スターネーシヴァラ国物語～シャシャーンカ王の罠～

第二十四章 消えたラージャ王の遺体

　　　第二十四章　消えたラージャ王の遺体（いたい）

　時を同じくして、カルナスヴァルナ国でも問題が起こっていた。

　「一体どういうことだ！？」

　シャシャーンカ王は大広間の玉座（ぎょくざ）に座って、顔を真っ赤にしてチョンドロという文官（ぶんかん）を怒鳴（どな）りつけていた。シャシャーンカ王の横にはサンジャヤ大臣が控（ひか）えていた。

　「申し訳ありません、シャシャーンカ王。方々探したのですが、どこにも見当（みあ）たらないのです。」

　チョンドロが深々と頭を下げて謝（あやま）った。

　「ないはずがない！勝手に動き出すわけがないんだ！」

　シャシャーンカ王が喚（わめ）き散らした。

　「しかし、王よ、ラージャ王の遺体（いたい）が消えたのは事実です。」

　サンジャヤ大臣がいさめるように言った。実はラージャ王たちを通した客室（きゃくしつ）のベッドの上に横たわっていたはずのラージャ王の遺体（いたい）が忽然（こつぜん）と消えてしまったのだ。

　その時、一人の家来（けらい）が広間に入って来た。家来（けらい）はシャシャーンカ王の前に来てひざまずいて言った。

　「申し上げます。祭司（さいし）の一人が逃げた模様（もよう）。罠（わな）にかかっていた遺体（いたい）の数が足りませんでした。」

　「何だと！？」

　シャシャーンカ王は驚きの表情を浮かべ、青（あお）ざめた。

　「確かなのか？」

　横にいたサンジャヤ大臣がその家来（けらい）に尋ねた。

　「はい。スターネーシヴァラ国の祭司（さいし）三人の遺体（いたい）は同じ地下の罠（わな）にかかっておりました。けれどもう一体がどうしても見つからないのです。ちょうど罠（わな）の近くには攻め込まれた際の避難用通路（ひなんようつうろ）があり、そこから逃げたのではないかと思われます。通路は城の外へ通じており、すでにカルナスヴァルナ国外へ出た可能性があります。」

　「逃げたのは誰だ！？」

　シャシャーンカ王が叫（さけ）ぶように言った。

　「ただ今、シンハ祭司長（さいしちょう）が確認をしているところです。」

　シンハはすでにカルナスヴァルナ国の祭司長（さいしちょう）として迎えられていた。

　「すぐにシンハを呼んで参れ！」

　シャシャーンカ王はシンハを呼び捨てにした。家来（けらい）は立ち上がると急いでシンハを呼びに行った。

　「まずいことになりました。」

　サンジャヤ大臣がシャシャーンカ王にだけ聞こえる声で言った。サンジャヤ大臣は顔には出さなかったが、かなり動揺（どうよう）していた。

　「まずいどころではない。遺体（いたい）がひとりでに動くことなどありえない。おそらく、逃げた祭司（さいし）が運んでいったのだ。スターネーシヴァラ城に持って行かれでもしたら、計画はぶち壊しだ。」

　シャシャーンカ王は肘掛（ひじかけ）を握（にぎ）り締（し）めながら腹立（はらだ）たしげに言った。

　「ふいをついて一気（いっき）に攻撃（こうげき）し、スターネーシヴァラを手に入れるという大胆（だいたん）な計画（けいかく）。けれどその分失敗したときの代償（だいしょう）は大きい。」

　サンジャヤ大臣が独（ひと）り言のように言った。

　「まだ失敗したとは決まっておらぬ！たとえスターネーシヴァラ国にこの計画が知られようと、用（よう）は攻（せ）め落とせれば良いのだ！」

　シャシャーンカ王は唸（うな）るように言った。

　「しかし、事態（じたい）が表面化（ひょうめんか）すればラージャ王の姉君（あねぎみ）ラージャシュリー王女が嫁（とつ）いだカーニャクブジャ国がスターネーシヴァラ国に加勢（かせい）し、一筋縄（ひとすじなわ）では行かぬ戦（いくさ）になります。我が国も無傷（むきず）では済みませぬ。そうなれば戦（いくさ）に勝利したとしても、疲弊（ひへい）した我が国へまたどこぞの国が攻（せ）めて来るやも知れません。」

　サンジャヤ大臣が恐ろしげにそう言った。

　「ではどうしろというのだ！？」

　シャシャーンカ王は怒鳴（どな）った。手に冷（ひ）や汗をかいていた。

　「逃げた祭司（さいし）をスターネーシヴァラ城に戻る前に始末（しまつ）しましょう。」

　サンジャヤ大臣が鋭（するど）い口調（くちょう）で言った。

　「我々がラージャ王を罠（わな）に掛けたとスターネーシヴァラ城に知らせるのを阻止（そし）するのです。そして当初の計画通り事を運ぶのです。それができなかった場合はあちらの出方（でかた）に任（まか）せましょう。」

　サンジャヤ大臣は策略家（さくりゃくか）の顔をして言った。

　「分かった。スターネーシヴァラ城の王宮に送った刺客（しかく）に逃げた祭司を見つけ出し、城に入る前に始末するよう伝えよう。」

　シャシャーンカ王はいつも通りの冷静（れいせい）さを取り戻してそう言った。

　「それにしても逃げた祭司（さいし）というのは一体誰であろうか？」

　シャシャーンカ王はサンジャヤ大臣に意見を求めた。

　「さあ。アジタ祭司長（さいしちょう）でなければ良いのですが。」

　サンジャヤ大臣が祈るようにつぶやいた。その時、シャシャーンカ王の頭の中にふとあることが過ぎた。

　「ラージャ王は確かに死んだのであろうな？」

　シャシャーンカ王はポツリと言った。

　「もちろん。私は致死量（ちしりょう）のトリカブトの毒（どく）を盛（も）りました。」

　サンジャヤ大臣は自信を持ってそう答えた。

　「だが、もし、アジタ祭司長（さいしちょう）が妙な術で蘇生（そせい）していたら？」

　サンジャヤ大臣の顔が曇（くも）った。

　「シンハはラージャ王が死んだところを確認したのだろうな？」

　「やって来たら、尋ねて見ましょう。」

　サンジャヤ大臣が静かに言った。サンジャヤ大臣の顔は強張（こわば）っていた。