2-4

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「グエエエェエン!」


ルーガルーが絶叫する。奴の腕から出た血飛沫が、俺とフランにたっぷり降り注いだ。うわ、目の前が真っ赤だぞ?


「いまだ!」


悶えるルーガルーに、猟師たちがいっせいに襲い掛かる。斧で足を切りつけられ、ルーガルーはがくりと膝をついた。その背中に槍が突き立てられる。奴の口から血がドバっとあふれ出た。男たちは返り血も気にせず、一心不乱に武器を振り下ろす。グチャ!グジュ!ドシャ!


急に静かになった。猟師たちは荒い息をしながら、体を起こした。猟師たちの足元には、おびただしい血を噴き出した、毛むくじゃらの何かが転がっている。

ルーガルーは、死んでいた。


「はぁ、はぁ……よし、あとは巣穴だけだな」


いつの間にか復活したウッドが、目元にはねた血をぬぐいながら言う。俺は思わず声をかけてしまった。


「逃げこんだやつらも、殺すのか?」


ウッドは俺を見つめると、自分のシャツを引き抜いて、裾で血だらけの俺の顔をふいてくれた。


「奴らは賢い。仕返しに来るかもしれない。それに、さらわれた娘の行方もたしかめねえと」


俺は黙って顔を拭かれていた。ウッドはフランのことも拭こうとしてくれたが、フランは黙って俺の背中に顔を埋めると、ぐりぐり押し付けた。俺はしょんぼりとため息をつき、ウッドはそれを見てにやりと笑った。


「ありがとな、オウカ。お前のおかげで奴を倒すきっかけができた。後は俺たちが片付ける。怪我は無いな?」


「うん」


「よし。それじゃ、最後の仕上げだ」


俺たちは巣穴を取り囲むように、入り口に立った。中は暗くてよく見えない。猟師の一人が何かカチカチと打ち付けると、すぐに一本のたいまつが灯った。

炎に照らされ、洞窟の様子が明らかになった。ごつごつした壁面は、大体十メートルくらい奥へと続いている。あたりには獣の骨と、たくさんの毛皮が散らばって、うねうねと小山を作っている。その最奥、一番奥の暗がりに、逃げ延びたオオカミたちが尻尾を巻いて固まっていた。

ん?見間違いか?いや、確かにその後ろに、人の姿が見える。もしかして、さらわれたっていう娘さんか?


「娘が生きてる!みんな、オオカミどもから娘を守れ!」


「おお!」


猟師たちが洞窟になだれ込んでいく。男たちの怒声が壁に反響し、オオカミたちは半狂乱になっていた。必死に岩壁を登ろうとするも、あえなくすべって地面に転がり落ちる。そこに斧が振り下ろされた。グジャ!


「キャイィン」


「ギャーン」


あるものは尻尾を踏まれ、逃げられなくなったところで首を切り落とされた。ドシャッ。おびただしい量の血が洞窟の床を流れ、その一すじが少女のほうへと伝っていく。少女は呆けた様子でそれを眺めていた。


「あれ?」


ぽけっとする少女の横に、もう一人女の人がいる。二人?さらわれたのは一人じゃなかったか?女はぼさぼさの長い赤茶色の髪で、薄汚れた肌に獣の毛皮のようなものを巻き付けている。その女の人もまた、この光景を呆然と眺めていた。ところでこの人は、いったい誰だ?


「はぁ、はぁ、ふぅー。よし、みんな無事だな。やれやれ、ようやく終わったか」


オオカミを始末し終えると、エドは額の汗をぬぐった。ずいぶん鼻声だ。さっきルーガルーにもらった一撃で、鼻が折れてしまったんだろうか。エドはあたりをきょろきょろ見回し、呆けている女たちを見つけて声をかけた。


「よお、遅くなっちまったな。もう大丈夫だ、助けに来たぞ。お前と……どちらさんだ、そいつは?」


エドが謎の女を見て目を丸くする。ほかの猟師たちも、不思議そうに女を見つめていた。なんだ、誰も知らないのか?


「えぇー、お嬢さん。俺たちゃ、この近くの村のもんだ。いろいろ大変な目にあったんだろうが、ここにいるのもなんだ。とりあえず、俺たちの村までこねえか」


エドがひげをいじりながら話しかけるが、女は口を虚ろに開けたまま、何も言わない。エドは肩をぴくっと震わせると、イライラとこちらに振り返った。


「ちっ、俺は口がうまくねぇ。ウッド、お前代われ」


「まったく、そんな不愛想なもんだから、女子供が怖がって寄り付かないんだろ」


「うるせえ!」


ウッドはやれやれと笑って、エドと代わろうとした。その時、女がふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き始めた。


「な、なんだ?」


ウッドは困惑しながらも、とりあえずわきによける。だが女はそんなウッドの姿など目に入っていないようだ。女は一匹のオオカミの死骸のそばまで行くと、がっくりと膝をついた。


「どうしたの……ねぇ?」


か細い声で、女が呼びかける。え?オオカミに、話しかけているのか?


「起きてよ。鹿を狩ってきてくれるって、言っていたでしょう?」


女がオオカミの体に触れる。すぐにびくっと手を引っ込めた。女は指先を凝視している。

血だ。女の指は、オオカミの血でべっとり濡れていた。


「嫌。いや。いやああぁ」


「お、おい。あんた……」


見かねた猟師の一人が、女の肩に手を置く。


「触らないで!この人殺し!」


女は鬼のような形相で猟師の手を振り払った。猟師は絶句している。人殺しだって?


「人殺し!どうしてこの子たちを殺したの!殺してやる!バーヴが必ず、お前たちを皆殺しにする!」


「な、なんだこいつ……頭おかしいんじゃねえか」


女の異様なさまに、猟師たちは少しずつ後ずさりする。女は髪を振り乱し、口から泡を飛ばしながら喚き続ける。


「バーヴ!どこにいるの!こいつらを殺して!群れが襲われている!バーヴ!」


「ダメだ、いかれちまってる。オオカミどもにさらわれた恐怖で、どうかしちまったんだ」


「かわいそうに。おい、そっちを抑えろ。いずれにせよ、村まで引きずっていくしかないだろう」


猟師たちが二人がかりで、女を取り押さえる。女は激しく抵抗した。


「はなして!はなせ、この人でなし!」


「こら、暴れるんじゃない。あいた!」


女が猟師の手に噛みつき、猟師は手をはなしてしまった。女はそのまま洞窟の入口へ走って行ってしまう。ウッドが引き留めようと手を伸ばしたが、諦めたように頭をかいた。


「あ、おい!ちっ、しょうがねえな。獣にでも襲われて、野たれ死なれても夢見が悪い。追いかけよう。お前、大丈夫か?」


ウッドは座り込んだままの少女に話しかける。


「あ、はい。平気です……」


「よかった、あんたは無事だな。詳しいことは後で聞くとして、まずはさっさとここを出よう。獣臭くてかなわん。オウカ、そばについててやってくれ」


「あ、うん。わかった」


俺は少女のそばにかがみこんだ。


「立てる?肩、貸そうか」


「ううん、平気。一人で立てるわ」


少女は言った通り、すっと立ち上がった。思ったより元気そうだな。


「よし。いこう」


「ええ」


俺たちは洞窟の外へ向かう。ほかの猟師たちはさっきの女を追って先に出て行っていた。洞窟を出ると、そこにはルーガルーの死体にすがって泣きさけぶ女の姿があった。


「うわあああ!バーヴ!どうして、どうしてなのよ!うわああ!」


猟師たちは、弱り果てて女を見つめていた。


「おいどうするよ、この女。村に連れ帰っていいのか?」


「オオカミと長く過ごしすぎて、心がオオカミになっちまったんじゃねえか」


「おい、それなら人の心は忘れちまったのか?どうやってこのさき生きていくんだ」


「俺が知るもんか、ちっ」


俺たちはその様子を遠巻きに見ている。女はまるで恋人の首を抱くように、ルーガルーの毛むくじゃらの頭を抱えていた。本当に、自分のことをオオカミだと?


「あの人……」


隣の少女がなにかぼそりとつぶやいた。


「え?なんだって」


「うん……あの人ね、言ってたの。自分は……」


そのとき、視界の端で何かがもぞりと動いた。俺は慌てて少女を背中に隠すと、剣を構えなおした。なんだ?洞窟に積まれた、毛皮の山。その一つが、もぞもぞ動いているんだ。するとその毛皮の下から、一匹のオオカミが飛び出してきた!


「うわ、オオカミだ!まだ生きのこりがいた!」


「なんだって!?」


猟師たちは慌てて武器を構えるが、オオカミは風のような速さで猟師たちの足の間をすり抜けると、森のほうへと一直線に走っていく。


「くそ、逃がすか!」


ウッドは素早く石弓を装填すると、逃げるオオカミに狙いを定めた。引き金に力をこめる。

その刹那だった。


「だめえ!」


「っ!」


ルーガルーに抱き着いていた女が、突然、オオカミと石弓の間に身を投げ出したのだ。ウッドが息を飲むのが聞こえる。その指は引き金を離れていた。すでに、引いてしまっていたのだ。

トン!矢が的を射る、小気味いい音。


「ぁ」


女は何か小さなうわごとを残すと、糸の切れた人形のように、ぐしゃりとその場へ崩れ落ちた。




つづく

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読了ありがとうございました。

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8/18 内容を一部修正しました。

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