8-3

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歓迎パーティーの二日目は、庭園で行われた。

庭の各所にカラフルな色ガラスのランタンが置かれ、あたりは色とりどりの淡い光に包まれている。頭上には星空。こさえられたテントの下には、様々な料理や果物が山と積まれている。

今宵の客人たちは、昨日に比べたら貴婦人が多いようだ。昨夜は外交や意見交流がメインだったけど、今夜は純粋にパーティーを楽しみに来ているように見える。奥さんや娘を連れてきている客が多いんだろう。

そんな贅を尽くしたパーティーで、俺たちはしんみりした空気に包まれて、離れたところに固まっていた。昨日は屋内だったが、屋外の今日は逃げ場が多くて助かる。ランタンが置かれているとはいえ、ちょっと離れればすぐに夜の闇に溶け込めるから。それでもエラゼムは昨日のことがあるので、鎧を縮こまらせていた。


「……勇者って、一体何なんでしょうか」


ぽつり。ウィルのつぶやきは、パーティーの喧噪の中に溶けていく。


「……昼間の、キサカのことか?」


俺が問い返すと、ウィルはこっくりうなずいた。

俺たちは、庭の花壇の淵に腰かけている。白い大理石の立派な花壇だ。こんなところに座っていいのか、ちょっとためらったけど、まあ今夜は無礼講だろう。暗いから気付かれてもいなさそうだし。


「私、今まで……勇者さまの召喚について、きちんと考えたこともありませんでした。戦争なんて、田舎のシスターからしたら縁遠いですし、そこで勇者さまがどんなふうに戦っていたかなんて……正直に言うと、召喚の度に王都に呼びつけられて、めんどうだなとすら思っていたんです。ひどいですよね」


「いや……誰だって、そんなもんじゃないか。勇者って存在は、かなり異質だろ。なんたって、違う世界からくるんだから……それこそ、勇者本人同士でもないと、他人事にならざるを得ないというか」


「けど、元とはいえ、桜下さんは勇者ですよね?」


「それは……まあ、そうだけど」


ウィルは、今にも泣きだしそうな顔で、ぐっと唇を噛んだ。


「なら……それなら、他人面なんてしてられません。桜下さんは、大切な……仲間、なんですから」


「ウィル……」


エラゼムが、がしゃりとうなずく。


「ウィル嬢のおっしゃる通りです。桜下殿から、王城を脱するまでのいきさつを聞かされた時にも驚いたものです。了承もなしに勝手に呼び出し、自分たちに不利益と見るや、即刻処刑する。何と理不尽な話か。ですがキサカ嬢の話を聞く限り、例え処刑を免れたとしても、その先に待つのは死線をまたぐような戦いの日々……あまりにも、救いがないではありませぬか」


エラゼムは視線をこちらに向ける。


「桜下殿は、キサカ殿の話を聞かれて、どうお感じになられたのですか」


「俺か?そうだな……」


昼間は、なんというか、あまりこういうことを話す気になれなかった。たぶん、それはみんなも同じだったと思う。夜になって、ようやく心の整理がついたんだ。


「俺は、正直あまり。そりゃもちろん、ひどい話だとは思ったけどな。けど、そこまでショックじゃなかったというか……たぶん、二の国の“しきたり”を知ってたからだな。他の国に召喚されてたら、違ったとは思うけど」


「そうでしたか……しかし、皮肉なものですな。そう考えれば、桜下殿は早くに処刑されかかったが故に、この世界の真の姿をいち早く理解することができたことになります。もちろん、それが幸運だったなどとは、口が裂けても言えませぬが」


「んにゃ、実際ラッキーだったかもしれないぜ?じゃなきゃ今頃、俺はふんぞり返ってここに来てたんじゃないかな。おつきの人をいっぱい引き連れて、カッコいいマントなんか羽織っちゃってさ。あはは、にあわねー」


ライラはそんな俺の姿を想像したのか、ぷっとふき出すと、俺の腕に自分の腕を絡めた。


「きゃはは、そうだね。だってそうなってたら、きっとライラ、桜下のこと好きにならなかったもん。ライラと桜下が友達になれたのは、桜下が勇者じゃなくなったからだよ」


「だろ?そう考えれば、あながち不運とは言い切れないさ。それに……」


それに。


「……やっぱり俺は、幸運だよ。みんなに出会えてなかったら、俺はもっと早くに野垂れ死んでたはずだ。先代の勇者たちみたいにな」


俺は今、幸せだ。不自由がないわけじゃないし、たまには危険な目に合う。だけど、俺の周りには頼れる仲間がいる。そいつらとどこにだって、自由に旅をすることができる。それに、今はこんな俺のことを、好きだと言ってくれるまでいる。前の世界からしたら、信じられないくらいだ。


「キサカは俺のことを柔軟だって言ってたけど、たぶん先代たちと俺と、違いはほとんどないんだ。ただ、ほんの少し、俺の運が良かっただけで。きっとみんな、辛くて、逃げ出したくて、それでもどうしようもなかったんだよ」


散っていった、名も知らない勇者たち。彼ら彼女らが一体、どんな気持ちだったのか……俺には分からない。


「……悪いこと言っちゃった」


フランはいつになく弱弱しい声で言った。


「わたし、あの女の人のこと、決めつけちゃった。自分が可愛いだけなんだって……」


キサカか……彼女もまた、勇者の運命に翻弄された一人だ。いや、翻弄され続けていると言ったほうが正確か。


「あいつは……自分を犠牲にしてまで、人を救い続けているんだな。すげぇことだとは思うけど、正直俺、手放しで称賛する気にはなれないよ」


ウィルがうなずく。


「私だってそうですよ。献身は、シスターの基本です。ですけど、やっぱり自分が居なければ、誰かを助けることもできませんから。何もためらわずに、自らを捧げるなんて……月の神殿に憧れてはいましたけれど、私にはとても……」


「あら、それはどうかしら」


お。珍しく、アルルカが口を挟んできた。


「あの女だって、内心では嫌々かもしれないわよ?自分が生きてくためにしょーがなくやってるなら、無償の献身だなんて言えないわね。それはあれよ、打算よ、偽善よ」


「なっ……!あなた、よくそんなことが言えますね!自分のしてきたことを棚に上げて!」


「ふん。あたしは自分の過去を恥じたりしてないわ。むしろ過去をうじうじ引きずってるのはあの女の方じゃない。自分で言ってたでしょ、あいつはただ傍観してきただけだって。そこのチビゾンビが言ったこと、あたしは間違ってるとは思えないわ」


「アルルカさんには、血の通った人間の思考ができないからそんなことが言えるんですよ!普段は血の事ばっかり考えてるくせに!」


「なによ!あんただって血ナシの幽霊じゃない!」


「二人とも、やーめろって。うっさいぞ」


二人はふんっ!とそっぽを向いた。まったく。最近アルルカの口数が増えたと思ったら、トラブルばっかり起こすんだからな。


「アルルカの意見に賛成はできないけどな。ただ、キサカに打算があってほしいとは思うよ」


「え?桜下さん、どういう意味ですか?」


「だって、それすらないのだとしたら、それは達観しすぎというか……生きることを、諦めてるみたいじゃないか。それじゃ、道具と一緒だ」


「道具……」


「彼女は、生きた、人間だ。人は道具扱いされるべきじゃないだろ。それは勇者だって同じだ」


しかし考えれば考えるほど、この世界は勇者を道具として利用している気がしてくる。不良品は廃棄する、優良品は壊れるまで使い潰す。俺がキサカに、まるで道具じゃないかと言った時、彼女は曖昧に笑うばかりだった。今思えば、彼女もそれを感じていたのかもしれない。


「それは、どういう意味だ?」


え?今の、誰だ?仲間たちの誰かじゃない。みんなして目を丸くしていたからな。となると……


「勇者が道具とは、いったいどういう意味なんだ?」


「げっ、お前かよ。クラーク」


クラークとその仲間たちは、俺たちのちょうど反対側、花壇を挟んだ向かいからやって来るところだった。奴はパーティー用の真っ青なマントを羽織っていた。へっ、俺のイメージしたゴリゴリの勇者まんまだな。コルルにミカエル、それにアドリアまで、昨日と違ってドレスに身を包んでいる。特にアドリアは心底動きにくそうだ。


「なんだ、お前らはパーティーの主役だろ。こんなとこに来ていいのかよ?」


「なんだと。君たちこそ、なぜこんなところにコソコソしている。今も不遜な話をしていたようだし、やっぱりなにか悪巧みを……」


「するわけないだろ、こんなふきっさらしのところで。小学生か?」


遠回しに馬鹿にしたことに気付いたのか、クラークは耳を赤くした。けけけ、皮肉は理解できるみたいだな?


「お前というやつは、本当に口が悪いな!だいたい今日のパーティーは、二の国の使節団の歓迎を兼ねた親睦会だ。お前たちがそんなんでどうするんだよ」


「昨日も似たような事をしただろ?だったらもういいじゃないか。おたくと違って、俺は表舞台には慣れてないんだよ」


「くっ、知った口を。僕だって、こういう場はほんとは苦手なんだ」


「あん?そうなのか」


「そうだ。けど今夜のパーティーでは、勇者がとても大事な役目を持つと聞いたから。だからこうして耐えているんじゃないか。それなのに、お前ときたら……」


「ち、ちょっと待て。なんだ、その勇者が大事だってのは?一体何の話だ?」


「いや……詳細は聞いていない。今朝、ノロ様からの使いがそう言ってたんだ。お前も知らないのか?」


なんだそら……ノロが、この場に俺とクラークを集めたってことか?一体、何の意図がある?


「ちっ。やな予感がするな……」


あの女帝が考える事だろ。ロクなことがないに決まっている。そういや、今ノロはどこにいるんだろう?俺が庭に視線をさ迷わせた、その時だった。


「諸君!お楽しみのところ悪いが、静粛に願おう」


バッ!突然、庭の一角が真昼の如く照らし出された。スポットライトを浴びるかのようにして立っていたのは、今まさに探していた女帝ノロその人だ。


「な、なんだなんだ?何が始まるってんだ……」


「わ、分からない。僕も知らないぞ」


俺たちはそろって、ノロに注目した。ノロはパーティー客の目が自分に集まったことを確かめると、咳ばらいをして話し出した。


「今宵の宴が、二の国からの客人をもてなすものだ、ということは、みなも周知の事だろう。ところで、今回の使節団には、なんと二の国が有する勇者殿も一緒にいるのだ」


げっ。俺のことじゃんか。でも、なぜそれを今……?客たちがざわめく。「勇者が……?」「知らなかったわ」「どうして勇者が一緒に?」


「勇者殿には、余がぜひともと呼びかけたのだ。というのもだ。実は彼は、我が国の勇者、“正義の雷”クラークと一戦を交えたことがあるのだよ」


「えぇ!」


客たちはにわかに色めきだった。その中の一人が叫ぶ。


「皇帝閣下!当然、クラーク殿が勝たれたのでしょうな?」


「いいや」とノロは首を振る。


「なんと!では、お敗れになられたので!?」


客たちはいっせいに息をのんだ。ノロはにやりと笑って、またも首を振る。


「いいや。そうでもない。決着はつかなかったのだ。途中で戦いが中断されてな」


ほっ。客たちはいっせいに、特大のため息をついた。なんだ、なんだ?話がおかしな方向に向かっている気がする。俺とクラークが喧嘩したことは事実だが、それが今、何の関係があるっていうんだ?ちらりと隣を見れば、クラークたちも困惑しているようだ。

ノロが続ける。


「諸君らの気持ち、わかるとも。戦いにおいては常に他の先を掛けてきた我が国が、召喚した勇者を他の国の勇者に倒されたとあれば、それは由々しき事態だ。しかし、こうも思わなかったか?どうせならば、きちんと決着がついてほしかった、とも」


客たちは、今度ははっと息をのんだ。決着だと?


「そうだろう?勝つにしろ負けるにしろ、きちんと結果が下ったのであれば仕方がない。粛々とそれを受け入れることもできよう。しかしそれにすら満たない、中断というなんとも歯切れの悪い結果とあれば、どうだ?誰かは一の国の勇者が勝つと言い、また誰かは二の国が勝つと言うだろう」


「そんな!クラーク様が負けるはずがないわ!」


「そうだとも!いくら二の国の勇者が優秀でも、我が国の勇者がそれに劣るはずがない!」


客たちは口々に自分の意見を叫んだ。おいおい、冗談じゃないぞ。これが高貴な貴族の口から出た言葉か?まがりなりにも、今夜は二の国からの使節を歓迎する場のはずだろ?


「落ち着け諸君。諸君らの気持ちももっともだが、それを証明することは不可能なのだ……一つを除いて、だが」


証明する、だと?最強の盾と矛、どちらが本物かを確かめてみるには……っ!俺は目を凝らして、ノロの顔を見つめる。くそ、あいつ!本性現しやがったな!ノロの顔には、ギラギラとした笑みが張り付けられていた。


「そこで諸君に提案だ!ここに、“勇演武闘”の開催を宣言しようではないか!」




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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