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「……」


「……桜下さん、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」


「そういうウィルもな……」


「いや、私は幽霊ですからね?」


ウィルはいよいよ心配だ、という顔でこちらを伺っている。しかし俺は、それに返す余裕がなかった。まさか、こんなことになるなんて……聞いてないぞー……

馬車の外では、けたたましいラッパの音が響き渡っている。俺は窓からできるだけ離れていたが、外を見なくても様子はわかるさ。これだけ盛大なファンファーレが鳴り響いているんだ、大勢の楽器隊と、その前にはびしっと武装をした兵士たちがずらりと整列しているはずだ。ひょっとすると、この馬車も赤じゅうたんの上を進んでいるのかもしれない。

青い顔をする俺を見て、ライラが不思議そうに小首をかしげた。


「桜下、きんちょーしてるの?へんなの。いままで、もっとすごいことをしてきたじゃん。おーぜいと戦ったりさ」


「ああ……けどあれは、失敗しても全部俺の責任だっただろ。今回はそうじゃないからな……」


うぅ、自己責任っていうのは、案外気楽なところもあるんだな。初めて知ったぞ。

湖を渡って二日経った今朝方、俺たちはついに一の国の帝都“キミテズリ”まで到達した。


「着くなりこれとはな……」


帝都キミテズリは、湖畔に面した平野に広がる大都市だった。面積はたぶん、二の国の王都ペリスティルの倍はある。ただ、縦に長い印象の三の国の首都ヘリオポリスに比べて、建物の高さは低い。土地に余裕があるから、平屋が多いんだろうな。おや、俺としたことが、ずいぶん旅慣れたことを考えるもんだ。と、この時は気楽に考えていたんだけれど……

俺は最初、今回の遠征はもっと簡素なものだと思っていた。つまり、皇帝様に軽く挨拶して、エドガーの呪いを解いてもらったら、すぐに帰国することになるのだと。王女であるロア直々のお願いとは言え、言ってしまえば一人を治療してもらうだけ。そこまで大事にはならないと思っていたんだ。ところが……

帝都に到着するやいなや、派手な色のバーディング(馬の鎧のことだ)をした騎士が数騎やって来て、俺たちを出迎えた。そして王宮に向かうにつれ、だんだんと群衆が集まってきた。この時点ですこし嫌な予感はしていたんだが、王宮の入り口に差し掛かると、予感は確信に変わった。

パンパカパーン!盛大なファンファーレが聞こえてくると、俺は今回の任務が、バッリバリに公で、相当にかしこまったものなのだと悟った。なんたって、王宮の前には数千はくだらない数の兵士たちが、全身フルアーマーで整列していたからだ。ライラの目が点になっていたのを覚えている。

ふはは、そう考えると笑えてくるな。二日前、俺は一発芸でもやらされるんじゃと危惧していた。とんでもない、もしもやるんだったら、ライオンを素手で倒せくらいは言われそうだ。


「大丈夫だよ。これだって、単なるパファーマンスでしょ」


血の気の失せた俺の顔を見て、フランが慰めてくれる。


「ロアは、皇帝が単に勇者に会いたがってるとだけ言ってたんだから。なにか特別なことは必要ないはずでしょ?」


「うぅ、そうだといいんだが……」


やがて馬車が停まった。とうとう着いたのか……扉が、コンコンとノックされる。


「二の国よりの御客人様。これより、王宮クリスタルパレスにご案内させていただきます」


落ち着いた男性の声だ。やがて静かに扉が開けられると、もうあとには引けなくなった。出ていくしかないだろう。うう、緊張する。

馬車隊は王宮の玄関ホール前に止まっていた。周りには案の定、兵隊がずらっと並んでいる。顔の前にサーベルのような剣を構えていて、威圧的だ。そう言えば、一の国は魔王の大陸と地続きの都合上、軍備にかなり力を入れているんだっけ……

馬車の扉を開けたのは、白くゆったりとした服を纏った、色黒の男性だった。頭にはターバンみたいなものを巻いている。


「ようこそ、御客人の皆様。歓迎いたします」


男は俺たちの恰好を見ても少しも驚かず、深々と礼をした。さすが、王宮仕えの人は礼儀正しい。周りを見ると、俺たち以外にも、兵士たちが馬車の外へと出てきていた。どうやら全員で王宮に入っていくようだ。少しすると、ヘイズを先頭にして兵が動き始めた。俺たちも流れに続く。ふぅ、みんなと一緒なら、少しは気が楽だな。さすがにエドガーの姿はなかったから、馬車に残っているんだろう。

一の国の王宮内部は、二の国とも、三の国とも異なる様相だった。二の国の城は、堅牢で、戦闘用に作られた感が満載だ。三の国の“そらの塔”は、きらびやかだが、どこか神秘的な空気を醸していた。対してここは、一言で言えば、実に優雅だ。

建物はすべて白い大理石で作られている。玄関を抜けると広い中庭があった。花が咲き乱れ、立派な彫刻が置かれ、噴水があり……値が張るものなら何でも置かれていそうだな。水晶の宮クリスタルパレスとはよく言ったものだ。ふむ、けど軍備に傾倒しているわりに、王宮は実践的じゃないぞ。俺がそんなことをぽつりとつぶやくと、ウィルが首をかしげた。


「そもそも、王宮ってそういうものじゃないですか?王様のお家であって、戦う城じゃないんですから」


「それもそうか」


長い廊下には必ず絵画が掛けられ、床にはふかふかのじゅうたん。部屋の扉は数え切れないほどだ。間取りを見るに、相当広い建物なんじゃないだろうか。俺はすっかり緊張を忘れ、あちこちに目を向けていたせいで、前を歩くフランに二度もぶつかりかけた。


「ちょっと。落ち着かないのはわかるけど、しゃんとしてよ。なめられるよ」


おっしゃる通りです、はい。だけども、堂々とするには場違い感が否めないというか……ヘイズたちは鎧を着ていたけど、俺は普段着だぜ?まあ兵士たちの間にいるから、目立ちはしないとは思うけど……

やがて俺たちは、一つの部屋の前にやってきた。周りを白い柱に囲まれ、天井は見上げるほど高い。ヘイズの前を歩いていた男が(おそらくここの執事みたいな人だろう)、扉の前でこちらに振り向く。


「こちらでしばしお待ちください。ライカニール帝が、御客人様方を歓迎いたします」


いぃ!?なんだって?このあとすぐ、皇帝様に会うのか?マジかよ、着いて早々だぞ。もっと後になるかと思っていたのに……執事がどこかへ立ち去ると、俺は居ても立ってもいられず、兵士の間を縫って、ヘイズのもとまで向かった。


「ヘイズ!ヘーイズ!」


「あん?なんだ、お前か。なんだ?」


「なんだじゃないよ。このあと、皇帝様に会うんだろ。だったら、“勇者”がどこにいるんだって話になるんじゃないか?」


「おっと。確かにそうだな」


そう、それが問題だ。俺は、すでに勇者を辞めている。西寺桜下はただの少年であり、二の国の勇者は、謎の仮面をつけた男、ということになっているのだ。このままじゃ皇帝様には、文字通り合わす顔がないぞ。


「どうする?こんなに早いなんて思ってなかったんだけど……」


「そうだな……お前、仮面は持ってきてるよな?」


「ああ。ここにあるよ」


「よし。なら、お前はもう仮面をつけてろ」


「え?いや、まあそうするしかないけど……大丈夫かな。皇帝の前で仮面だなんて」


「なに、遅いか早いかの問題だ。そこはロア様がうまいこと言ってくれてるはずだ。問題にはならねえよ」


ロアが?本当だろうな……だがヘイズは少しも慌ててはいなかった。しゃーない、信じるしかないだろう。俺は仲間たちの下に戻ると、カバンから仮面を取り出してつけた。ウィルがびっくりして目を丸くする。


「お、桜下さん?それで皇帝様に会うんですか?」


「だよなぁ。ヘイズに聞いたんだけど、そこはロアがうまい事やってくれてるらしいんだ。それを信じるしかないよ」


「そうですか……」


ロアのやつ、皇帝になんて言い訳したんだろう?そわそわしていると、ついに扉がゆっくりと開かれた。俺とウィルが、同時にごくりとつばを飲む。前の兵士が歩き出したのに従って、俺たちもその部屋へと入った。

そこは、意外にもシンプルな空間だった。申し訳程度に天井から下がっている垂れ幕以外は、特にめぼしい装飾品はない。その代わりに、今俺たちが入ってきた面以外のすべての壁に、大きな窓が設けられている。開け放たれた窓からは爽やかな風が吹く。そして窓から差す光がもっともよく当たるところに、白い玉座が置かれていた。太陽に照らされて、玉座は輝かんばかりの眩さだ。ごたごたした飾りが無くても、陽の光というもっとも美しい衣を纏ったこの空間は、それだけで王に相応しい部屋へと昇華していた。うぅむ、素人目にもわかる、素晴らしい設計だ。


「ようこそ、諸君」


そして、この部屋の主……玉座に腰かけたライカニール帝が、白い歯を見せて俺たちに笑いかけた。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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