13-3
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引き分け!?
客たちはどよめいた。勇演武闘において、引き分けという結果は極めてまれだ。どちらかが倒れるまでというルール上、二人同時に倒れることはめったにないからだ。しかし、決着はついた。現に選手は倒れ、もう起き上がることはない。これ以上の戦闘が不可能なのは、誰の目にも明らかだった。
「熱く、激しく、そして見事な闘いでした!両選手に、おしみない拍手を!」
アナウンスが率先して手を叩くと、客席からもパチパチと拍手が続いた。だがその音はどこか気が抜けていて、力のないものだった。さっきまでの闘いがなまじ白熱していたがゆえに、観客たちはまだどこか夢見心地で、体の奥の熱が冷めきっていない気分だった。
フランを乗せた担架が控室に戻ってくると、エラゼムがベッドの上から出迎えた。
「お疲れさまでした、フラン嬢」
「うん。ようやく終わったよ」
フランは片足で担架から下りると、エラゼムのベッドに腰かける。ヒーラーたちはいちおう彼女の近くにいたが、本日三度目の診察拒否を受けると、食い下がることなくさっさと行ってしまった。
「引き分けという形で終わるとは、吾輩も想像しておりませんでした。ですが考えてみれば、どちらの国にも華を持たせ、禍根を残さないという意味では、最適解やもしれませぬな。もしや、そこまで計算ずくで?」
「ううん、さすがに。あっちも本気だったし、わたしも本気だった。たまたまだよ」
「左様ですか。ならば、結果オーライ、というやつですな」
「そうだね」
フランはうなずくと、右足をぐにぐにと揉んだ。骨は折れていないようだが、どこかの筋がいかれてしまったようだ。そのせいでうまく力が入らない。その姿を見たアルルカが、小ばかにしたようにフンと笑う。
「いいかっこね、え?あんだけボコボコにされるなんて、あんたひょっとしてマゾなんじゃないの?」
「……なに?頭だけじゃなくて、とうとう目までおかしくなったの?」
「はぁーい?あんたこそ、あたしの華麗なる勝利を見てたの?あんたたちは腑抜けた結果だったわねぇ。けどね、お忘れじゃないかしら?この中で勝利を収めたのは、あたしだけなんですけど?」
「そう。よかったね。そんなに戦いたいんだったら、ここで飼ってもらえば?心配しないで、あの人にはわたしから頼んであげるよ」
「あ、ん、た、ねぇ……」
アルルカは頬をひくつかせながら、杖を絞め殺そうとでもいうように、ぎゅうと握りしめる。
「確かに、少し戦い足りない気分だわぁ……ゾンビを一匹くらい、軽ーく捻ってやりたいわねぇ……」
「……あっそう。わたしとしても、ヴァンパイアの活け造りを見てみたい気分だよ」
場の空気がきな臭くなってきた所で、エラゼムが首を振りながら言う。
「お二方、もう試合は終わりましたが?それよりも、早く桜下殿の下へ戻りましょう。長居は不要です」
「……そうだね。エラゼム、あなた足は?」
「応急処置ですが、仮留めしておきました。フラン嬢こそ、歩けますかな?」
「大丈夫。行こう」
フランがすたすたアルルカの前を通り過ぎると、アルルカはキーキー言いながらその後を追った。エラゼムも立ち上がる。が、ふと気になって、ゲートを振り返った。
(……リングの整備をしている?)
リングでは、再び係員が忙しく飛び回って、リングの復元をしているところだった。フランたちの戦いで派手に荒れたのだから、当然のことだ。しかし、もう次の試合はないのだから、もう少しゆっくりやってもよさそうなものだが。それとも、あのスピードで作業することに慣れているのか。
「……ふむ。まあ、よかろう」
そういう事もあるのかもしれない。エラゼムは考えるのをやめて、フランたちの後を追った。しかし、胸のどこかで、小さな何かが引っ掛かっている気がしていた。
「……なるほどな。このような結果になるとは」
ノロはそうつぶやいて、ワインの入ったグラスを置いた。その傍らで大きな団扇を仰いでいた第一夫、エドワードは、そんな女帝を気遣うような視線を送る。
「何と申せばよいやら。ひとまず、此度の勇演武闘も大変盛況であり、イベントとしては間違いなく成功であったと言っておきましょう。しかし、皇帝閣下の望み通りとは行かなかったようですね?」
「ほう?では、そなたは余の望みが何であったと思う?言ってみよ」
「それは……皇帝閣下は、我が国の勇者と、二の国の勇者。そのどちらが真なる強者なのか、それをお知りになりたいとおっしゃっていました。しかし、二の国の者どもが口うるさく言った結果、勇者同士の闘いは叶わず、その仲間たちが代理を引き受けることとなりました」
「その通りだ。それで?」
「そしてその結果、勝敗は引き分けという形で終わってしまいました。大会自体は盛り上がったものの、これでは白黒がはっきりつかないままです」
「うむ。正解だ」
褒美とばかりにノロが頭を撫でると、エドワードはうっとりと目を細めた。
「では、余はどうすればよいと思うか?このままでは、余は気になって夜も眠れなくなってしまうぞ」
すると、焼き菓子の乗ったトレイを掲げていた第二夫、ショーンが笑いながら言う。
「それは由々しき問題ですね。一の国を背負われる閣下が睡眠不足に陥るとなると、国が傾くというもの。しかしながら、それは実に簡単な方法で回避することができます」
「ほほう?それはなんだ、ショーン?」
「単純なことです。白黒が付かなかったのなら、付くまで試合を続ければいい。二の国側にはまだ仲間がいるようですし、帝国兵の中から精鋭を連れてくれば、いくらでも勇演武闘を続けられましょう」
「なんと。そなたは勇演武闘の決まりを知らないわけではあるまい?出場できるのは現時点での勇者のパーティーのみなのだぞ。それに、勝手に延長戦をするなど、いくら余と言えど一存では決められん」
「おっしゃる通り。ですが、勇者のパーティーは、厳密に数が決まっているわけではないですから。戦闘の規模によっては、帝国軍と手を組むこともあります。仲間と呼んでも差し支えないのでは?」
「詭弁だな。では、後者はどうする?」
「そちらのほうがより簡単です。一存で決められないのなら、多数の意見にしてしまえばよいのですから。会場の誰もが、この引き分けという結果に納得いってません。皇帝閣下が延長を宣言なされば、みな喜んで賛同いたしましょう」
「ふむ……合格だ」
ノロはにっこり笑うと、ショーンを指で呼び寄せた。そして彼が顔を寄せると、その唇に口づけをした。
「正解だ。実に賢い男よ、そなたは。それでこそ余の夫にふさわしい」
「光栄です、閣下」
「だが、まだまだ余には及ばぬな。余はさらに、その上を行く構想を練っていたのだ」
「上を?どういうものなのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ふふふ。まあ見ておれ。余の願いは、民全ての願い。叶わぬ望みなどないのだということを、あの少年に教えてやらんとな」
ノロは不敵に笑うと、膝を打って立ち上がった。
「ようやく、終わったな……」
俺はほぅっとため息をつくと、座席に背中を預けた。すごい戦いだった……手のひらが汗でびちゃびちゃだ。手に汗握るとは、まさにこのことだな。
「は、ふぅ。お二人とも、ものすごい気迫でしたね……」
ウィルは自分の左胸を押さえている。幽霊の心臓は、どきどきするんだろうか?
けど、ウィルの気持ちも分かるな。本当に、二人の殴り合いは鬼気迫るものがあった。あいつら、勇演武闘がどうとか、完全に忘れてただろ。純粋に、目の前のライバルを打ち負かすことだけを考えていた感じだ。最後の方なんか、試合というより、路上乱闘を見ている気分だった……
「俺、女の子どうしの争いって初めて見たよ。結構怖いもんだな。ま、あの二人だからなんだろうけど……」
「あら。何言ってるんですか、桜下さん。女同士のケンカほどおっかないものはないって、よく言うじゃないですか。どれもあんなもんですよ」
え……?俺は穴が開くほどウィルの顔を見つめた。女だらけの神殿で育ってきたウィルが言うってことは、つまり……?
「でもこれで、よーやく全部終わったね!」
ライラがにこにこしながら言う。この無邪気な子も、いずれああなるのか……?いや、よそう。考えると怖い。
「そうだな。みんなもじき戻ってくるだろ。それとも、閉会式とかあんのかな?」
「いや、それに選手は参加しないはずだよ」
おっと、クラークが口を挟んできた。彼もまた、肩の荷が下りたような顔をしている。
「選手たちは怪我をしているんだから。怪我人を引きずって閉会式に出させるなんてこと、しないはずだよ」
「それもそうか。んじゃ、ぼちぼち帰れそうだな……そっちもいちおう、おつかれさん」
「ああ、君たちもね……僕の仲間はヒーラーが治療してくれるだろうけど、君の仲間はどうなんだい?アンデッドにも、回復魔法は効くのかな」
「うんにゃ、無理だろうな。むしろ逆効果になりかねないかも……けど心配いらないよ。後で俺の能力で治すから」
……ん?っと、待てよ。そういや俺、今は能力を使えないじゃないか!
ぐあぁ、どうしてこう肝心な時に!霊体化してしまうというリスクを無視すれば、使用自体はできるけど……それをすると、フランは怒るかなぁ。
「えぇーそれでは、これより閉会式を始めさせていただきます」
俺が頭を抱えていると、会場にアナウンスの声が響き渡った。いよいよか!これでようやく、このバカ騒ぎも終了ってわけだな。なんだか客席の連中からは、納得いっていないオーラも漂っているけど……
「みなさん、なんだかまだスッキリしない顔をしていますね……?」
ウィルが同じことを思ったのか、俺の耳元で囁く。
「まったくだな。なんだよ、引き分けだと文句があるってのか?あんだけ大盛り上がりしてたくせによ」
「でも、さすがに延長戦とかは言い出さないですよね?控え選手もいませんし」
「ああ。それに、こうして閉会式に行こうとしてるんだから。さすがにこのタイミングで騒ぎ立てるバカはいないだろ……」
俺がハハハと笑いながら言った、その時だった。
「ちょっと待ってもらおうか!」
俺、ウィル、ライラ、それにクラークまでもが、そろってまさか?という顔をした。
「おいおいおい。冗談だろ。どこのバカ野郎だ?」
「……え?お、お……桜下さん。もしかするとそれって、と、飛び切りの大馬鹿かも、しれませんよ……」
え?飛び切りの大馬鹿?どういう事なんだろうと、ウィルの視線を追って、リングへと目を向けると……
「げっ!」
「諸君。閉幕の前に、余の言葉を聞いてもらえんか」
リングの中央に立っていたのは、他ならぬノロ女帝だった。俺はぐっと身を乗り出しすぎて、危うく落っこちそうになった。ウィルの言葉の意味は分かったが、あの女帝……いったい今度は何をするつもりだ……?
「諸君。此度の勇演武闘、誠に素晴らしいものであったと思う。余も観戦していて、血が躍るのを感じた」
ノロは両腕を広げて、観客席全体を見渡すように、ぐっと体をのけぞらせた。
「しかしだ!どんなに優れた戯曲でも、最後がきちんと描かれなければ、それは駄作も同然だ。オチのない笑い話ほど笑えぬものもないし、狼を狩っても証拠となる尾を持ち帰らなかった猟師は大まぬけと呼ばれるだろう。それらと同じで、勝敗のつかない勝負というものは、例え過程がどうあれ、よい試合とは呼べぬのではないか?」
はぁ?ノロのやつ、まさか本当に延長戦をしようだなんて言いだすつもりか?呆れたもんだな。
「あの女帝、とうとうおかしくなったんじゃないか?まるで状況が分かってないみたいだぜ」
いくら女帝様たっての希望でも、クラークにはもう戦える仲間がいない。俺たちだって、ライラやウィルを差し出すつもりはないのだから、これ以上の試合は不可能だ。もう何を言ったところで、ないものねだりをする駄々っ子と同じなわけで……
「しかし、だ。先も述べたが、此度の勇演武闘はつつがなく終了した。もう戦える勇者の仲間は残っていないのが現状だ。いくら決着を付けるためとはいえ、怪我人を無理に起こして戦わせるわけにはいくまい」
そうだ、その通りだ。だからもう諦めて……
「だがな、諸君。忘れてはおるまいな?この試合の名は、“勇”演武闘だ。肝心の“主役”が、まだ出てきてはおらんだろう。そうは思わんか?」
は……?俺とクラークの目が点になる。そんな、まさか……
ウワアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!
「うわっ」
「きゃっ!な、なに!?」
突如、耳をつんざくほどの大歓声が、あちこちから沸き起こった。観客たちがめいめい何かを叫んでいるようだが、あまりにも多すぎて雑音にしかなっていない。しかし、その表情を見るに、怒ったり不満を叫んでいたりするわけではなさそうだ。というか、どう見ても……
「うむ。諸君らも賛同してくれるようで、結構。結構」
ノロは満足げに腕を下ろす。そして、高らかに宣言する。
「では!これより、延長戦!勇者クラーク対勇者桜下の試合を執り行うものとする!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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