4-1 割のいい仕事

4-1 割のいい仕事


「クエスト?冒険者とかがギルドで受けるやつ?え、ここってそういうところなの?」


「バカたれ、んなわきゃないだろう。この村のどこにも冒険家なんているもんか。いるのはせいぜい、その日暮らしの流れ者たちだよ。この宿では、村で起きた厄介ごととかを代わりに引き受けて、そういう連中に仕事クエストとして斡旋してるんだ」


はー。要は日雇いのバイトの募集ってとこか。


「おもしろそう!なあ、それって俺たちでもできるのか?」


「ああ?バカ、草むしりや赤ん坊の子守りってんじゃないんだよ!アンタみたいなガキにできるもんかい……」


そこですかさず、俺はこの中でおそらく最年長のエラゼムを、ずいと前に押し出した。


「ほらほら。大人ならここに一人いるぜ」


「ぬ、桜下殿?あーっと、ご主人。きっとその仕事は、吾輩でも力不足でしょうな?」


「むっ……」


全身鎧と、独特の響きをもつ壮年の声に、さすがのミシェルもたじろいだようだ。


「……まあ、そこの騎士さんみたいな戦士がいりゃ、大丈夫かもしれないがね。しかし、うちでやってるのはほとんど炭鉱の仕事だよ。剣と鎧が役に立つとは思えないけどね」


「え?そうなの?」


俺はボードはられたクエスト内容を読んでみた。荷物の運搬、倉庫の整理といったものの中に、目立つ一枚が貼り付けられている。


“仕事場所:一番坑道”

“内容:炭鉱石またはトリチウム結晶石の採掘”

“報酬:五セーファ/二スラグあたり”

“備考:坑道深部にオークが住み着いているとの報あり”


「……つまり、坑道にもぐって石を掘ってこいってこと?」


「そうだよ。ほとんど採り尽しちまったから、ろくに出やしないがね。おまけに運が悪けりゃモンスターまで出るよ」


何が楽しいのやら、ミシェルはくくくっと笑った。うーん、肉体労働か……暗い洞窟に入って、モンスターを警戒しながら穴掘り。ちょっと自身ないな……


「ん?なぁ、これは?」


俺は一枚のクエスト用紙を指さした。ずいぶん古いのか、紙は黄ばんで、ボロボロだ。

内容はこうだ。


“仕事場所:サイレン・ヒル墓地”

“内容:夜間の墓守”

“報酬:十セーファ(追加報酬あり)”

“備考:墓荒らしを退治した場合、追加で十セーファ支給”


「ああ、それかい……」


ミシェルはきまり悪そうにボードから目をそらした。


「……夜中一晩、村はずれの墓地を監視する仕事だよ。墓を掘り返す不届き者がいるもんでね」


「え?じゃあつまり、夜中ずーっと墓場にいれば、それだけで報酬がもらえるのか?」


楽勝じゃないか!目を輝かせた俺を、ミシェルはぴしゃりといさめた。


「そんな簡単なものかい。その墓荒らしが肝心なんだ。いいかい、墓を掘り起こして仏の体をあさるなんて、まっとうなもんのすることじゃないんだよ」


それは、まあそうだ。考えただけでも気味悪い。


「だいたいね、ただ見張ってりゃ引っ込む相手なら、わざわざクエストになりゃしないんだ……どうにもそいつの正体は、怪物、モンスターらしいのさ」


「も、モンスター……」


そうだよ、とミシェルは怪談話でもするように、低くした声で言った。


「そのモンスターっていうのは…………グールだ」


グール……前に聞いたな。屍食鬼で、人の死体を食べる怪物だとか。


「そのグールが、墓を掘り起こして人の体を食べてるのか」


「そうさ。しかも、相手は普通のグールじゃないよ。怪しいまじないを使う、危険極まりないヤツなのさ」


「まじない……魔法ってこと?」


「さてね。グールみたいなちっぽけなモンスターが魔法を使えるなんて話、あたしゃ聞いたこともない……けど、村の男たちは確かに見たらしいのさ。そいつが、大人をすっぽり包めるほどの火の玉をだしたり、大木を根っこからなぎ倒す突風を起こしたりするところをね」


火の玉に、突風……ウィルの出す火は、せいぜい手のひら程度のサイズだった。大人を包めるなんて言ったら、その何十倍だ。しかもそいつは炎だけでなく、風まで操れるという。


「……そいつって、実は魔術師なんじゃないのか?」


「魔術師ぃ?ないない、こんな田舎にいるわけないだろう。だいたい、なんで魔術師が死者の骨なんか漁らなきゃならないのさ」


「そりゃそうか……」


「とまあ、そんな話が広まったもんだから、このクエストは誰も受けやしなくなって、ずっと放置されてたのさ。もっとも、そんなグールがいるなんて気味悪いから、退治してくれって声は多いんだけどね。なぜだか依頼主の村の重役連中は賞金を渋りまくるもんだから、担い手なんかいやしない。たった十セーファぽっちで丸焦げにされちゃ、赤字もいいとこだよ」


「そんなに前から被害にあってるのか?なんだってそんな強いグールが、この村に住み着いちゃったんだろう」


「なんでって、そりゃあ……」


ミシェルは一瞬、考える様に口をつぐんだ。思い当たる節があるのかな?


「……あたしがグールの気分なんて知るもんか。墓があるんだ、出てきたっておかしくないよ」


「そうかなぁ。もっと大きな村とかのほうが……」


「知らないよ!とにかく、出るものは出るんだ!アンタ、あたしを疑ってるのかい?」


「あ、いやいや。そういうわけじゃないよ」


ん?その時俺の頭の中に、あるアイディアが浮かび上がった。グールって確か、前の世界でもちょくちょく耳にしたことがあった。ほら、マンガやゲームの敵役とかで出てくるやつ……てことは、だ。


「なぁ、ミシェル。もしそのグールをやっつけたら、追加報酬ってのがもらえるんだよな?」


「はあ?」


何を言ってるんだコイツという目で、ミシェルが俺を見つめる。


「そのクエスト、俺たちで受けさせてくれよ」


「な……話を聞いてなかったのかい。冗談も休み休み言いな」


「冗談なんかじゃないよ。別によそ者が受けちゃいけないわけじゃないんだろ?」


「このガキ!ナマ言ってんじゃないよ!」


ミシェルはぴしゃりと言い放った。


「大の大人たちが命からがら逃げだしてきたんだよ!いくら高そうな鎧を着こんだ騎士がいるからって、一人でどうにかなるもんかい!それにね、装備に金をつぎ込んだから強くなれると思ったら、それも大間違いだからね」


「そんなつもりじゃ……本当に危なくなったら逃げてくるよ。それに、グールも出ないかもしれないし。仕事としては、お墓を見張ってればいいんだろ?実はさ、俺たちめちゃくちゃ金欠なんだ。だから少しでも旅費を稼ぎたいんだよ、な?お願い!」


俺が手を合わせてミシェルを拝むと、ミシェルは呆れた顔をした。


「あんた、よっぽど金遣いが荒いのかい?そんなんじゃろくな大人になりゃしないよ……けど、はぁ~……」


ミシェルは逡巡したのち、諦めたようにかぶりを振った。


「……仕事がほしい連中に、それを紹介するのがあたしの仕事だからね。忠告はしたよ」


ミシェルはしぶしぶといった様子だったが、カウンターの下から一枚の用紙と、細く削った木炭を取り出した。


「この用紙にサインしな。クエスト受注の契約書だ。同行する仲間の名前も全部書くんだよ」


ミシェルが用紙の一角をとんとんと指さす。俺は木炭を受け取ると、ミシェルに見えている三人分、自分とフランとエラゼムの名前を書き入れた。


「これでいいか?」


「よこしな……ふん、あんたの名はオウカか……いいさ、これで契約完了だよ。けど、クエストに言ってもらうのは明日だ」


「明日?なんで今夜じゃないんだ?」


「この酷い雨じゃ、隣のやつの顔すら見えないだろうが。火も焚けないんじゃ、仕事になりゃしないよ」


あ、それもそうか。窓の外では、雨脚がさらに勢いを増したような気さえする。


「明日の夜になったら現場まで行ってもらうから、せいぜいそれまで準備しとくんだね」


「あ、うん。なあ、そのクエストって、どこへ行けばいいんだ?地図とか……」


「詳しいことは、そん時になってから話すよ。明日、陽が完全に沈んだら、またここに来な。現場まで案内するよ。遅れるんじゃないよ?遅れたら、報酬の倍額のペナルティだからね」


「わ、わかったよ」


「ふん。ま、せいぜい頑張りな」


ミシェルはぶっきらぼうにそう言うと、カウンターから出てきて、クエストボードの前に立った。そして何やら手に持っているものを、ボンとボードに押し付けた。ミシェルが離れると、今しがた受けた墓守のクエスト用紙のところに、赤いハンコで“受注済み”が押されていた。


「おぉー。それっぽいな!」


「バカなこと言ってんじゃない!ほら、仕事の邪魔だよ!」


おわ。半ば追い出されるように、俺たちはカウンターの前から追い出されてしまった。



つづく

====================


読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


====================


Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る