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「これで一件落着、ってことでいいのかな」


俺は結局最後まで持ってきてしまった剣をぐるりと回すと、誰にでもなくひとりごちた。といっても、ここにいるのは少し離れて隣を歩くフランセスと、アニだけなんだけど。

俺が、いっそのこと村から鞘も拝借してくればよかった、などと考えていると、アニから返事が返ってきた。


『落着というか……そもそも我々からしてみれば、得たものは何もないんですよね。あの村から脱出した、それだけです』


「そんなこともないだろ。俺はばあちゃんの依頼を成し遂げ、ジェスとフランセスの長年のわだかまりを解消し……」


……といってもいいのだろうか。ごちゃごちゃと引っ掻き回して、よりこんがらせただけな気もしてきた。


「うーん。結局ややこしくしただけか」


『まあ、そういう意味では、あの村にとっては良かったのかもしれませんね』


「うん?引っ掻き回したことがか?」


『ええ。主様によって、あの村は確かに“変革”しました。いままでが“停滞”の状態だったとしたら、それは明確な前進であり、次のステージへの一歩と言えるでしょう』


「ふぅむ……それで、より悪い状況になっちゃったとしてもか?」


『ええ。停滞とは、いわばゼロの状態。日々は常に変化なく、繰り返される日常に空気はよどみ、腐りきっていくでしょう。しかし、そこに変革という風が吹けば、歯車は動き出し、日常に変化が訪れる。その結果としていい方向に転じればもちろんよいですが、仮に悪くなったとしても、変化を与えたという面においては、それはプラスな行いといえるでしょう』


「そうかなぁ。マイナスになったりしないかな」


『さあ、それは彼ら次第でしょうね。私たちはきっかけを与えたにすぎません。うっかりマイナスになりかけたとしても、彼らがそうならないように努力するでしょうし。これをきっかけに、彼らが抱える暗い部分と向き合えたのなら、あまり悪いようにはならないのではないですか?』


「うーん。そうかな。そう思うことにするよ」


俺たちは停滞した村に、変化のきかっけを与えてやった。村民はその影響を受けて、より良い方向へ向けて努力していくだろう。俺はとりあえずそう納得することにした。あまりくよくよしても仕方ないしな。

俺は距離を取って歩くフランセスにも声をかけてみた。


「これで、フランセスがいなくなったから、あの森の呪いの風ってのもなくなるのかな?」


フランセスはぶすっとした目で俺を見ると、ぷいっとそっぽを向いて言った。


「あれは、わたしのせいじゃない」


「へ?」


「あの森には、もともとすごい量の怨念がたまってた。そこにわたしが投げ込まれて、はじけた瘴気が村のほうに流れていっただけ」


「なんだ、じゃあフランセスのせいじゃないのか。そこはジェスの勘違いだな。けどそうか、それなら呪いはなくならないんだ……」


「……いや。たぶん、風はもう吹かない」


「え。だって」


「悪霊のよどみに放りこまれたのがわたしだったから、村への導線、みたいなのができちゃったんだと思う。わたしはあそこの生まれだし、少しはみんなを恨む気持ちもあったから……」


「あー、そっか」


はじめて、フランセスの心情を聞いた気がする。ジェスにとびかかった時から、少なからず恨みはしてるんだろうと思ってたけど……


「やっぱり、ジェスのことか?」


「ううん」


「じゃあ、フランク村長?」


「ううん……わからない。もしかしたら村の人全員かも。ずっと、みんなわたしのことを気味悪がってた……誰もわたしを助けなかったのも知ってるし、ジェスのお父さんがわたしを森に捨てたのも知ってたから」


「……ん?知ってたのか?その、君が森に……」


「知ってた。どうしてあの人が私をわざわざ森まで運んだと思う?」


フランセスはからかうように、ふふんと鼻で笑った。


「どうしてって、証拠隠滅だとか……」


「あの火事現場で?みんな真っ黒になって、判別なんかつかない。残った骨だけ、適当に隠せば済むだけなのに」


あれ、そういわれれば……なんかおかしいぞ。俺は最初にフランセスの姿を見ていたから、彼女は“死体が残る形”で死んだとばかり思っていた。けどふつう、火事の遺体って残るのか?サスペンスものだと、黒焦げになった姿をよくみるけど……


「答えは単純。わたしは燃えなかったから」


「燃え……なかった?」


「そう。どうしてかは分からない。たまたまわたしの所だけ火が弱かった?いや、それはありえない。あの地獄の中では、空気すら燃えてた。なのに、わたしの体は燃えなかった。神様の加護なのか知らないけど、それがわたしを安らかに眠らせてくれなかった」


「待ってくれ……じゃあ、君はあの火事の中でも、生きていたのか……?」


俺は茫然として、足を止めた。彼女の全身のやけど……あれはもしや、建物が全焼するほどの火事で、あの程度で済んだということだったのか……?


「生きていた……わからない。わたしもおぼろげにしか思い出せないから」


フランセスはどこか遠くを見つめるような目でいう。


「高熱、酸欠、毒の煙。とても人が生きていられる場所じゃなかったはず。それなのに、私の眼には自分の手がずぅっと見えていた。炎に照らされて光る手。暗闇の中で、か細い光に浮かぶ手。何かに乗せられて、ごとごと揺れる手……誰もわたしの手を取ってくれはしなかった」


フランセスは、自分の手を……正確には、紫色の鉤爪を月光にかざした。


「そして最後に、死が迫ってくる中で、ピクリとも動かない自分の手。その前から、瀕死だったんだと思う。神様のいたずらで、ほんの少しだけ猶予が与えられただけ。それもいよいよ終わろうとしたときに、わたしは突然すべてを理解した。自分が炎の中に見捨てられたことも、村長が焼け跡からわたしを見つけて、大慌てで荷車に詰め込んだことも。きっと心臓が止まるくらい驚いたはず。わたしの身体は、それがフランセスであることがわかる程度には、原形をとどめていたはずだから」


フランセスと、わかるほどに……彼女に流れる勇者の血が、そうさせたのだろうか。

だからフランク村長は、遺体を森に捨てなければいけなかったんだ。彼女の死を、永遠に隠すために。あの森を選んだのは、村のだれも近寄らないからだろうか。物騒な森なら、事故というのも納得させやすかったのかもしれない。


「そしてわたしは、谷底に投げ捨てられた。深く深く、そのまま地の底まで落ちていく気がした。怨霊のよどみの中で、わたしは命の灯がどんどん弱まっていくこと、だけど反対に、別の何かがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。それが憎しみだって気づいたとき、わたしの体は起き上がって、森をさまよい始めたの。あとは知っての通り」


そこまで話し終えると、フランセスは月にかかげていた腕をだらりと下した。


「はぁ……これで、全部終わり。もう用がないのなら、そろそろ楽にしてほしいんだけど」


「え?」


「わたしをただの死体に戻して」




つづく

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読了ありがとうございました。

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