地下牢①


(生きなきゃ。エレンさんにいただいた命だ)


私は何度も自分に言い聞かせながら走る。


あれから、朝日が昇るまで私が見つかることはなかった。


基本的に日が昇っている間は魔物は巣に戻る。だから日中も活動している魔物の数は、夜中に比べてとても少ない。


まだ痛むが、体は動くようになった。とにかく走る。魔物に見つかろうが、つまづいて転びそうになろうが、すべてを走り抜ける。

腕力もなく、武器や魔法の扱いも下手で、ハズレスキル持ちの私の、唯一の取柄は逃げ足の速さだ。スラムに住んでいた頃は盗みもしょっちゅうしてきた。さすがに全部ではないが、子供ながらに大の大人に追いかけられても逃げきってきた。


拭っても拭っても、視界がハッキリすることはなかった。涙がとめどなく流れる。頭の中に、最後に見たエレンさんの後ろ姿がこびりついて離れない。私はなんて最低な人間なのだろう。


ようやく森の出口が見えてくる。最後まで勢いを緩めくことなく出口から飛び出ると、私は転んだ。


(痛い。痛い。痛い)


もうどこが痛いのかもわからなかった。地面に打ちつけた身体が痛いのか、それとも胸が痛いのか。私はただ土を濡らすことしかできなかった。




なんとか起き上がり、衛所に向かう。エレンさんを殺したのだ。奴らには相応の罰を受けてもらわねば。


きっとエレンさんに出会う前の私ならば、真っ先に彼らの元に行き自分で手にかけていただろう。役所の人間など、私は微塵も信用していなかったから。でも、エレンさんの教えだ。従わねば。



  ◇◇◇



「この小娘を牢に入れろ」

「えっ」


私を兵士たちが押さえつける。目の前で衛兵長は親の仇でも見るような目で私に告げた。


「な、なぜですか!?」

「なぜだと、白々しい。こんなこともわからないのか。孤児の元浮浪者だから仕方ないか。貴様はこの街に一番貢献している冒険者パーティを侮辱したのだ。彼らがそんなことをするはずないだろう。これだから卑しい者は」


衛兵長――オリビア=マクスベル――は、私を一瞥もすることなく、部屋を出て行った。


「いつまで座っている、立て!」


座り込んでいた私を無理矢理立たせて、衛兵は私に拘束具をつけると追い立てる。


私が投げ込まれたのは、地下牢だった。日の光は入ってこず、唯一の光源は地上への階段の下に松明が1本だけである。トイレなどの最低限の設備もなく、申し訳程度に薄く藁が敷いてあるだけだ。長年使われているようで、カビと人の死のニオイが凄い。


「出して! 出してよ! アイツらを捕まえて!」


しばらく衛兵たちに訴えていた私も、半日が過ぎる頃には何も言えなくなっていた。


「黙らんか」

「ガハッッ」


声がうるさいと判断すると、彼らは私を物理的に黙らせにくる。半日を過ぎると、私の身体はここに来た時以上にボロボロの姿になり、呼吸するので精一杯になっていた。


腹を蹴られて、胃の中のものを吐き出す。といっても、出てくるのは胃液だけだ。自分にその気がなくても、勝手に生理的な涙が流れだしてくる。


日に日に彼らの私への暴行のグレードは上がっていった。私が何もしなくても、ただ憂さを晴らすためだけに私を殴り蹴る。


その中で、私が一番恐れていたのは衛兵長だった。


「お前たち、囚人の監視は私がするから、外に出ていろ」

「「はい」」


衛兵長が一声かけて、地下室にいた兵士たちを追い出す。


「さてさて、今日は何をしようかな。爪を一枚一枚剥がしてしていこうか、針で刺していくのもいいな。水攻めも捨てがたい。なあ、お前はどれがいい?」


他の衛兵たちの行為が暴行なら、衛兵長の行為は拷問だ。しかし何かを聞き出そうとするのが目的ではなく、ただ相手を痛めつけること自体を目的としているが。


外の衛兵たちは、彼女が拷問をしているのを知らない。なぜなら彼女は拷問が終わると私に回復魔法をかけ、私が1日に受けた暴行の跡を全て消していくからだ。これは他の兵士たちがした暴行の証拠隠滅も担っている。


「返事をすることもできないか。そりゃあそうか、碌に飯も与えていないからな」


オリビアは愉悦し、私を見下した目で見る。彼女の足が床に倒れている私の頭を踏みつける。痛い。でも体を動かすことはできない。私は呻き声を出すことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る