第3話 未来の嫁らしい

 ちょっと昔を思い出した。


『うえええええん』

『うるせさいな。泣くなよ~、もうここら辺までくればお前の知ってる所だろ?』

『こらこら、ヴェルト。仲良くしなさい』

『女の子を泣かせちゃダメだぞ!』


 五年前、家族と王都に向かう途中で見つけた幼い少女。

 その子はこの国の王の娘で、護衛の目を盗んで王都の外に出たところ、一面麦畑の中で迷子になって俺たちに保護された。


『だって、だって、ワタクチもうだれにも会えないどおもっでだまじだがら』

『何だ、ヨワ』

『えええええええん、怖がったー』


 人通りのない麦畑で彷徨い続け、孤独と不安と恐怖がピークに達し、その瞬間に俺たちと遭遇したことによる安堵が、全ての感情をボロボロにして涙となって流れていた。

 だが、朝倉リューマの記憶がなかったとは言え、昔からひねくれたガキの俺に気の利いた優しいセリフなど言えるわけもなかった。


『なあ、お前、俺のこと怖いか?』

『ふぇ? ……ううん」

『じゃあ、だいじょうぶだ。お前、知らないだろ? この麦畑で俺がいちばんキョーボーな奴なんだぜ?』


 今にして思えば、正直意味の分からんセリフだ。というより、恥ずかしい。


『……うん!』


 で、このガキもどういう感じ方をしたのか、何故かもう安心したように落ち着きを取り戻した。それからはギュッと俺の手を掴んで、城に着くまで離れなかった。


 そう……


 フォルナもあんな可愛い時代があった。


 しかし、その数日後に、実はフォルナは魔法の才能がずば抜けていて、普通に俺より強いということが分かってから態度が一変して、今では俺のお姉さんヅラしているわけだ。


「なあ、フォルナ」

「何かしら?」

「お前ってさ、他の国とか大陸に行ったことはあるか?」


 いつの間にか俺と手をつないで鼻歌歌っているフォルナに訪ねると、フォルナは呆れたように笑った。


「ワタクシは姫ですわ。当然、他国の王族とのパーティーや行事にも参加しますし、今でこそ戦争していますが、魔族や亜人族の方とも交流したことありますわ」


 昔は麦畑で迷子になって泣いてたガキが、たった数年で立派になったもんだと俺は少し感心した。


「ふーん。どの国や種族も、お前みたいな奴ばかりか? 平民の家に遊びに行くような」

「いいえ、ワタクシもそうだと思っていたのですけど、他の国の王子にその話をしたら鼻で笑われましたわ。それがムカツクんですの! ワタクシがどれだけヴェルトやおばさまとおじさまのことを伝えても、下級な平民と親しくするなど、高貴な身としてありえないとか、危機管理ができていないとか、とにかくムカツクんですの!」


 いや、その王子が言ってることが正しいだろ。


「そんな王子がワタクシの許嫁なんて言われましたが、全力でお断りしましたわ」

「ふーん」

「ちょっと、ヴェルト、聞いていますか?」

「ああ。王子にムカツイたんだろ?」

「そっちではなく、許嫁だったけど断ったの件ですわ!」

「ああ、そうなの」

「ど、どうして、ワタクシが婚約を断ったか、理由は知りたくありませんか?」

「ムカツいたからだろ?」

「そ、それは、そうですが、えっと、だから、ワタクシにはもうヴェルトという双方の両親も合意済みの婚約者がいるからですわ!」

「ふーん……でも、張本人の俺が合意してねーけど……」

「ななな、なに言ってますの! ヴェルトはワタクシとの結婚嫌ですの!?」


 このマセガキが。そしてウルせえ。肉体的に同じ歳とはいえ、こんなガキに求婚されても流石にピクリともせん。

 まあ、それは誰が相手でも同じなのかもしれねえが。

 やっぱり、俺は相当、あいつのことが好きだったんだな。


「カミノ……ミナ……」

「カミノミナ? いきなりなんですの? 誰?」

「ん?」


 誰? そう、誰も知らないんだ。朝倉リューマの時は学校の中では知らない奴は居ないぐらいの名物女だったのに。


「俺が……好きになった子」

「ああ、そうですの……えっ?」


 今でも覚えている。あれほどいつもうるさいぐらい騒いでいた笑顔の似合う女が、俺の前で動かなくなって行く光景を。

 何も出来ない。何も出来なかったことが悔しくて、朝倉リューマの記憶が宿ってからは何度も悔しくて目が覚める。

 どうせなら、元の世界で生まれ変わって、彼女の墓の前で泣きたかった。

 俺は何で、どうして、何のためにこの世界で生まれ変わったのか。

 俺は何をすればいいのかを誰か教えて欲しい。


「う、う、うわあああああああああああああああああああああん」

「お、何でいきなりお前が泣くんだよ!」

「ひっぐ、ひっぐ、だ、誰ですの! 誰ですのその女は! どこのどいつですの!」

「ああ? お前には関係ねーだろ」

「やだ、やーだー! ヴェルトは、ヴェルトはワタクシの! やだ! やだ!」


 泣きじゃくるフォルナ。すると気付けば通りすがりの連中がクスクスと笑っていやがる。


「おや、ヴェルトが姫様を泣かしているぞ!」

「あらあら、夫婦喧嘩もほどほどになさいね、二人とも」


 気づけば王都までたどり着いていた。

 円形状の巨大なサークルに覆われた王都は東西南北四つの門があり、馬鹿でかい門にはそれぞれ衛兵が配置されている。

 しかし、何か手続きのようなものも必要なく、平民の子供と国の姫が手を繋いで入ってきても微笑ましく笑っているぐらいだ。


「あっ、ヴェルトだー、フォルナと手を繋いでる~、二人は夫婦~、ヒューヒュー!」

「フォルナが泣いてるぞ! ヴェルトが泣かしたんだ! いーけないんだ、いけないんだ!」

「おーい、ヴェルトの坊主! 良い魚が入ったんだ。この間、親父さんには世話になったからな。お礼に後で取りに来てくれ!」


 左右に並ぶ露店や住宅。行き交う人々。それなりに大きな国のはずなのに、誰もが俺とフォルナに当たり前に挨拶をしたり、からかったりしている。

 笑顔が満ちて、エネルギーが溢れ、国の豊かさを表している。


「おい、いい加減に泣きやめよ」

「うう、だって、らっで」

「あー、お前が将来スゲーいい女になったら結婚してやるから」

「ほんどう?」

「ああ」

「約束ですわ! ぜ~ったいやくそくだから!」

「はいはい」


 まあ、そん時までお前が俺を好きだったらの話しだけどな。正直、子供の時の初恋なんて異世界だろうと大差ないだろう。

 俺にとってはこのまま周りにからかわれる方がめんどくさい。さっさと泣きやませてお使い終わらせて帰りたい。

 すると、その時だった。遠くから徐々に大きくなる蹄の音が聞こえる。

 振り返ると、馬にまたがった騎士が、勢いよく門をくぐって駆け抜けてきた。


「伝令!」


 大勢の民が注目する中、騎士は叫んだ。


「ボルバルディエ国が滅亡! 『ヴェスパーダ魔王国軍』によって壊滅! これにより、国家警戒レベルを強化! 特に用のない渡航は控えるようにしてください」


 突如と舞い込んだ、他国の壊滅の報に、のんきだった連中の顔色が変わった。


「ボルバルディエが? 西方の大要塞国家だぞ!」

「ヴェスパーダって、『七大魔王』の『シャークリュウ』の国だ。強靭な魔族戦士たちを引き連れてるって噂だけど、ボルバルディエの連中はどうなったんだよ。まさか、全員殺されちまったんじゃ」

「待てよ、それじゃあ、次はこの国にくるなんてことは……」

「だ、大丈夫だろ? ボルバルディエとこの国は結構離れているし」


 フォルナも言っていたが……戦争。

 魔法や異世界という単語とともに、縁のなかったはずのその言葉が俺に迫ろうとしている。


「あのボルバルディエが滅ぶなんて、信じられませんわ」

「なあ、フォルナ。この国も戦争になるのか?」

「そ、それは……安心なさい。この国の軍事力、そして英傑の数は『人類大陸』でも有数ですわ。魔族や亜人の軍勢も容易く手を出せませんわ」


 俺と繋いだ手が震えている。まだ子供だ。恐れているのが良くわかる。


「大丈夫ですわ。いざというときは、ワタクシがヴェルトを守りますわ」


 怯えながらも自分に言い聞かせようとしている。何とも立派なものだと感心してしまう。

 もっとも、俺の方が情けなくもなるが。


「あんまり、女が勇ましくなるのも考えもんだぜ」

「どういうことですの?」

「守ってもらっても、死んでもらったら困るってことだ」


 身近なもののはずなのに、異種族の存在や戦争すら、俺にはまだ遠い世界のことに感じるし、ピンと来ない。だが、朝倉リューマの記憶が戻ってから、これだけは分かる。


「この世には、大切な女が目の前で死ぬことのほうが、死ぬよりつらいってこともあるんだよ」


 今でも、傷ついた神乃の姿が何度も脳裏によみがえる。あんな思いは二度とゴメンだ。

 って、なんでこのガキはトロンとした表情をしてやがる。


「うふふふふふ」

「あっ?」

「ふふーん、ヴェルト!」

「って、ひっつくな!」

「ヴェルト、約束しますわ。ワタクシは絶対に死にませんもの。魔族や亜人などには負けませんわ」

「いや、お前、なんか勘違いしてねえ?」

「ヴェルトはいつも、男らしいから素敵ですわ」


 別にお前に言ったわけじゃないんだが、そこで訂正するとまた大泣きしそうだし、やめておくか。

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