第24話 魔王の慟哭
「そういえば、先ほどから気になっていたが、そのフードを被ったのは誰だ?」
魔王の言葉に、ウラとルウガが焦って俺の前に立つ。
「ま、魔王様、こ、こちらの方は、ウラ様の命を救っていただいた方で、我々の敵ではなく、その~」
「ヴェルト! 後でお前の願いは聞くから、ここは大人しくしろ!」
「あー、なんかもう、雰囲気的にやばそうだから今すぐハッキリさせときたいんだよ。だから、ワリ」
俺はフードを取った。その瞬間、お通夜状態だった魔族たちに衝撃が走り、次の瞬間怒号が飛び交った。
「に、人間の子供だ! なんで、人間がここに居るんだよ」
「俺たちを殺しに来たのか? それとも追っ手か!」
「子供だからって容赦しねえ。勇者だってこれぐらいのガキだったんだからよ!」
受け入れがたいか。まあ、そりゃーそうだろ。てか、殺されねーよな? ルウガとウラ、フォロー頼む。
「静まれい!」
さすが、ルウガ。その声一つで魔族たちの怒号がピタリとやんだ。
「確かにこの少年は人間だ。しかし! 彼は危険を承知で瀕死のウラ様を救ってくれたのだ! 我ら魔族の恩人に対し、無礼な真似をするな!」
事情を知らなかった魔族たちの間にどよめき、そして戸惑いが流れる。
そりゃー、信じられないのも無理はない。それに、子供とはいえ俺は年齢的には勇者とそれほど変わらないらしい。
子供だから大丈夫というわけにはいかないだろう。
「それは、本当か?」
魔王が口を開いた。
「その通りです、父上。ここに居るヴェルトに、私は救われました。それに、ヴェルトはエルファーシア王国の人間。此度の戦と何の関係もありません」
ウラも俺を守るように魔王へ事情を説明する。
その瞬間、魔王から発せられていたプレッシャーがほんの僅かに緩んだ。
「そうか。ならば、礼を言わねばならんな、小僧。現在の世の流れとしてお前と馴れ合うことはできんが、一人の父としてお前に礼を言おう」
そして、人間である俺に、しかも子供に対しても礼儀を見せる。
ここら辺が魔王の器のデカさを感じる。
「あ、あ~、いーよ、別に。状況によっては見捨てるつもりだったし」
「褒美を取らせよう。貴金属ならば、お前たち人間の世界でも高値で売れよう」
そう言って、魔王は自分の指にはめている指輪を抜こうとする。美しい緋色に輝く宝石が埋め込まれている。
宝石に知見が無くても分かる。メッチャ高そうだ。
って、そんな場合じゃなかった。
「待ってくれ。それはそれでありがてーが、俺がここに来たのは褒美を貰うためじゃなくて、魔王様に聞きたいことがあったからだ」
「ん? 聞きたいことだと? それは、どうして戦争をするかといった類のものか?」
「いやいやいや、そんな高尚なこと聞かねーよ。そんなもんお互いの事情なんだろうから、俺には興味ねえ」
そう、俺が聞きたいのは、いや、確かめたいのは一つだけ。
「今からスゲー変な質問するけど、意味分かんなきゃそれでいい。俺は黙って帰るよ」
「かまわん。言ってみるがよい」
緊張してきた。
心臓がバクバク言っている。
「あんた、空手部の鮫島か?」
言った。聞いた。
そして、どう出る?
あまりにも唐突で意味の分からない質問に、ウラもルウガも他の魔族もキョトン顔だ。
で、魔王はというと……
「……ッ……こ……小僧」
一波一つたたない浜辺のように静けさのなか、ポツリとこぼしたが……
「どこで……いった……い……一体どこでその名前を知ったァァァ!?」
洞窟内を埋め尽くすほどの漆黒のオーラに押しつぶされそうだ。
やべえ、マジで怖い。
でも、どうしてだろうな。
親父とおふくろを殺した亜人よりも何倍も強いはずのこの魔王を、相変わらず怖いとは思うのだが、死への恐怖は感じなくなった。
それは、今ので俺の中で、こいつの正体を確信したからだ。
「父上、どうされました、父上!」
「魔王様、お気を確かに! ッ、ヴェルト殿、何だったんだ、今の問いかけは! 空手ブのサメジマとは?」
魔王はどうしようもない事態に混乱しているんだろう。
「言え! 答えろッ! なぜだ! なぜだ! なぜだ! なぜだッ! 何故……何故その名を知っている! 貴様は……貴様は一体何者だッ!?」
俺だって、立場が逆だったらこうなっていたかもしれない。
先生と会ったときは、ラーメンというものを介して互いのことを知り得たのに対し、今回は唐突な直球の質問だったからな。
「落ち着け。その質問に答えるには、まずお前の正体は鮫島でいいんだな?」
「ッ、なぜだ、ナゼダ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ!」
それにしても……そうかお前は……人間に転生しなかったんだな……
「忘れたか? 俺は、お前と体育祭のリレーで一緒に走った」
「なっ!?」
「リレーに勝って、お前は柄にもなく不良の俺にハイタッチしてきたじゃねーかよ」
「フリョウ? 不良だと? リレー……不良……あっ!?」
俺の言葉に、魔王もハッとした。
「あの時、お前が意外と熱い奴だって知ったんだよ………まあ、別に特別仲が良かったわけでもねえけど、こんな形で……かつてのクラスメートと再会するとは思わなかったよ」
そして、魔王の表情が変わった。
威厳に満ちた王の顔ではない。
優しき父親の顔でもない。
「うそ、だ……うそだ……お、お前は……まさか……お前は……」
ずっと迷子だった子供が、心細くて、つらくて、どうしようもなくて……そんな弱さが滲み出ていた。
魔族の誰もが見たことがないであろう。魔王の本当の素顔。
「俺だよ。朝倉リューマだよ」
ようやく再会できた旧友に俺はただ、笑顔で告げてやった。
「あ……あさく……朝倉……朝倉なのか?」
「ああ」
魔王の瞳が滲む。
体を震わせ、うろたえている。
「う、うそだ、だって、だって、あの世界の記憶は全部……我の……『俺』の妄想だったんじゃ……」
「人間として生まれ変わらなかったお前が、そう思っちまうのも無理はねえ。随分と、しんどかったろうな」
「ッ、あ、あさくら……お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして、魔王の慟哭だけが響いた。
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