6-3

6-3


「こんばんは、ノロ様。遅れてしまってすみません……って!」


そいつも俺を見てギョッとしている。金髪に青い瞳という、絵にかいた勇者のような風貌であるクラークは、とっさに剣の柄に手を掛けた。


「なっ、なんだお前は!」


「きゃあ!それに、その銀髪の鬼女おにおんなは!」


クラークの後ろで、赤い髪の魔法使い・コルルがビシッと指を突きつける。指さされ、さらに鬼女呼ばわりされたフランは、歯を剥いて唸った。


「ノロ様!こいつらは危険です!仮面を付けていますが、こいつはあの危険な勇者ですよ!」


クラークはノロをかばうようにして、俺との間に割って入ってきた。はぁーあ、やっぱりまだこの調子なのか。いい加減ウンザリだ。

クラークの後ろには、コルルの他に、長身隻眼のアドリアと、小柄なミカエルの姿も見えた。パーティー総出でパーティーに来た……なんて言っても、ミジンコもウケないだろうな。


「どうしてこんな奴が会場にいるんだ!警備はどうしたんだ?」


「クラーク、そいつは早とちりというものだぞ。彼らは、余が招いたのだ」


「へ?」


クラークは信じられないとばかりにぽかんと口を開ける。


「あの、ノロ様……今なんと?ノロ様が招いたのですか?」


「そうだ。今宵の宴は、彼らをもてなすために開かれたのだ。ふむ、確かそう伝えなかったか?」


「い、いえ……使節団の方が来られるから、顔を出せと聞いていましたけど……まさか、この勇者が使節団の?」


「そういうことだ。彼らは正式な余の客人なのだから、無粋な真似はせんようにな」


「そ、そんな……」


さすがにクラークも、女帝であるノロに釘をさされちゃ反発できないらしい。悔しそうに唇を噛んでいる。ぷぷぷ、残念だったな?俺は仮面の下でおもいきりにんまりしてやった。


「さてと。では、余はそろそろ行くとしようか。若者同士、話を弾ませるがよい」


「え。あの、はい……」


ノロは空になったグラスをコルルに渡すと(コルルは当惑した顔でそれを受け取った)、来た時と同じくふらっと行ってしまった。気を利かせたつもりか?くそ、いっそのこといてくれた方がマシだ。クラークとなら、まだ女帝の方が話しやすいぞ。


「……」


「……」


俺たちは一定の距離を保ったまま、互いに無言で睨みあっている。特にフランとコルルは、バチバチと音が出そうなほど視線をぶつけ合っていた。ここがパーティー会場でつくづくよかった。どこかの荒野だったら、間違いなくどつきあいだろう。


「……どんな手を使って、使節団に潜り込んだんだ?」


クラークが低い声で唸る。ふん、ドスを利かせたつもりか?なめられたもんだぜ。


「どんなもなにも、ロア……二の国の王女の方から頼んできたんだ。じゃなかったら、こんな役目引き受けるもんか」


「なっ……あの王女が?馬鹿な!お前、まさか王女を脅迫して……」


「するか!嫌な仕事をどうして強要させるんだ。話聞いてたか?」


「くぅっ……口の減らないヤツめ……!」


揚げ足を取られたクラークは、くやしそうに顔を赤くした。そこにフランが追い打ちをかける。


「ふん。そっちの勇者は、あんまり頭を使ってこなかったみたいだね?」


「んなっ……!」


煽られたコルルは、髪色と同じくらい顔を真っ赤に染めた。


「ふざっけんじゃないわよ!あんたにクラークの何がわかるの!?そっちの勇者なんて、口先だけじゃない!口だけの男なんてサイテーよ、サイテー!」


「は、はぁ!?この人は強いし、頭もいいから!頭が悪いのを素直な証拠だと思ってるわけ?お前、目の代わりにカラスの卵でも詰め込んでるんじゃないの?」


「きぃー!あたしの目は両方とも良いわよ!そのあたしがクラークを認めてるんだから!クラークは強いし、カッコいいわ!彼が世界で一番の勇者なの!」


「違う!」


「違わないわよ!」


突如勃発してしまった女同士のケンカ。情けないことに、男どもはひたすらオロオロすることしかできなかった。俺はともかく、クラーク!お前もかよ……少し親近感が湧いてきたな。

止めようとは思うんだが、下手に口を挟むとこっちにまで飛び火しそうだ。こういう時に頼りになるのはウィルなんだけど、あいにくと離席中だし……


「はぁ……コルル、いい加減によさないか。そっちも、そろそろ止めてやってくれ」


場を見かねたのか、それとも口喧嘩にうんざりしたのか。クラークの仲間のアドリアが、コルルの肩を引いた。あちらに目配せされて、俺はようやく割って入るタイミングを掴むことができた。


「ふ、フラン。とりあえず、落ち着こう。な?」


「はぁー、はぁー……」


「ふぅーっ、ふぅー……」


フランとコルルは、猫のケンカみたいな息をしている。ひとまずの休戦に、クラークはほっと胸を撫で下ろしていた。その後ろでは、ミカエルが顔面蒼白になっている。


「ん……そう言えば、あんた。ミカエルさん、だよな?」


「ひゃっ、ひゃい!?」


名前を呼ばれて、ミカエルは比喩なしに十センチほど飛び上がった。


「そ、そんなに怯えないでくれよ。ただ、礼を言いたかったんだ。よく覚えてないんだけど、ずいぶんあんたに世話になったんだろ?ありがとな」


「あっ。いっ、いえ!そんな大したことは……」


ミカエルは顔の前で、猛烈に手を振った。ローブの裾が揺れて、旗を振っているみたいだ。


「あんたには世話になったんだし、俺としても、これ以上おたくらと喧嘩はしたくないんだけど……はぁ。そっちの勇者さまは、そうは思っちゃくれないみたいだな?」


「あの、あぅ、そのぅ……」


俺がちらっとクラークの方を向くと、クラークはむすっとした顔をした。


「勘違いしないでほしいな。ミカエルは、自分からお前を助けたわけじゃない。そっちの女の子に無理やり連れ去られたんだ」


「おっと、痛いとこをつくな……それが正しかったと開き直るつもりはないよ。けど、お前らがフランにやってくれたことを、俺も忘れちゃないんだぜ?」


髪を切られ、何本も矢を打たれたフランの姿は、今でも鮮明だ。たとえゾンビと言えど、仲間を傷つけられていい気持ちはしない。


「くっ……」


「むぅ……」


またも睨みあう俺たち。アドリアが再三のため息をついた。


「いい加減にしないか。ここは互いの親睦を深める場であって、確執を深める場じゃないはずだろう」


するとアドリアは、すっと俺に手を差し出した。


「お前たちの事情は、ミカエルから聞いている。これまでのことは水に流そう。お互い守るべきものがあった、それまでのことだ。私はアドリア。クラークのパーティーで弓士をやっている。といっても、今更かもしれんが」


「……まあ、確かにな」


お互いに、お互いのことはとっくに知っている。それでも改めて名乗ったということは、ここを互いの関係のリスタート地点とし、そろそろ矛を収めようじゃないかという合図であり……なんて、考えすぎか。いい加減、険悪なムードにもうんざりしてきたところだ。俺は快く差し出された手を握り返した。


「俺は桜下ってんだ。元、二の国の勇者で。今はわけあって正体を隠してる。なんて、今更かもしれないけどな」


「ふっ。確かにそうだ」


アドリアの手は、固くてゴツゴツしていた。仲間が先に和解をしてしまったせいで、クラークもこれ以上喧嘩を続けられなくなった。


「……しょうがない。アドリアに免じて、この場は収めてあげよう。彼女に感謝するんだな」


「ふん。そりゃ、どうも」


フランとコルルはまだ互いに睨みあっているが、それぞれ俺とクラークに倣うことに決めたらしい。こうしてみると、案外両パーティーは似ているのかもしれない。


「はーぁ。ったく、とんだ災難続きだぜ。面倒なことになる気がしたんだよな、今回の遠征は」


俺はぐーっと伸びをすると、頭の後ろに手を回して、壁にもたれかかった。遠くではまだエラゼムが、数人の貴族に囲まれている。よく見てみると、その貴族たちは全員、かなりがっしりした体つきをしている。貴族というより、武官寄りの人たちなのかもしれない。

クラークはぶすっとしたまま、俺の隣、体一つ分離したところに背中を付けた。腕を組むと、さも面白くなさそうな口調で言う。


「……そもそも、どうしてお前がここにいるんだ。王女様の頼みだと言ってたけれど」


「その通りだよ。ロアに頼まれて、俺はここにいる。まあもっとも、俺に来いって言ったのはそっちの女帝様が先だけどな」


「なんだって?どういうことなんだ?」


「俺たちがこの国に来た目的は、ある人を治療してもらうためだったんだ。その為の条件として、女帝様は二の国の勇者を連れてくるよう、ロアに提示した。んで、ロアが俺に頼み込んできたってわけだ」


「そういうことだったのか。でもどうして、ノロ様はお前なんかを……」


「知るもんか。俺もずっと考えてるけど、さっぱり読めないんだよ。おたくは、心当たりはないのか?」


「……ない、かな。ノロ様は、その。結構気まぐれな人なんだ。ただの思い付きに見えて、実はものすごく壮大な政略があったりするし、その逆もある」


「逆っていうと?」


「本当にただの思い付きの時さ。あの人は自分の暇つぶしの為に、一個師団を総動員させたこともあるんだ」


「は、は、は……」


乾いた笑いが出た。今回はどちらのパターンなんだろう?どちらにせよ、あまり愉快なことにはならなそうだが……


「まあ、単なる気まぐれならそれでいいんだけどな。暗殺されるとかよりはマシだ」


「あ、暗殺だって?馬鹿な、他国の勇者をよその皇帝が害するわけないじゃないか。お前みたいな悪の勇者なら、わからないけど」


「だから違うって言ってんだろ!喧嘩売ってるのか?だいたい、俺のこれだって被害妄想じゃないぞ。現に俺は、一度命を狙われてるんだ」


「なんだって……?」


クラークは、本当に驚いた、という顔をしている。


「それは、どういうことだ?誰かに襲われたということ?」


「ああ。見ず知らずの女の子に、双剣で襲い掛かられたんだ。こっちはただ歩いてただけなのにだぜ?」


「双剣……!まさか、そのはアルアという名前じゃなかった?茶色の髪の」


「ん、ああそいつだ。なんだ、おたくの知り合いか?」


するとクラークは目を見開き、信じられないとばかりに首を振った。


「知り合いではあるけれど……あの娘は、そんなことをする娘じゃない。ましてや、いきなり人に襲い掛かるなんて……」


「この人は、嘘ついてないから」


むっとした口調でフランが口を挟む。


「わたしがあいつと戦ったんだから。いきなり切りかかって来て、完全にイっちゃってる目をしてたけど?」


「アルアが……?なら、別人だよ。きっとそいつはアルアじゃないんだ」


頑なに認めようとしないクラークに、フランがイライラとまなじりをひくつかせる。クラークはずいぶんアルアを信用しているようだな。どうしてこうも食い違うんだろう?


「いや、おそらくそれは、アルア本人で間違いないだろう」


口を開いたのは、アドリアだった。クラークが驚いてアドリアを振り向く。


「アドリア?何を言い出すんだよ。アルアはとても礼儀正しい、いい娘じゃないか!」


「ああ。私もそう思う」


「だったらどうして……」


「お前が間違っているわけじゃない。かといって、あちらが言っていることも間違いではない。どちらも正しいんだ、今回の場合は」


「どちらも……?」


「そうだ。真面目な一面も、狂気的な一面も、どちらも正しいアルアの姿だということだ」


クラークは完全に困惑している。俺だって同じだ。アドリアの物言いでは、アルアは、ジキルとハイドみたいなやべーやつってことになるけれど。


「アドリア。ちゃんと説明しなさいよ。一体どういうことなの?」


コルルがアドリアに詰め寄る。確かに、アドリアは何かを知っていて、それをあえて口にしていないように思える。だからワケのわからない物言いに聞こえるんだ。


「……あまり、口にしたくはないのだがな。他人の家の事情だから」


アドリアは渋い顔で口を開く。家の事情?


「簡単に言うとだ。アルアは、とある血筋の三代目に当たる。その血筋が故に、彼女は歪んでしまったのだろう」


「なによ、血筋って?」


「ああ……アルアの祖父は、かつて魔王軍との戦闘で、常に先陣を切っていた。どんな強敵にもひるまず、どんな攻囲も突破して見せた。彼がいなければ、我々人類はまず間違いなく滅ぼされていたはずだ」


「え……?ちょっと待ってよ。それって……」


「そうだ。アルアの祖父は、勇者ファースト。かの伝説の勇者の血を、あのむすめは継いでいるんだ」



つづく

====================


読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


====================


Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る