4-2

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『……さっきの老婆のこと、気にしてらっしゃいますか?』


ばあちゃんと別れ、フランセスを迎えに村はずれまで歩く道すがら、アニがおもむろにたずねてきた。


「うん?んー、そうだな。ショックと言えばショックだし、けど直接的な原因は俺自身じゃないから、いまいち実感しづらい気もするし」


先輩にあたる勇者が悪さをしでかしたからって、俺が迫害されていい理由にはならないだろ。そら、同じ世界の出身者として、ちょっとは負い目を感じるけどさ。


「それに、ばあちゃんのこともそんなにキライになれないんだよな」


だまされたことはショックだったけど、一方であの老婆のやりようのない怒りや悲しみは、少しは理解できた。むしろ、過去の勇者の悪虐のほうがショックなくらいだ。元の世界だったら、無期懲役でもぬるいくらいだろ。そうとうヤバイやつだったんだな。

けれどアニは、ずいぶん責任を感じているらしい。珍しくしょんぼりとした声色であやまる。


『申し訳ありません。勇者へ恨みを持つ人間のことを、もっと考慮すべきでした。貴方を余計な危険にさらすことになってしまって……』


「なんだよ、えらい殊勝だな?さっきまで、俺がどうなろうと知ったこっちゃなさそうだったのに」


『だから、いつ処刑されるか分からなかったからですよ。変に情をかけると、別れが辛くなるでしょう?けど、もうあきらめました。貴方はそう簡単には死にそうもありません』


「そうか?」


『ええ。ならいっそ、できるだけ生き延びてもらうことにしたのです。だからこそ、先ほどの件は私の落ち度でした』


「よせよ。それこそ、俺がしたくて決めたことだ。考えてた結末とは違っちゃったけど、俺は後悔してないよ。あの女の子は正気に戻せたわけだしな」


そうだ、なにも収穫が無かったわけじゃない。しばらく歩いていると、じきに大きな木が見えてきた。そしてその根元に、一人の少女が所在なげにしゃがみ込んでいる。


「フランセス。悪い、待たせたな」


俺が声をかけると、その少女……フランセスは、こちらをいちべつして、ゆっくり立ち上がった。


「ずいぶん待たせた、すっかり暗くなっちまったな。さみしくなかったか?」


フランセスは無言で首を横に振る。そりゃそうか、あの薄暗い森でずっと過ごしてきたんだもんな。俺はフランセスの横に並ぶと、親指でくいっと村の方を指した。


「お前のばあちゃんに会ってきたよ。ばあちゃん、お前のことすげぇ心配してたぞ。ほんとに会わなくてよかったのか?」


フランセスはぴくっとまぶたを震わせたが、すぐに諦めたように目を閉じた。ゾンビになってるんじゃ、やっぱり会いづらいものなのかもしれない。


「体のことなら、その、気にしなくてもいいと思うぞ。そりゃ、ちょっと他の人より顔色悪いっていうか、全身の色が悪いけど……いやけど、全然いけるって。まだ若いから、ほら、ぴちぴちだし!どこも腐ってないていうか、フレッシュだ!」


俺は必死に励まそうとしたつもりだったんだけど(アニいわく、煽っているようにしか聞こえなかったそうだが)、フランセスは心底嫌そうに顔をしかめて、一言だけ言った。


「うざい」


思えばこれが、唸り声以外で初めて聞いたフランセスの声だった。第一声が、うざいって……とほほ。


「……ん?」


その時、何か奇妙な音が聞こえた。草をかき分けるような、がさっという音。おかしい、こんな郊外まで、村人が来るはず……


「あ。お前……ジェスか?」


「うそ……」


俺の後ろからやってきたのは、杖を片手に、荒い息をしたジェスだった。ここまでの道はガタガタでろくに舗装もされてないから、足の悪い彼女には大変だったに違いない。それでもここに来たということは……


「俺を、付けてきたのか?」


「え、ええ。あなたが何を知ったのか、確かめようと思って……ね、ねえ。それよりも、その子って……」


ジェスの視線は、一心に目の前の少女……フランセスに注がれている。そしてフランセスも、ジェスの顔を驚いたように見つめていた。


「なんだ、やっぱり知り合いだったのか。なら今更かもだけど、ジェス。この子はフランセス。ばあちゃんのお孫さんだよ。ゾンビになって、今まで森をさまよってたんだ」


「う、うそ……」


ジェスは驚きのあまり、口に手を当てて固まっている。そんな彼女に、フランセスが一歩近づく。するとジェスは、震える足で一歩後ずさりした……震えてる?


「お、おい、ジェス?大丈夫だ、フランセスは正気に戻ってるから。突然襲い掛かるようなことはしないよ」


「い、いや……」


おかしい。ジェスはまるで、“フランセスという存在”そのものが恐ろしいとでもいうように、激しく怯えている。フランセスがまた一歩近づくと、ジェスは杖をカランと落として、さらに数歩後ずさった。次の瞬間。


「うあああーー!」


「きゃああぁぁぁ!?」


「うわ、ちょ、おい!フランセス!?」


フランセスがいきなり、ジェスに飛びかかった!足の悪いジェスは、フランセスの勢いに地面に押し倒され、そのままゴロゴロ転がった。


「お前が、お前がぁー!」


「いやあああ!ごめん、ごめんなさい!ごめんなさいぃ!」


「ばか、やめろフランセス!お前の爪はシャレにならないぞ!」


俺は暴れまわるフランセスを必死に抑え、後ろから羽交い絞めにした。それでもフランセスは自由な足をめちゃくちゃに振り回し、それが運悪く、這いつくばって逃げ出そうとするジェスのお尻にヒットした。すると信じられないことに、ジェスの身体はふわりと宙に浮き、ひゅーんと数メートル吹っ飛んでしまった。


「きゃああああ!」


ドサ!お尻から蹴っ飛ばされたジェスは、顔面から地面に突っ込んだ。うう、音だけでも痛そうだ。様子を見に行ってやりたいが、未だにフランセスは俺の腕の中で暴れまわっている。


「アニー!こいつをどうにかできないか!?」


『さっきからしようとしているのですが、暴れる力が強すぎて、私だけでは抑えきれません!貴方も一緒に念じてくれませんか!』


「え。って言っても、どうすりゃいいんだよ?」


『なんでもいいんです!このゾンビ娘に強く響く形で、あなたの命令を出すことができれば!』


ど、どういう意味だ!?やばい、混乱して頭の歯車が全く回っていない。と、とにかく、フランセスに大人しくするよう命令すればいいんだろ?それも言いやすい形で。なら、これしかない。


「フランセス、おすわり!」


俺が叫ぶと、フランセスはいきなり足を折りたたみ、両ひざに鉤爪を乗っけた……早い話が、正座の姿勢になったのだ。いきなり姿勢を変えたフランセスに驚き、俺は思わず手を放してしまった。が、フランセスはシャキッと正座したまま、微動だにしない。


「う、うまくいった、みたいだな?」


はは、こんなのでいいのか。昔読んだマンガをそのままマネしただけなんだけど……


「……っ!?なに、これ……!?」


当のフランセスも、相当困惑しているようだった。本人の意思にかかわらず、体が動かせないらしい。


「やれやれ……こら、フランセス!いきなり人にとびかかっちゃダメだろ!」


俺がしかりつけると、フランセスは今にも食い掛かりそうな気迫で、ぐるるると牙をむいて唸る。こいつ、ほんとに犬みたいだな。


「そこで少し反省なさい。頭が冷えたら自由にしてやるから」


俺はなおもぐるぐる唸るフランセスをいったん置いておき、急いでジェスのもとへ向かった。


「ジェス!大丈夫か?」


「……」


ジェスはかんっぜんに放心状態だった。俺は目の前で手をぶんぶん振り、大声で呼びかける。


「ジェスー!おおーい、しっかりしろー!どっか痛いところはないかー!」


もしフランセスの爪が刺さっていたら大変だ。実際に食らった俺だから言えるけど、あれめちゃくちゃ痛いから。


「う……」


そのとき、ジェスが小さく声を発した。


「ジェス!どうした、どこが痛い!?」


「うえ」


「上!?」


「うええぇぇぇぇぇええん!」


「うえぇ?」


大号泣だった。ジェスは真面目な面影もどこへやら、涙も洟も盛大に垂れ流している。ど、どうすりゃいいんだ。俺は大泣きする女の子をあやした経験なんてないぞ。


「よ、よしよし……?フランセスはおとなしくさせたから、もう大丈夫だぞ?」


俺は子どもをなだめるように声をかけたが、果たしてこれに効果があるのか……ただ、ジェスはその点では楽なタイプだった。というのも、こっちがあれこれせずとも、勝手に他人を使って自分を慰めるすべを知っていたからだ。


「ぐえっ」


ジェスは俺の胸にドスっと飛び込むと、そのまま大声で泣き続けた。むんずと俺の腕をつかみ、なでろと言わんばかりに自分の背中に回すのも忘れずに。俺もあれこれ考えるよりよっぽど楽だったので、おとなしくされるがまま、ジェスが落ち着くまで胸と腕を貸してやることにした。




つづく

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よければ見てみてください。


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読了ありがとうございました。

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