち着け。いきなり魔王の娘を守れとか、何を言ってんだ?



「朝倉。俺は恐らく死ぬ。連合軍の追っ手が間もなくここに来るだろう。捕まれば、俺もウラもまず間違いなく殺される。俺は殺されても構わない。でもな、ウラだけは別だ。ウラだけは死んで欲しくない。でも、この状況では、ウラを魔国に帰すこともできねえ。それに、帰したところで敗戦国の姫だ。どういう扱いを受けるかは想像がつく。あの子だけには死んで欲しくないんだ!」


「だからって、頼む相手を考えろよ! 人間殺しまくった魔王の……その娘を守れだと? 見ろよ、俺を! 十歳だ! 十歳のガキだ! 勇者でもねえ、魔法も才能もねえ農民の息子だ! そんな奴に、よりにもよって魔王の娘を守れとか、メチャクチャ言ってんじゃねえ!」


「魔王の娘じゃねえ。俺の娘だ!」


「どっちでも同じだよ! 犬や猫を預かれって言ってんじゃねーんだぞ!」


「無理を言ってるのは分かってんだよ! でも、お前にしかすがれねえ。お前しか頼れる奴が居ないんだよ!」


「馬鹿言うな! 敗戦国の姫だろうが何だろうが、魔国に逃がす方がこの人間の国で匿うよりはマシだろうが! 俺に預けるんじゃなくて、ルウガとかと一緒に逃がして面倒みさせろよ! つーか、前世でそこまで仲良くもなかった俺にいきなり娘を預けるなよ!」


「俺は友達だと思っていた!」


「い、いや、そんなこと言ってもよ……いや、可能な範囲で助けるとは言ったが、これはその範囲を……」

 


 何だか言ってて、デジャブだった。

 以前もどこかに、両親が殺されて、前世の高校時代の担任に自分を引き取ってくれとかメチャクチャ言った、迷惑きわまりないガキが居たな。



「確かに何とかしてやりてぇが、俺が引き取るより、やっぱ逃がす方法を考える方がいいだろ。どっちにしろ、俺に預かれってのは冷静に考えても無理だ」


「いや、お前はやってくれる。不良だ、メンドクセー、たりい、そう言ってたお前だったのに、体育祭のリレーではみんなが繋いだバトンを持って真剣に走ってくれた」


「ッ、こんの分からず屋が! 体育祭のリレーとは訳が違うんだぞ! 俺は誰だ? 朝倉リューマだ。どーしようもねえ、不良でクズでバカで、…………そのバカが死んだって直らない……いつだって、後悔ばかりだ」



 正直、俺はやめてくれと思った。俺自身がめんどくさいからじゃない。

 俺には絶対に無理だと分かっていたからだ。鮫島は前世以来の再会で感極まっているだけで、俺を過大評価し過ぎている。


「魔王の娘を守るってことは、世界を相手にしてでも守り抜くってことだ。そんな大役……わりーが、俺にはできねーよ」


 言いながら自分が情けなくなった。どうしようもなく、自分自身が無力だと身に染みた。


「とにかく、逃がす方法を考えようぜ?」


 魔王が軽くない頭を下げているのに、俺はそれを無理だとしか言えなかった。

 だが、その時だった。

 天幕の外から騒がしい声と悲鳴が聞こえた。


「う、うわあああああああああああああああああああ!」

「ひ、ひいい、じ、じ、人類大連合軍だ!」

「くそ、くそ! 見つかった! 見つかっちまった!」


 忘れてはいなかった。

 ただ、今は忘れたかった。

 ここが、戦場であることを……

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