オホーツクで萌え

真山砂糖

第1話 始まり

 私は香崎小春、T県警の刑事課で働く刑事だ。階級は巡査。所轄署から県警に移動になってもうすぐ1年が経とうとしていた頃、また滑稽な事件に巻き込まれてしまった。前々回と前回と同様、事件について書き記しておきたい。


 20XX年の秋、北海道の網走署からT県警の刑事課に連絡があった。上司である村田係長が不法侵入の疑いで、網走署で取り調べを受けているということだった。本人確認のために面通しが必要で、山崎刑事課長が私に網走署まで行ってほしいと頼んできたのだ。

「はい? ……網走ですか……」

「そうだ、網走だ。村田係長は、地元漁師の所有する倉庫に不法侵入したということで通報された」

「……あの、そんな突然言われましても。たしか係長、休暇を取ってお祭りに行くとか言ってたような……」

「ああ、何でも、『網走海獣祭り』の日だったそうで、ラッコの着ぐるみを着ていたということだ。祭りの参加者の一部には着ぐるみを着ている人たちもいたらしい。海の獣と書く、海獣祭りだしな。だから決して村田係長が変な人だと言うわけではないのだが……」

 山崎課長は困惑した顔で話した。そこへ呼ばれてもいないのに京子が現れた。

「何、何、何ですかー? そんな神妙な顔して、二人とも。恋の相談とかー?」

 京子はいつものように能天気なノリだった。

「実はな、磯田、村田係長のことなんだが……」

 課長は申し訳なさそうに事の次第を京子に伝えた。

「えー、マジですかー?!」

「ああ、本当だ」

「ラッコの着ぐるみを着てたって、バカじゃないのー!」

「えっ、京子、そっち! 取り調べを受けてることに驚くべきでしょ!」

「あっ、そうねー」

 京子の天然ぶりに戸惑いながらも課長は話を続けた。

「現地では二カ月前から漁港で魚や漁師道具が盗まれることが頻発しているということでな、村田係長はそっちの線でも疑われているようだ」

「私ー、網走まで行きますよー、課長ー」

「おお、頼めるか、磯田」

「はい、小春と一緒ならねー」

「いや、京子、どっちか一人でいいでしょ」

「えーー、二人で行けばいいじゃん。私一人で係長の相手するの疲れるし、小春だってそうでしょー。課長もそうですよね? いつも困ってますよね、係長のおやじギャグにー」

「ああ、でもな、行くのはどちらか一人だ」

「えええーーー、そんなー」

 京子はそう言いながらスマホを操作しだした。

「磯田、何やってんだ?」

「ちょっと、課長の奥さんにメールでもしようかなーって。課長、先週カラオケ大会終わってから、庶務課の北村ちゃんと佐野ちゃんを食事に誘ってましたよねー。一応、奥さんに報告しとこうかなーっと思って」

「いや、待て、待て待て待て。待て、待て、わかった、そうだな、二人でいいよ、うん、二入でいい。お前ら、二人で行ってこい」

 課長はすごくどぎまぎしながら、二人で行くことをオッケーした。

「いえーい、決定ねー、小春ー。北海道旅行よ!」

 京子は相変わらず軽いノリで上司を言いくるめてしまった。というか、半ば脅迫である。

「でも課長、係長は警察手帳を持ってるので、それを向こうの警官に見せたら、面通しなんて必要ないのではないでしょうか?」

「村田係長は休暇中だから、手帳を持ってないんだ」

「えっ、そうなんですか!」

「当たり前じゃない、小春ー。小春は前の事件の時、手帳だけじゃなくて、拳銃まで持って旅行に行ってたけどねー」

「え、いや、あれは、その……」

「今回は拳銃の所持は禁止する。本部長からの直々のお達しだ」

 私は、休暇中でも警察手帳を持ち歩いていた。そして、拳銃も。保管の義務があることを失念していた。手帳がなければ、警察官ではない気がして不安を感じてしまうかもしれないといつも考えていた。

 だが、今回は公務の一環として網走まで行くことになった。手帳は携帯できるので、少しホッとした。京子は旅行気分満々だった。私もこの時点では、単純な仕事だろうと軽い気持ちでいた。


 私たちは翌日、羽田空港から女満別空港まで飛行機で移動した。正午過ぎに北海道に到着した。季節は秋とはいえ、寒い地域に慣れていないせいか、とても寒かった。そこで網走署が手配したパトカーに乗り、署へ向かった。

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