称賛者 忽敦
「な!? き、騎馬隊だと!!?」「一体どこから!!」
「そんな! まさか矢が尽きるのを狙っていた!!」
あまりに、あまりに絶妙な頃合いすぎる、武官たちは思ったことを口にする。
「松林と煙幕用の煙が仇となりましたね。すぐに煙幕を消しなさい」
その命令により、煙幕の火は消された。
山頂に集まる武官たちはその騎兵突撃と流れるような騎射に――心の奥底から感じるものがあった。
だがそれはあってはならない事と皆が皆、口をつぐんで眼前の出来事を見守る。
ただ一人、誰からも咎められない人物が声に出す。
「ん~素晴らしい! なんて見事の弓騎兵突撃なんでしょう!!」
「な!? ちょ、将軍そのように敵を褒めるのは味方の士気に影響が……」
「んぅふふ、それがどうしたというのです。見なさいあの美しいまでに結束し統率の取れた騎兵の運用術を! たぶんですが我々と違い馬を去勢してませんね」
「は? そんな馬鹿な! 去勢せずに騎兵の集中運用などできません!」
「そうでもありませんよ。我々は軽騎兵の横列陣形による騎射が主流です。そのために気性の荒い馬が隣の一団と争わないように去勢をします。しかし、縦列なら別にその必要性はありません。んふふふふ、馬との共存とは――本当に面白い!」
馬の去勢は草原の国から始まったと言われている。
彼らにとって人と馬は支配するべきものであり、管理するべき存在という認識だ。
共に生きるという感覚は乏しい。
山が多い、干潟が多い、街道はある。
「なるほど、土地の地形から横列の必要性が無いのですね」
「んっふっふ、そう言うことです。これはどうしてなかなか、後退の銅鑼を鳴らしなさい」
重装弓騎兵の流れるような一撃離脱戦法。
百人隊はバラバラになり、後退していく。
それを見た
「重装騎兵それも弓騎兵の突撃ならば――もはや馬の体力はないに等しいはず、わたくしに兵千名を預けてくだされば、重騎兵による追撃をかけたちどころに討ち取ってみせましょう!!」
周囲の武官たちも馬術に長けた精鋭集団、相手の馬の状態は手に取るようにわかる。
たしかに今なら叩き潰せると思った。
「却下です」
「んなっ!!」
「んっふっふ、わざわざここに集まれと狼煙を上げたのですからこれからもっと大軍が集まるのですよ。重騎兵を早朝から出せるわけないじゃないですか」
「それは――そうですが、
「んっふ~、兵法は視野が狭い状態で用いてはいけませんよ。ほら来ましたよ」
――フォン。
――フォン。 ――フォン。
親殺しの鏑矢、慌てて音の方角を見る。
干潟の向こうに無数の旗がなびき、数千の軍勢が列をなして行進していた。
「干潟からまっすぐ来ています、防御の銅鑼を鳴らしなさい。それから
「し、しかし、先ほどの突撃がまぐれということもありえます。このような<島国>で騎兵の集中運用など聞いたことがありません」
「んん~かもしれませんね。では秘蔵の酒樽一つで賭けをしましょう。こちらの横陣の矢が尽きたら彼らはまた突撃をしてくるか、否か」
「恐れながら突撃するほうに賭けます!」「私も突撃に賭けます!」「私も!」「ならば私も!!」
周囲の武官たちがこぞって勝率の高いほうに賭ける。
「――ではわたくしも突撃をするに賭けます」
「むふふ、皆さんなかなか正直ですね。いいですよ信念より勝ちを取るのは<帝国>らしくて実にいいですよ」
千人隊長
矢戦が始まってわかったのは楯をまるで万里の長城かのように並べていることだ。
事前の予想に反して極端なまでに矢戦に特化している。
次に相手の矢の射程が異常に短いことだ。
いや、違う。
こちらの矢が尽きるようにあえて前進をしている。
だがそれは兵の損耗が激しいことを意味する。
「伝令、西側の桟橋を死守するように布陣せよと千人隊長に言いなさい」
西側には上陸にちょうど良い桟橋があった。
ここが落ちると矢や兵の供給が断たれてしまう。
適切な判断だ。
――フォン。
また鏑矢が飛ぶ。
大方の予想通り、弓兵部隊の矢が尽き始めた段階で再度の騎兵突撃が起きた。
眼前で歩兵たちが蹂躙されていく。
「後退の銅鑼を鳴らせ」
その先には
後退する部隊に対して一部の騎兵が追い討ちをかける。
だが
敵の真っただ中に取り残される騎兵。
それを無視して撤退していく<帝国>兵。
これが高い練度で統率された<帝国>歩兵たちである。
<帝国>兵と言っても内情は多民族、多言語という問題を持っている。
そこで銅鑼の音に従わせるという方法で訓練している。
銅鑼の音は絶対である。
模擬戦で何度も何度も寡兵と戦わせて、銅鑼の音に従わなければ伏兵に襲われて負けるようにする。
こうして命令に絶対に従う軍を編成していた。
これは古代匈奴帝国時代からの完全に統率の取れた軍という伝統から来ている。
「すばらしいぃっ!!」と大将軍。
<帝国>兵への称賛に鼻が高くなる武官たち――。
「ああ、なんて素晴らしいんでしょうか! はるばる海を越えた甲斐がありました。彼らの何がすばらしいかというと最初の数騎の突撃! そうあの竹林で休んでいるあの男!! 彼から始まって、畳み掛けるように華麗に戦術を駆使していく。ああ、素晴らしい!」
――ではなかった、それは敵に対する偽りない称賛であった。
「その将軍、流石に兵の士気に――」
「それなのに少数が命令無視にも見える行動をしている。それを誰も咎めない。なんでしょうね、これはもしかしたら指揮系統が存在しないのかもしれませんね――面白い!!」
「その、そろそろ――」
「見なさい! あの大きな弓を、その気になればもっと飛距離がでそうなものをあえて近づいて放つ。これは我々の矢を消耗させるのが狙いでしょう。そして止めに騎兵で突撃する素晴らしい!」
「次の指示を――」
「やはり、やはり何人か隊長格を倒しているのにまったく動揺した形跡がない――ええ、そうでしょうそうでしょう、彼らに明確な上下関係が存在しないのかもしれませんね。実に面白い!」
「このままでは包囲されま――」
「見なさい! 西側でも突撃が始まりました。そして指示を仰ぐことなくさらに西へ走り抜けます! あれは――あれは
「――あ、はいそうですね。彼らは行軍が無駄に遅すぎますね」
「んふふ、彼らの遅さは昔からですからね仕方がありませんね」
三翼軍は<帝国>に恭順した諸国の軍勢だった。
<帝国>軍とは士気練度共に別物なので西の街道沿いに兵站網を破壊しながら別行動をさせていた。
「見て! 見なさい! 圧倒的な劣勢なのに騎兵だけで突撃をしましたよ! その間に歩兵たちが川を堀に見立てて迎撃の態勢が整っています! 勇者ですよ<島国>の勇者たちです!!」
「敵への称賛はいいのでこちらの兵の指示をお願いします」
と
「おや、そろそろですね。守備の銅鑼を鳴らしなさい」
その銅鑼の音に従うように<帝国>兵たちが守勢に回る。
千人隊長はほっと胸を撫でおろす。
「あ、
「ん~~、これでは合流は無理そうですね~」
――――――――――
通説では<帝国>は野蛮な騎馬民族うんぬんかんぬんです。
本作品ではたぶん僧侶の影響による中華思想を前提とした野蛮人説を排除して、かなり合理的な軍人としています。じゃないと南宋なんで滅んだってなるので……。
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