2章 モンスター図鑑

2章 モンスター図鑑


この図鑑は、ギネンベルナ王室が編纂した、全国に生息するモンスターの特徴、生態、戦う際の注意事項などを記したものである。これを読めば、読者諸君は危険なモンスターに対する最低限の知識を得る事が出来るだろう。ただし、留意しておいてほしい。ここに記されているのは、あくまでも多種多様なモンスターの一側面に過ぎない。諸君が実際に剣を握り、モンスターと相対する際には、必ずしも本に書かれた知識だけが全てでない事を忘れないで頂ければ幸いだ。


●“危険度”について 


そのモンスター一体のみに対して、人間が戦いを挑む場合の脅威の指針。


S……生物の頂点に位置する種族。人間が大軍を成したとしても、討伐は極めて困難。ドラゴン種などが該当。


A……非常に凶暴。人間単体では歯が立たず、屈強な戦士たちによる軍隊の形成が必要。オーガ、ゴーレムなどが該当。


B……危険だが、熟達した知識と技量があれば討伐可能。ただし一人では苦戦を強いられるであろう。ライカンスロープ、トロールなどが該当。


C……単体では弱く、一人前の戦士なら十分応戦可能。だがこのランクのモンスターは群れを成すことが多く、個としての弱さを補っているので注意されたし。オーク、ゴブリンなどが該当。


D……極めて脆弱、もしくは危険性のない生物群。


・ジャッカロープ

兎目 角兎科 危険度D+

牡鹿の角が生えたキマイラ相を持つ兎。

性格は臆病だが、繁殖期など一部の時期は攻撃的になる。角の一撃は馬鹿にならない威力なので注意すること。

立派な角は雄雌問わず生える。角に薬効がある事が知られており、腰と指先の痛みに効く。基本的には一匹で群れを作らず行動するが、繁殖期は番を作り、二匹で営巣する。この時、雌の角は抜け落ちてしまうが、これは狭い巣穴に出入りしやすくする為だと考えられている。一方、雄は角がつかえて巣穴には入れないため、巣の前で外敵を追い払う役割を担う。この状態の雄は背水の陣とばかりに凶暴になるため、ジャッカロープが子育てする春先は巣穴に近づかない方が懸命だろう。


・エルフ

亜人目 耳長科 危険度ー

細長い特徴的な耳を持つ亜人の一種。ヒトに近い種族のため、危険度については記載しない。

深い森の奥地に住み、様々な生物と心を通わせ、大地に宿る精霊たちと交流する力を持つ、神秘的な種族。魔力にも精通している。また、エルフには女性しか存在しない(少なくとも、ヒト基準で考えると全員女性にしか見えない)。エルフの隠れ里は魔法によって隠蔽されており、発見は極めて難しい。この世界のどこかにエルフの大都市が存在すると言われているが、それを探しに行ったまま二度と帰らない冒険家の数の多さが、それの困難さを物語ると同時に、彼らの不思議な魅力を象徴していると言えるだろう。


・ルーガルー

獣人目 半人狼科 危険度C(オスの個体:B)

ライカンスロープが狼人間なのに対し、こちらは人間狼と呼ばれる。後述のオス個体以外は、通常の狼と大差ない姿をしている。

性格は理性的で、無謀な戦いは好まない。

十匹程度からなる群れを形成し、集団で生活する。群れの個体はそれぞれが“地位”を持っており、その中の最上位のオスのみが狼型獣人へと変身し、以後その姿を保ち続ける。

繁殖行動が許されるのはこの最上位オスのみである。オスは交尾の際、メスの首を噛み、特殊なフェロモンを注入する。このフェロモンを受けたメスはそのオス以外の精子を受け付ける事ができなくなり、生涯そのオスのみの番として生きる特徴がある。

このように群れにとっては最上位オスの存在が非常に重要であり、オスを失う、もしくは未成熟などで最上位となれるオスがいない群れは、自然と消滅する。ルーガルー討伐の場合はオスを全滅させる事が必須とされるのはこの為である。

またごく稀にではあるが、人間の女性と番になった個体が報告されている。同種内で繁殖サイクルが完結しているにも関わらず、他種族を番とする理由は謎が多く、解明には至っていない。


・ライカンスロープ

獣人目 人狼科 危険度B+

狼人間。普段は人の姿を取るが、満月の夜になると狼型獣人の姿へと変身する能力を持つ。

非常に凶暴で、同種を含めたあらゆる生物に積極的に襲いかかる。

繁殖の方法が特殊で、獣人時に適度な傷を与えた人間が新たな同種へと転生する。傷の深さによって同種への転生率が異なり、致命傷に近いほど率が高くなる。ただし対象が死亡してしまった場合は転生イベントは発生せず、これが人狼化を防ぐ方法としてはもっとも有効である。

ライカンスロープ自体は積極的に仲間を増やそうとはせず、襲撃の過程で偶発的に個体を増やす場合が多い。時に同族すら襲うこのモンスターが個体数を維持できている裏には、未知の繁殖手段が存在するのではないかと推測されている。


・ペガサス

奇蹄目 天馬科 危険度Aー

天馬。体の倍ほどの翼を持ち、地面を走るように空を駆ける。

警戒心が強く、清らかな心を持った乙女にしか心を開かない。知能が高く、魔法を扱う個体も存在する。

馬型のモンスターの中ではユニコーンと並んで最上位に分類される。強靭な脚力、グリフォンに匹敵する飛翔力、魔法も扱う高度な知能と、人に心を開くモンスターの中でも特に人気が高い。ただし、手懐けられた例は稀である。これは、ペガサスが清らかな心を持った乙女にしか従わないのだが、この基準が実に曖昧で、同じ人間でも個体によっては拒絶されるなど、ペガサス側の好みの影響が強いためである。報告の上がった傾向からすると、概ね十代から二十代前半(最年少で五歳、最高齢では六十三歳の報告がある)、性行の経験がなく(どこまでを“セーフ”とみなすかは個体によって異なる。行為の相手が同性の場合は判定が緩い事が多い)、容姿に優れた女性が好まれやすいようだ。その性質からペガサスもまた清らかな心を持つとされてきたが、実際には選り好みの激しい邪な生物だとする学説が近年支持を集めている。

ペガサスには雌のみが存在し、雄は存在しない。繁殖も雌のみで行う。乙女にしか懐かない理由がここにあるのではないかとされているが、究明には至っていない。


・ガーゴイル

可動無機物目 獣型科 危険度B+

動物をモデルにしたゴーレム。

ゴーレムよりは一枚落ちるものの、危険性の高い厄介なモンスター。

ゴーレムが魔法で召喚される兵隊としての側面が強いのに対して、ガーゴイルは拠点を守る門番としての役割を持つ。召喚する魔法に微妙な差異があるのだが、簡単に言うと、ゴーレムが“要石”を核に縛られるのに対し、ガーゴイルは土地に縛られる為である。その分専守に特化したプログラミングがされており、魔術師ギルドの玄関には、それぞれのギルドが工夫を凝らしたガーゴイルが必ず一体は設置されている。またモデルにした動物によっては、一定範囲内での荷運びや移動手段として使う事もできる。使用用途によってその性質を大きく変える魔物であると言えよう。


・グリフォン

あしゆび目 鷲獅子じゅじし科 危険度B+

鷲の頭、翼、前足と、獅子の体、後ろ足、尾を持つモンスター。

性格は獰猛で、特に巣に近づくものに激しく攻撃する。上空から突き下ろすような攻撃を好む。

飛ぶ力が非常に強く、雄牛を抱えて飛ぶ事もできる。獲物を生きたまま抱え、巣に持ち帰って捕食する。巣は地面にすり鉢状の穴を掘り、枝草を敷き詰めたもの。大きなヒバリの巣のような形である。秋の終わり頃に集団で群れを作り、辺り一帯を巨大な営巣地にしてしまう。卵生であり、冬の間は巣で卵を温め、春先に孵化する。寒さが厳しかった冬の翌年はグリフォンの数が多くなる傾向が強いが、卵を温める習性があるにも関わらず、寒いほうが孵化率が高くなる理由はよく分かっていない。


・キメラ

雑綴つぎつぎ万象目 模細工科 危険度A+

合成獣。キマイラとも。

人前に出ることは滅多にないが、一度会い見えれば激しく襲ってくる。特に人間の魔術師に対してはどこまでも執拗に追いかけてくるなど、非常に強い殺意を見せる。

獅子の頭、山羊の体、蛇の尾を持つモンスター。キマイラ相を持つモンスターの頂点に君臨する。キメラの毛皮は強い魔法耐性を持っているため、前述の攻撃性と合わせると、魔術師との相性は最悪である。「もしも〜」から始まる魔術師の十訓の一つ、「もしもキメラに遭ったら死んだと思え」はこれが由来。自然発生した生物ではなく、かつて魔術師の手によって造られた人工的なモンスターといわれる。雌雄同体であり、単体で生殖を行う。キメラの出生率はほぼ一であり、個体がほとんど増加しない。近年では一を下回るケースも増えてきたという報告もあり、その個体数は緩やかな減少傾向にあると予想される。


・ワイバーン

有翼鱗目 飛竜科 危険度Aー

前足の無い小型のドラゴンのようなモンスター。姿は似ているが、ドラゴンとは別種の生物。

凶暴かつ食欲旺盛で、口に入るものなら何でも食らいつく。滅多には吐かないが、強力な火炎のブレスを持つ。

グライダーのような翼を持った飛竜。竜とついてはいるが、ドラゴンとは全く別のモンスターである。ドラゴンを一回り小さくしたような姿だが、それでもかなりの体躯をほこり、成人男性程度なら頭から丸呑みにする。前足は皮膜の翼へと変化しており、この翼で羽ばたくというよりは、滑空する様に空を飛ぶ。その割にはかなりの巨体だが、これは体内で可燃性の気体を発生させて体を軽くしているから。これらを口から一斉に放出する事で、小さな林なら吹き飛ばすほどの火球を吐き出す事ができる。当然ながらこれを使うとしばらくは飛行ができなくなるので、ワイバーン側からしてもこれは最後の切り札のようである。


・グール

鬼人目 屍食鬼科 危険度C

屍食鬼。主に人間の屍肉を食う小鬼。

性格は臆病であり、人の前には滅多に姿を現さない。ただし、うっかり遭遇してしまうと、鋭い牙と爪で襲いかかってくるので注意。

夜中墓場に現れ、墓を掘り起こして死者の肉や骨を食べる厄介者。動物の屍肉なら何でも食べるが、特に人間のものを好む。その性質からよくアンデッドモンスターと誤解されるが、れっきとした生物であり、アンデッドではない。卵生であり、孵化したての個体は体色を自在に変える能力を持つ。その擬態能力の高さから、グールの幼体の捕獲例は未だかつて存在しない。だが唯一、浅葱色には体色を変えられないとされ、ネギがグール避けとして墓地の周りに植えられる事がある。


・ゴースト

死霊目 人魂科 危険度C

霊魂タイプのアンデッドの内、人間の思念が霊体化したもの。

レイスと違い明確な自我を持つ為、悪意を持って人間に害をなす個体もいる。実体はないため害は出にくいが、体に憑依されたり、呪いを受け続けたりすると命に関わる場合もある。

人間の魂が変質したモンスター。自然死では発生しにくく、事故など突然の死によって生まれる事が多い。多くのゴーストは死を受け入れる事で成仏するが、稀に生前の執着が強い場合は、この世に留まり続けて無念を果たそうとする。しかし霊魂タイプのアンデッドの行き着く果てがレイスであるように、いずれ自我を失い、呪いを振り撒くだけの怨霊と化す。そうなる前に神殿に連絡し、荒ぶる魂を宥めてもらうのが得策だろう。また極めて稀に、自我を保ち続けてより上位のアンデッドに変質する場合がある。いずれもゴーストより対処が困難なので、そうなる前の浄化を心がけるべし。


●既存のモンスター


・ゾンビ

死霊目 屍人科 危険度C

もっとも一般的なアンデッド(生きていない)モンスター。元が人間で、かつ完全には腐敗していないものが該当する。

人間だった頃の能力と理性をほとんど失ってしまっているため、非常に脆弱。ただし外傷では倒しづらく、攻撃の際は火で燃やすか、銀製もしくは聖水で清めた武器が有効。

アンデッドモンスターとは、死後誰からも弔いをされなかった死者が変容した存在である。生前の記憶に基づき、所縁ある地に巣食ったり、普段と同じ行動を取ろうとする。この時、生前の執着や後悔の念が強いほど、強力なアンデッドになりやすいという報告がある。ゾンビはベースが人間ということもあって、もっとも遭遇機会が多いアンデッドと言えるだろう。墓地が整備された市街地ならともかく、旅先で野ざらしの故人を見つけた場合は、ゾンビになる前にきちんと弔いすべし。

ちなみに、鳥や獣のゾンビの報告例はほとんどない。死者へ祈る習慣が獣には見られないことから、ゾンビ化には“後悔の念”が重要なのではないかとする説が挙げられている。


レイス

死霊目 魂魄科 危険度C−

魂のみで実体を持たないアンデッド。霊魂タイプの中ではもっとも下等なモンスター。

単体では人に害をなせないほど無力だが、数が集るとそれなりに悪影響が出るので、群れる前に早めに浄化することが望ましい。

死後肉体を失い、魂だけの存在になったのが霊魂タイプのアンデッドであるが、それら霊魂が最終的に行き着く先がこのレイスと言われている。無数の怨念、思念が凝り固まって集合した姿であり、それ故にまとまった思考が出来ず、ただ無念を喚くだけの存在に成り果ててしまっている。故に浄化するのも比較的簡単であり、ただ祈るだけで霧散する個体も多い。旅先で出くわしたのであれば、元同じ人間のよしみで冥福を祈ってやるのもありだろう。

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