第96話 意図しない関係
”良くもやってくれたな。”という言葉が出てくると覚悟していた。そしてそのあと全員正座させられるものかと。だが、怒っているというよりもむしろ喜んでいるような気さえした。それに俺たちというよりも床の凹みに興味を示しているようだ。ドイボはゆっくりと凹んだ床に近づいていく。
「ありゃー、こりゃ随分派手にやったものですね。」
「すみません、ドイボさん。弁償、というわけにはいきませんが、やはりお金を払わせてもらいます。」
しかし、ドイボさんは、勢いよくこちらを向いてくる。
「あ、いえ。別に怒っているわけではありませんよ。それにお金を払う必要もありません。」
「しかし・・・」
ここまでドイボさんの優しさに甘えるわけにはいかないと思いここは食い下がった。するとドイボさんは俺の目を見つめてくる。ただ、その視線は俺を見ているようで、何か違うものを見つめているようだった。
「・・・似ていますね。それにこの凹み懐かしい。」
ドイボさんの視線はすでに床の凹みへと移されており、俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの声でそう呟いている。前半の部分が少し聞き取れなかったが後半はかろうじて聞き取れた。
「懐かしいって昔何かあったんですか?」
「ん?ああ、すみません。声に出ていましたか。いえね、昔これ以上の凹みをつくったやつらがいまして、それでこの凹みを見て思い出してしまったんですよ。あの時は本当に驚いたな。だって扉を開けたらこの部屋の半分以上が抉られ、地面が露出していたんですから。そんなことが何回もありましたからね。」
これ以上の凹みと聞いて、てっきり一箇所のみかと思ったがどうやら違ったらしい。俺の想像以上だ。ドイボさんの言っていた状況を想像してみる。
・・・そりゃ、この凹みではそんなに驚かないはずだ。むしろこんな凹みは可愛いものなのだろう。
「年寄の思い出話なんてつまらないですよね。」
無言でドイボさんの話しを聞いていたからか、誤解させてしまったようだ。
「あ、いえ。そんな事はないです。もっと聞きたくなりました。」
「はははっ。それならいいのですが。ですが、残念なことにもう仕事に戻らなくてはいけませんので、これで。その凹みは後で他の傷とまとめて治しますから、まだ、使っててもらって大丈夫ですよ。」
そぅいってドイボさんはトレーニングルームから出ていく。ドアを開け、そのまま去っていくかと思ったが、何かを忘れていたのかこちらに振り向いて俺を見てきた。
「ああ、それとお金はいいですから。もし、またそんなこと言うようでしたらわかってますね。」
それだけ言うとドアを閉め姿が見えなくなった。敬語でいつもの調子で話してはいるのだが、何かあの時の雰囲気を孕んでいた。あとあと怖いので、もう絶対言うまいと心に誓った。
それにしても、俺以外の奴らはお気楽なものだ。唯一の救いはモルテが俺とドイボさんが話しているのをじっと見ていたことだろうか。ただ、意識はここにないようだった。
「モルテ起きてるか?」
「え?あっはい。ああ、もう終わったんですね。」
視線はこちらに向け、意識を飛ばしていたらしい。なんて器用なことをするんだ。ここにきて見たことがないモルテの姿をいくつか姿を現している。これがいいことなのかどうかわからないが、俺は何だか嬉しかった。まあ、今回の件はちょっとイラっとしたが。
それよりもこの二人だ。片方は自分には関係ないことだと言わんばかりにそっぽを向き大剣を振るっている。そして、会話が終わったことに気付いたのかこちらを向いてくる。
「おっ。話は終わったか。じゃあ、早く手合わせしようぜ。」
俺はその言葉を無視してもう片方に視線を移す。するともう片方はなにやらブツブツ呟いて地面に拳を向け、素振りをしている。何をしたいのか容易に想像ができた。
「おい、やめろ。そんなところで張り合うな。」
「いや、負けたくない。その人以上に穴を開けてビスを驚かす。」
何故俺なんだ。ここはドイボさんではないのだろうか。というか俺はそんなに驚いた表情をしていたのか。それに敬語ではなくなっている。色々ツッコミどころが満載である。しかし、そのツッコミをする余裕はなかった。メイユが俺の言葉を聞かず、このままではこの部屋どころかこの宿さえ破壊されかねないのから。
「おい、そこの暇そうな二人、手伝えよ。雨に撃たれたくないならな。」
なんだか、この一日で随分仲良く?なった気がする。今日でお別れは少し寂しくも感じられてしまう。まあ、完全に気を許したわけではないのだが。
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