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「ちょ、ちょっとフラン!だ、大丈夫!?」


私は慌ててフランに駆け寄った。恐る恐る様子を覗き込むと、床板の尖った部分が、フランの太ももに深々と突き刺さっていた。そこから信じられないくらいの量の血が、ドクドクとすごい勢いで流れ出ている。


「ど、ど、どうしよう!フラン、ねえ大丈夫!?」


「……っ」


フランはあまりの痛みに、声を上げることもできないらしい。ひたすら歯を食いしばり、目をぎゅっとつぶっている。私は半ばパニックだったけど、とりあえず血を止めようと、フランの足を引き抜こうとした。フランの太ももを手でつかんだ、その時。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


「ひっ」


フランが喉が裂けんばかりに絶叫した。どうしよう、足を抜くこともできないわ!私は半べそをかきながら、辺りを見回す。誰もいないって分かってたけど、それでも助けがないかと、藁にも縋る思いからだった。だけど私の目に飛び込んできたのは、この状況をさらに最悪のどん底に突き落とすものだった。

床が、燃えている。

さっき、転んだ時。私はいつの間にか、手にしていた燭台が無くなっていたことに、今さらながら気づいた。そしてその燭台が床に転がっている事、そこからこぼれた炎が床に燃え移り、そして今まさに本棚にも引火したことを、ゆっくりと理解した。


「……」


私は、完全に放心状態だった。目の前の現実を受け入れるのを、脳が拒絶しているようだった。めらめらと炎が燃え広がり、見る見る視界がオレンジに染まっていくのを、私はどこか他人事のように眺めていた。


「ジェス、ちゃん……ジェスちゃん!」


「ぃえっ」


強く腕を引かれて、私はようやく正気に戻った。と同時に、目の前の惨状に急速に血の気が引いていく。思わずふらりとしたところを、がしっと力強く手を握られて、私はなんとか意識を保つことができた。


「ジェスちゃん!しっかりして!このままじゃ、わたしたち二人とも死んじゃうよ!」


「フラン……だって、だって。もう無理よ、死んじゃうんだわ、私たち……」


「無理じゃない!まだ生きてるよ、わたしたち!」


怒鳴るように叫ばれて、私はハッとした。フランの目には、これまで見たこともないほど強い意志が宿っている。まだ、フランは諦めていないんだ。


「ジェスちゃん。ジェスちゃんは外に出て、大人の人を呼んできて。なるべくたくさん、助けてって叫ぶの」


「けど、けど。フランはどうするの?」


「わたしは、動けない。けど、信じてる」


フランは私の手をしっかり握ると、唇の端を少しだけ動かした。きっと、笑ったつもりだったんだと思う。激痛の中で、それでも私を勇気づけようと。


「行って!このままじゃ間に合わなくなっちゃう!」


「う、うん!」


私はフランの手をはなすと、弾かれたように駆けだした。炎のすぐわきを通り抜け、黒煙が目に染みる。むせこみながら、私は一度だけフランを振り返った。


「待ってて!必ず助けを呼んでくるから!」


床に倒れ伏しながら、それでもフランはこくんとうなづいた。

そしてそれが、私がフランを見た、最期だった。


私が必死に叫んで、大人の人たちを集めた時には、炎はいよいよ燃え広がり、外からでもはっきり火の手が見えるくらいになっていた。


「くそ、火の勢いが弱まらない!」


「出火元は倉庫なんだろ!?あそこは燃えるものがいくらでもあるぞ!」


男の人たちが水桶を何度もひっくり返したけど、火は全然弱まることを知らなかった。私は半狂乱になって、それでもどうにかしてくれと、それこそ子どものように駄駄をこねるくらいしかできなかった。


「ジェス!どうしたんだ!」


その時、お父様が血相を変えて、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。私は心底安心した。お父様なら、きっとなんとかしてくれる。みんなに慕われて、この村で一番偉いお父様なら。


「お父様!フランが、フランがまだ中に!お願い、フランを助けて!」


「なに!?」


お父様は険しい顔で、燃え盛る礼拝堂を見つめる。あごに手を当てて、ぶつぶつつぶやいている。


(あ……この癖、お父様が、何かを考えているときの……)


「もし……フランが行き先を告げていたら……この場にジェスはいてはならない……」


するとお父様は、私の方を見て早口でたずねてきた。


「あの中にいたのは、お前と、フランセスだけか?」


「え?は、はい。それで、私だけが外に」


「そのことは、誰かに言ったか?」


「え、え?はい、ここにいる大人の人に、助けてほしいと……」


「そうか……」


お父様は一瞬顔をしかめると、現場にいる人の数を数えだした。


「お、お父様?」


「四人……なんとかなるな」


「お父様?フランを、フランを助けてくれますよね?」


「ジェス。よく聞きなさい」


お父様は私の肩を掴むと、じっと目を覗き込んで、言った。


「フランセスは、もう助からない。あの子のことは、忘れるんだ」


私は、お父様が何を言っているのか、分からなかった。


「お前は今日、あの子に会わなかった。お前もあの子も、ここへは来なかった。そうすることが、一番みんなが幸せになれるんだよ。私を信じなさい」


「お、とう……さま……」


「さあ、お前はもう行きなさい。家に帰って、自分の部屋から出てこないように」


「でも、お父様!フランが」


「まだ言うか!」


パァン。視界が揺れ動き、遅れて頬がじんじんと熱くなってくる。お父様に殴られたのは、後にも先にもこの一度だけだった。


「お前は今日、私の言いつけを破ったんだ!それだけでも、とんでもなく悪辣なことをしているんだぞ!この期に及んで、まだ私の言うことが聞けないと言うのか!」


「ご……ごめんなさい……」


「なら今後、二度と私の言うことに逆らうんじゃない。言っていることが分かるね?ほら、早く行きなさい」


「はい……」


私は呆然と、そう言うしかないと悟った。そこから家までは、どう帰ったのかよく思い出せない。けど道すがら、もしかしたらお父様は、私の考えつかない方法でフランを助けてくれるつもりじゃないかとか、そのために邪魔だからああ言ったんじゃないかとか、そんな事を考えていたことは覚えている。明日になったら、フランがひょっこり顔を出すかもしれない。私は、そんな淡い幻想を抱いていた。

フランが死んだということは、その数日後に発表された。




つづく

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読了ありがとうございました。

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