第56話 感情
「敵が攻めた時僕が最初に思ったことは何だと思います?」
俺は、モルテの話を聞いていなければ,"わからない"と答えていたか、"恐怖"と答えていたかもしれない。
「喜びか。」
「そうです。よくわかりましたね。みんなを見返せると思ったんです。あの人の力がわからせることができると。でも、違いました。周りのあの人への意見は良くなるどころか悪化したんです。」
怒りと悲しみが交じり合った複雑な表情が視界に入ってきた。今のモルテでこの感じだ。当時のモルテは裏切られた気持ちで胸が張り裂けそうになっていただろう。ただ、なんだろうこのモヤモヤする気持ちは。ルトさんからはハウは活躍していたと聞いていた。この違和感はなんだろう。
「大声を出して逃げ回っていたそうですよ。あの人は敵と戦いもせずに。それを聞いた時あの人への尊敬は軽蔑へと変わりました。だってそうでしょう。みんなが必死に戦っているのに逃げ回っていたんですよ。死人が出ている戦いのなかで。誰だってその話を聞いたら軽蔑しますよ。ビスさんもそう思いましたよね?」
なぜハウがそんな行動をしたのかなんとなくわかった。昔の自分であればモルテのように感じただろう。
「いや、それは・・・」
俺はそこまで口にして言っていいのか迷ってしまう。ハウから聞かなければ意味がないのではと。すると、モルテが吐き捨てた。
「ああ、大丈夫ですよ。わかってますから」と。
「じゃあ何で?」
無意識にその言葉がでてしまった。モルテは鼻を鳴らして言う。
「何でって、ビスさんもわかっているでしょう?だからあの人に怒ってたんじゃないんですか?まあ、いいです。何も言ってくれないからですよ。人をガキ扱いして言ってもわからないとでも思ってるんですかね。それが一番ムカつくんです。話は以上です。」
俺は何も言えなかった。何と言ってやればいいかわからない。ただ、これの解決策はなんとなく浮かんでいた。出てきた言葉はこれだけ。
「そうか。」
「それだけですか?結構勇気を出して話したんですけどね。」
わかるよ。だって誰だって隠したいことはある。話して楽になることを望む心はあっても、それを話したことで人の評価が変わってしまうことを気にしてしまう。人間は面倒臭い生き物だとそう思った。ただ、それを言葉に出すことは出来ない。それゆえの”そうか”だった。
「いやー、何て言っていいかわからなくてな。ただ、これだけは言える。お前のこの話を聞いてもお前への評価は変わらないよ。絶対に。」
「それもそれでどうかとも思いますが。」
顔を下に向け、顔を隠しているため表情が見られない。ただ、その声は明らかに力が抜けていた。肌寒さを感じ、辺りを見回すと街灯の電気が付き始めている。
そして、無意識に視線が川のほうに移る。そこにははっきりと浮かび上がる俺の顔があった。
グー
どこからともなく情けない音が二つ鳴っていた。
「そろそろ帰るか。お腹も減ったし、ハウに言ってやらないことがあるしな。」
「そうですね。」
俺たちは立ち上がり、宿へと歩を進めた。
「ああ、そうだ。言い忘れてたけど、俺と一緒に旅に出てくれるか?」
「いいですよ。」
予想通りの反応で安心する。
「それじゃあ、この件もハウに言わなきゃな。」
「というかそっちの方が本題なんじゃないんですか。」
モルテにそういわれるまで気づかなかった。
「そういえばそうだった。」
笑い声が二人を包み込んでいた。
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