第110話 握られた手


あてもなく適当にぶらつく。ここもだいぶ変わった気がする。まあ、当たり前か。5年前は復興途中でこの国を出たのだから。



「おっ。もしかしてビスか。」



ぶらついていると誰かに声を掛けられた。ここはどこか見覚えのあるところだ。不思議とここに足が向いていたらしい。



「たこ焼き屋のお兄さん。久しぶり。」



「はははっ。お兄さんか、懐かしいな。ほら、せっかくだ。食ってけ‼金は要らねえから。」



お兄さんはあの時と同じような感じでたこ焼きを差し出してきた。頭では、いらないと信号が出ていたが、無意識に手が出る。



「ありがとう。」



一口割らずに口に頬張った。



「お、おい。大丈夫か⁉今水やるからな。」



「うん、美味しい。美味しいよ、お兄さん。」



お兄さんは俺の言葉を聞き水を持った手が止まり、じっと俺を見て固まっていた。



「そうか、それはよかった。水はいらないか。」



「うん、いらない。俺熱々が好きだから。」





たこ焼きを食べ終わり、お兄さんに“今度はあの嬢ちゃんも連れて来いよ”と言われ”うん”と答えておいた。それが叶うかどうかわからなかったが。そのあと、またあてもなくぶらついた。そして、空が茜色に染まり出した頃人込みのなかに見覚えのある姿が見え、その人の声が聞こえた気がした。



「ちょ、ちょっと待って。話を・・・ってここにいるわけないじゃないか。何やってんだ、俺は。」



空を見上げ、意味もなく手を掲げた。届くはずがないとわかっていてもそれを掴むように。



「疲れてるんだな。城に戻るか。」



そこに何も掴めていないのはわかっていてもその手をずっと握りしめていた。





◇◇◇◇◇







私は部屋のなかで実験をしていたら、急に聞いたことのないノック音が聞こえてきた。音の感覚が短くずっとドアを叩いている音が。



「シェーン様いらっしゃいますか?」



「いるわよ、うるさいわね。」



「今すぐ、玉座に来てください。お話があります。」



それはルトの声だった。その言葉を言った後、足早に去っていく足音が聞こえた。ルトの慌てっぷりに驚きながらも笑みがこぼれてしまう。



「何なのよ。ったく。」




油断はできない、私の予想が合っていない可能性もある。でも、笑みがこぼれてきてしまうのだ。私の心はそれしか許さないと言わんばかりに。



玉座に行くとお父様とルトの姿があった。この場では必死に笑みを抑え込んだ。ただ、ここまで来るまで笑みが消えることはなかったので、すれ違った使用人たちにはとうとう壊れたとでも思われてしまったかもしれない。まあ、別に構わないのだが。



「遅くなって申し訳ありません。」




「急に呼び出して済まなかった。ルト頼む。」



「はい。先ほどツァール様から連絡がありました。ビス様たちがディグニを助けたとのことです。」



「真か⁉」



お父様が驚きの声を出した。私が来るまで聞いていなかったようだ。何と律儀なことだろうか。別に先に聞いていても良かったものを。



「はい。確かな情報です。意識もあるとのことです。」



「それは良かった。なあ、シェーンよ。」



「ええ。」



私はそうはいったものの気になった点があった。それは言葉を発しているルトの様子がいつもと違うと思ったから。あの時の声だけではわからなかったものが今目の前にある。



「ただ、ビス様はまだ戻れないとのことでした。」



「どうして!?」



お父様より先に言葉を発してしまった。その言葉が入ってきた瞬間、かみ砕きもせずに吐き出していた。



「何があったのだ。勿体つけず早く申せ。」



「・・・モルテ様が敵の手に落ちたと。安否不明出そうです。」



今度は言葉が出てこなかった。出せばこの場に相応しくない言葉が出てきてしまいそうだったから。何とか口を閉じる、唇だけでは心もとないので歯にも力を込めて。



「そう、か。・・・ディグニの件はフロワに話してやれ。ずっと気にしていて仕事にも身が入っていない時があったからな。ただ、モルテの件は絶対に言うな。ハウやリベに漏れる可能性がある、良いな。ビスたちが帰って来ないことについては、ディグニの容態云々でうまく誤魔化せ。ルトお前ならできるだろ。」



なぜお父様はこんなに冷静でいられるのか。私もこうならなければいけないのだろう。もちろん、お父様のように冷静でいられるように精進してきた。それでも、感情が表に出てしまうことがある。感情を押し殺して冷静に判断を下す。そしてその判断は決して間違えていけないのだ。今の私には、まだまだ無理だと突き付けられているようだった。



「簡単に言ってくれますね。・・・わかりました。うまく誤魔化しておきます。」



「頼むぞ。」




それに私には今ルトのような人がいない。私の前から消えていく。


“何してんのよ。私との約束早く果たしなさいよ‼”



心の中で叫んだ声は、当たり前の如く誰にも届くことはなかった。せめて祈りが届いてくれたらと思い、私は天を見上げ、手を組んで祈った。

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