第22話《計画》 〜第2章『変転』完〜
背の高くない優助は、会場全体を見渡すことはできない。それでも、視界に入る人々に凝視されていることは認識できる。
多少緊張はするが、許容範囲だ。話そうとしている言葉も、はっきりと思い出せる。
今からのスピーチに失敗して、正人に迷惑をかけることは恐ろしい。しかし、ここで臆してしまえば、迷惑どころではない失態になるだろう。
「身内びいきである事はお許しください。先の戦いでの武勇伝に、しばしの間、耳を傾けて頂けないでしょうか」
流れるような正人の口上を受け、会場にざわめきが広がった。多少の驚きもあるが、概ね好意的な雰囲気が感じられた。
周りより頭ひとつ長身な坂下が、慌てたようにこちらを見つめている。計画外の事態に困惑している様子だ。
「改めまして、桜井 優助です。この桜井という姓ですが、元々は私のものではありません」
広いホールに響くよう、腹に力を入れて声を出す。音の反響を聞く限り、充分に端まで届いている。祈りを求める際の絶叫を思えば、容易いものだ。
優助の台詞は、正人と久美が用意したものだ。
物語は、孤児院より引き取られるところから始まる。「人間社会の上層に立つ連中は、こういうのに弱い」というのは、正人の談だ。
それはまさに狙い通りだった。兄となってくれた存在へ恩を返すため、ササジマ市防衛部に志願したというくだりで、すすり泣きの声が聞こえてきた。
「そこで私は、機人と出会いました」
巨額予算を投じて回収した過去の遺物である人型兵器。理由は不明だがそれを唯一動かせるのが、孤児の出である優助だった。
ここまでが、市議会と防衛部の作り話に多少の脚色をしたものだ。真実を知らない出席者は、感動のストーリーに聞き入っていた。
記憶した原稿から大きく外れることなく、次々と言葉が出てくる。これも機人の情報照射装置の影響なのだろうか。
坂下を始め、直接対応室の関係者は面白い顔をしていないように見える。英雄の正体が槍持ちであることを知っているからだ。
優助は意図的に無視をした。背中に冷や汗が伝う。
「機人の力は、ケモノを圧倒します。物の数ではありません」
あくまでも鮮烈に、痛快に、機人の強さを語る。その中には投石で骨を砕かれ、爪で体を引き裂かれる槍持ちは存在しない。
使い捨ての道具である彼らに思いを馳せる者は、この場にはいないのだ。
「私は兄と共に、皆さんの盾であり刃になります。これからも、どうぞご支援をお願い致します」
歓声と拍手が巻き起こる。駅で見たほどの激しさはないが、同種の熱を感じるものだった。
ただし、正人達にとってここまでは前座に過ぎない。聴衆の心を掴んだまま、本題を宣言することが最終目的だ。
上々の途中経過に、優助は頭を下げ息を吐いた。なんとか計画通りに煽ることができたと、甘めの自己評価をした。
正人が肩に手を置いた。それが交代の合図だった。
「続きまして、特殊運用室からの報告と、皆様へのお願いがあります」
一歩下がった優助と入れ替わりに、正人が前に出る。背筋を伸ばした後ろ姿は、先程まで語っていた虚構の《兄》が現実になったように思えた。
「重要な情報ですので他言無用としていただきたく」
興味を持たせる一言から、正人は滑らかに言葉を繋ぐ。
先の列車回収作戦では、二十体ほどのケモノに百五十の槍持ちが全滅させられたこと。
要因として考えられるのが、ケモノが見せた作戦じみた動きだということ。
その全ては、ケモノを全滅させた機人に記録されていること。
「我々特殊運用室が管理している機人は、都市の守護神であると同時に、今後の防衛計画を策定する上での情報源となります」
広がるざわつきの中、熱の入った演説が続く。全て演出の内だと知らされていなければ、優助は正人を嫌いになっていたかもしれない。
計画を説明している時の照れた顔を思い出し、閉じた唇が綻んだ。
「機人を活用すれば、都市や列車の防衛は容易いことです。しかし、それでは局所的な安全しか得られません。先を見据え、未来のために、どうか我々に機人を研究する時間を与えて頂きたいのです」
正人が直角近くに腰を折り頭を下げる。道中「これは賭けだ」と言っていたことを思い出す。
数秒の静寂の後、ぱらぱら手を叩く音が聞こえてきた。それは徐々に広がり、優助の時以上に会場を揺らした。
正人は賭けに勝ったということだ。
これで、余程の事情がない限りは機人を防衛の戦力として動員できなくなる。その分の時間的余裕は、各種研究に充てることができるだろう。
久美の言だが、ケモノの正体や発生源を突止めることができるかもしれないそうだ。夢物語のようではあるが、ササジマ市の英雄になるよりは魅力的なことに思えた。
「優助君、優助君」
背中を突かれる感触に振り向くと、いつの間にか姿を消していた久美の姿があった。
「せっかくだし、料理食べよ。こんなに豪華なもの、なかなか食べられないよ」
彼女が手に持った皿には、初めて見る食べ物らしきものが山になっていた。
坂下に詰め寄られている正人を尻目に、皿とフォークを受け取る。自分でもぎこちないと思える手つきで、料理を突き刺し口に運んだ。
「美味しいでしょー! まさか本物のお肉が出てくるとはね。腹立つわー」
「はぁ」
久美には悪いが、これを美味しいと思えばいいのかわからない。味という感覚は、中々に難しい。
優助はふと、あの列車で理保と分け合ったビスケットが食べたくなった。
正人の計画による騒ぎも落ち着いた頃、大きな扉が勢い良く開かれる。
突然の出来事に、優助は肩を震わせた。
「伝令です! ケモノが市内に侵入したとのことです!」
防衛部の簡易制服を着た男は、悲鳴のような大声をあげた。
〜第2章『変転』完〜
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