第17話 生きあがき
壊れてるうえに気味が悪いので、あのテレポート装置は質屋(しちや)に預けた。
誰からもらったものなのかも全然知らないけど、今はカネにしておけばいいだろう。
気味が悪いといえばこの状況もそうだ。俺の荒れた内心とは裏腹に、街が何事もなくのどかで平和なのが、逆に俺を混乱させてくる。
町長さんにもっと頼ることもできた。だけどこの訳のわからない逆境にたいして、どうにも馴染むことができない。
俺は道端の石段に腰かけ、手にいれたカードを空のお天道様にかざす。
今思えば、冒険士って職業に惹かれたのはあのカードの影響だったな。
どんな逆境でも跳ね除ける『暁の冒険者』。俺の憧れだった。
一方冒険士カードにうつる自分の顔は、どうにも頼りない。
でも、もう少しがんばってみるか。
カードが痛むと良くないからそのうちスリーブも買おう。売ってるかわからないけど。
と、そのまえに装備を買わなくては。そう思って武具屋にたちよった。
けっきょく、一番安くて大したことなさそうなものを買った、というかそれしか買えなかったのだが、想像していたよりかなりカネがかかってしまった。
町長さんがくれた餞別が今は俺の命綱だ。慎重にかんがえて買い物はしないとな。
店主らしき天然パーマにロン毛のヒゲ男が、申し訳なさそうに言ってきた。
「悪いねえ。うちも天変地異の影響を受けて、物価の上昇と冒険士不足で、ちょうど材料が手に入らなくてねえ。一週間後だったらもっと安くできたんだけど」
まあしかたない。気を取り直して、俺は町を出て初仕事に向かった。
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俺が集会所で受けもったクエストは、どこかの薬屋からの依頼らしかった。
簡単なジャングルの入り口での採集任務だ。紙に描かれたのとおなじ薬草の材料となる花を集めればいいらしい。
受付の女性が言っていたようにカードをあつめるのが冒険士のなりわいだと思っていたのだが、まずは慣れるために一番簡単そうなものをえらんだ。
難易度が低い分報酬もすくないが、彼女の話ではこのあたりはモンスターもめったに出ないらしく、冒険士どころかこの世界にも慣れていない俺にはうってつけの仕事だった。
調子よく花を集めてリュックに詰めていく。
これからどうしようか、今後のことを考えたりしながら手をうごかしていると、突然視界がすこし暗くなった。
太陽が雲に隠れたのかと思いふり返ってみると、わずか数メートル先にフサフサの毛をまとう恐竜のようなモンスターがこちらの様子をうかがっていた。
「ギイヤアアアアアア!!!!」
耳をつんざくような金切り声。俺の悲鳴じゃない、あのモンスターの咆哮だった。
――なんなんだこいつは!?
でかい! 俺よりもふた回りほど大きいが、二足歩行で手が長い。 俺が驚きと恐怖で硬直している間に、一歩二歩とモンスターは近づいてくる。
「く、くるな!」
とっさに剣を抜いたが、恐竜は怯む様子を全く見せない。
まずい。あたりに助けてくれそうな人もいない。
すばやい動きで突進してくる恐竜を見て、本能的に体がうごき横に転がって突進を避ける。
俺はすぐさま背を向けて逃げ出した。
全力疾走。だがまだ病み上がりだからか体が重く、すぐに恐竜に追いつかれ背後から強烈なタックルをくらった。
突き飛ばされた俺は体が宙に浮き、左手と顔から木に激突した。
死んだかとおもったほどの衝撃で吹き飛んだのだが、たまたまリュックが盾になってくれて背中の方は軽傷で済んだ。
俺の世界のものと同じようなただのリュックだと思っていたが、やはり一応は冒険士用ということなのだろうか。高かっただけのことはある。
モンスターは出ないんじゃなかったのかよ!
でも泣き言いってもどうにもならない。どうにかしてこの場をしのがなくては。
予想外の事態だが、カードゲームでメンタルと経験を培ってきた俺はこういう時どうすればいいかわかってる。
ひくときはひく!
そしてクールになにをすべきか確認しろ。頭を回すんだ。正直めちゃくちゃ怖いけど、冷静にならないと。
ピンチだが、仕事中からずっと気を引き締めていたからか、すぐに心の切り替えができた。はっきり言ってもうこの世界に来てからずっと混乱してるんだ。いまさらなんてことはない。
おちつけ、と自分に言い聞かせる。
とにかく逃げるんだ。まだ勝負のときじゃない。
直線的に逃げてもやつのほうが移動が早く追いつかれてしまう。
木や茂みを利用して、ジグザグに動き回ろう。
あの図体ではやつのほうが小回りは効かないはずだ。
切り傷だらけの体で、無我夢中に逃走する。
木々を抜けた先、足場がないことに気づいたときには遅く、俺は坂を転がり落ちる。
顔をあげると、あの恐竜の姿はもうなくなっていた。
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俺は全身ボロボロの状態で街にもどった。
なんとかクエストは達成し報酬を受け取ったけれど、散々な目に遭った。
受付の女の人の話じゃ、俺が遭遇(そうぐう)した恐竜はアザプトレと言ってあのあたりでは危険な部類に入るモンスターらしい。
10年に1度ほどしかあの地帯にモンスターが出ることはないはずだそうだ。
いったいなんだって俺がそんな外れクジを引いてしまうんすかね。
天変地異のせいでモンスターの気が立っているのかもしれない、と受付の人は言っていた。
また天変地異とやらか。そういえば今思いだすと、この街の通りはところどころ葉っぱやゴミで散らかっていたり、屋根や家の壁の一部が壊れて木板で補強している光景をよく目にした。たぶん、大型の台風か嵐でも受けたのだろう。
その影響がここにまできてるのか。文句をたれてもしかたないのだが、さすがに小さいため息が洩れでる。
「あれ、昼買いに来てくれたお客さんじゃないか」
とぼとぼと道を歩いていると、昼間寄った武具屋の店主が声をかけてくれた。あのヒゲロン毛の男だ。知らぬ間に俺は、武具屋の前を通っていたらしい。
「なんだいその顔は。クエスト失敗か?」
「……いえ。モンスターに襲われちゃって」
「そうかい。まあ次はうまくいくさ」
「……はい」
そうだといいけど。
店主は俺のことをじろじろと見ている。
「寝るところがないんだったらうちに泊まってくかい?」
「えっ。いいんですか?」
「きみけっこういい男だし、ご贔屓(ひいき)様として懇ろにしてもらうのも悪くはないねえ」
ありがたい話ではあるのだが、この店主さんちょっと苦手なんだよな。
「うん……そうだね。素質を……感じる」
そう言って舌なめずりをする店主。
や、やべーよダメだ。
なんか身の危険を感じる。やっぱり断ろう。
「えっ……い、いや……す、すみませんやっぱり俺……」
「んん? そうかい? ああヘンな言い方をして悪かったね。冒険士として見込みがありそうって意味だよ。うちとしてもうちが作った武具を使って名を挙げてもらえりゃあ、鼻も高いし儲かるからねえ。とにかく、応援してるよ」
「は、はあ……がんばります」
「オドの加護があらんことを」
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