第5話 俺の生きる目的
フォルナを無理矢理帰した。
ものすごい事情を聞きたがっていたが、これからの会話は誰にも聞かれたくなかった。
幼なじみであろうと、血の繋がった両親であろうとだ。
早々と店じまいしたトンコトゥラメーン屋には、俺とマスターの二人しかいなかった。
「ヴェルト・ジーハくんだったな」
「おっちゃんの名前はメルマ・チャーシだったな」
「ああ、それじゃあお互い名前を知ってるのに変な話だけど」
「自己紹介するか」
カウンターに二人並んで座る俺たちは、この世界の誰もが理解できない会話を今からするのだった。
「俺の前世の名は……朝倉リューマってんだ」
その瞬間、マスターは固まった。
「うそおおおおおおおおおおお!」
「本当だよ。ってか、あんたは?」
「えええ、朝倉? お前、朝倉だったのか! 俺は小早川だよ! お前の担任の」
え……ええええええええええええええ!
「なにい! あんた、小早川先生だったのかよ!」
今度は俺が驚く番だった。
「ああ。おいおい、マジかよ。あのクラス最大の問題児とこんな形で再会するとは思わなかったよ」
「いや、俺もまさか二度と食えないと思っていたラーメンを食えて、それを作った奴があんたとは思わなかったよ」
「しっかし、お前、随分と可愛い姿になってやがるな! 十歳だっけ? 最後に会ったのは高校生の頃だろ?」
「俺だってどうなってんのか分かんねーよ」
「そっか。だが、なんというかもう、あれだ……言葉もないな」
「ああ、そうだな」
なんと、マスターの正体は俺のクラスの元担任だった。
よく覚えている。
根性のある熱血教師で、不良の俺相手にも一切怯むことなく、それでいてよく気にかけてくれていたのを覚えている。
「なあ、朝倉。お前はいつまで覚えてる?」
いつまで。それは、前世の記憶だ。
「修学旅行でバスが落ちたところまで。二年前に全てを思い出した」
「そうか。じゃあ、俺たちはやっぱりあの事故で一回死んで、異世界であるここで生まれ変わったってことで間違いないんだな?」
「ああ」
お互い同じ瞬間で記憶が途絶えている。だから、やはり自分たちに起こった現象は同じだと確認できた。
「なあ、先生。あんたはいつ、思い出したんだ?」
「二十歳のころだ。ここの東にあるロルバン帝国のレストランで料理していた頃だ」
「いま、歳いくつだ?」
「三十二歳だ。小早川だった頃は五十一歳だったからな。なんか変な感覚だよ」
「じゃあ、あんた今日俺に会うまでの十年以上も、孤独だったわけか」
孤独。それは天涯孤独という意味ではない。俺たちにしか分からない言葉だ。
「そうだな。俺は十九でこっちの世界で結婚した。妻は当時と変わらずおしとやかで、可憐で、よく尽くしてくれている。だが、記憶がよみがえってから、幸せなのにどこか複雑な気分だ」
「そっか。そういえば、先生は確か元の世界で……」
「ああ。妻と子供が居た。あいつらが今どうしているのか、どんな生活をしているのか、俺が死んでどうなったのか、それだけがいつでも気がかりだ。だが、こんな悩みを誰にも打ち明けることができない。メルマという男に生まれ変わってから、今日が初めてだよ」
俺はまだ運が良かったのかもしれない。俺が思い出したのは、たかが二年前。
だが、この人は十年以上もその苦しみに悩まされてきたんだ。
「でも、まさか不良のお前に再会したことで、こんなに心が救われるとは思わなかったよ」
「ってか、俺も豚骨ラーメン食わされなければ分からなかったよ」
「ああ、ラーメンな。地球や日本の痕跡がまるでないこの世界で、料理人だった俺に出来たのは料理を作ることだ。前世の記憶を頼りに十年もかけてスープと麺を作り出した。インターネットでもあれば、もっと楽に作り方が分かったのにな」
「インターネット! ははは、まさかあって当たり前だった単語を懐かしいとすら感じまうとはな」
久しぶりに心から笑った。
それは、小早川……いや、メルマも同じだった。
俺たちは日が暮れようと、いつまでも飽きることなく語り合った。
そして、何時間も経ち、流石に家に帰らないとまずい時間になった。
だが、帰る前に俺は最後に確認したいことがあった。
「なあ、先生。俺たち以外にも同じようなことになってる奴って居るのかな?」
「……」
それは、俺たちが再会できたからこそ言えることだった。
「俺は、恐らく即死だった。誰が死んだかは分からない」
「そうだな、確かにあの事故で全員死んだとは限らねぇからな。だが、一人だけ間違いなく死んだ奴を知っている」
「なに?」
「俺は、死ぬまで少しの間意識があった。意識が無くなる直前に、あいつが力尽きるのを見た」
そう、彼女は死んだ。俺の目の前で。
だが……もしあいつが、もしこの世界に生まれ変わっているのだとしたら?
「神乃美奈」
「……神乃が? そうか……一番死にそうにない子だがな」
「まあ、生きていてくれてるんならそれでいいさ。つか、それに越したことはねえ。だが、もしこの世界で俺たちのように生まれ変わっているなら……」
会ってやりたい。同じ気持ちを抱えてるなら、救ってやりたい。
いや、違う。それはかっこつけだ。本当の理由はもっと単純なもの。
俺が会いたいだけだ。
「お前、神乃のおかげで学校来るようになったからな」
「ぬっ!」
「まあ、本人以外はみんな気づいていたみたいだけどな」
「なっ、ま、マジか! 俺は誰にも言ってねえぞ!」
「見てればモロバレだったからな。だが、事実だろう? あいつがお前を学校に引きずり込んで、お前は変わった。友達も増えた」
嘘ではない。勿論、喧嘩も続けたし悪友ともつるんでいた。
だが、普通に学校行事に参加したり、クラスのイベントに参加したりして、周りと打ち解けたのも事実。
「まあ、恩人みたいなもんでもある。そうだな、だから……会いてえな……この世界に居るならよ」
それに気づいたとき、ずっと無かったはずのものが見えてきた。
「決めたよ、先生。俺は、この異世界を回る。そしていつの日か、神乃を見つけてみせる」
どうして俺が生まれ変わったのか? 俺はこの世界で何をするべきか。その何かを俺は見つけることが出来た。
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