文永の役 長髭の大男

「五郎、いつまでここにいるつもりなのだ?」


 三郎たちは手当てが済み今日の所は筥崎宮に帰るべきか話し合っていた。


 五郎はただ目をつぶり、耳を澄ませている。


 そして目を開き、近くで休憩している伝令が目に留まる。


「そこの者、すまぬが今の戦況を教えてくれぬか?」


「は? えっと、たしか麁原を包囲するために最後の一角を南と東から同時に攻撃しています」


 伝令兵を呼び止めて戦況を聞いた。


「そうか、杞憂だったか……」


「ただ……、今までと違って全然後ろに下がらないのですよ」


「ホントか!? あたたた……」


「五郎もあまり動くな、もう言っていいぞ」


「へい」伝令兵はまた持ち場に戻る。


「一体どうしたというのだ?」


「いや、さっきから鳴り続ける音の意味を考えてただけだ」


「音? ああ、この銅鑼の音か」


「いま聴こえる銅鑼の音はたぶん死守か防衛あたりだろう」


 五郎はそう考えた。


「待て待て、それでは何か? 奴らはワザと撤退をしていたというのか? 一体何のためにそんなことをするのだ?」


「それは……わからん」


 五郎たちは武士だ。


 正面からの戦い、側面からの横撃、場合によっては夜襲。


 守りなら牛飼い兵站の護衛から城の守備まで。


 攻めと守りの専門集団になる。


 だが、<帝国>は違う。


 攻めでも守りでもない何かで動いている。


 五郎はそう直感した。


 だがそのナニカがわからなかった。



「ぶはっ! オイラ寝てた?」


「おお、起きたか籐源太」


 五郎たちは救護場と化した松の塩屋にいた。


 ここは塩田の管理者のための建物だが、いまは赤坂の薬院から薬師や僧侶など医者たちが来ている。


 籐源太が起きるまで片隅に寝かせてもらっていた。


 また、五郎たちも一通りの治療を受けていた。


「いたた、オイラ腹が減った……」


「はは、この調子なら大丈夫そうだな」と三郎が笑いながら言う。


「すぐ目の前に塩があるんだから、塩をおかずに飯を食べたい」


「さすがにそこの塩に手をだしたら少弐殿に…………」


 そこで黙り込む五郎。


「どうした五郎?」


「今日は何日だ!?」


「はっ? ……今日は十月の二十日だろ」


 それを聞いて駆け出す五郎。


「八郎太! 馬を借りるぞ!」


「え! 五郎殿!? え?」


 五郎は三郎八郎太が乗っていた馬に乗り少弐たちの陣へ向かう。





 少弐たちは麁原の北東に陣を構えていた。


「大友殿どうかしましたか?」


「いやなに、忠臣を看取ってきたところだ」


 少弐は愛宕山で散った騎兵たちの事だろうと察した。


「それで状況はどうなっている?」と大友が聞く。


「ふむ、麁原を包囲するために最後の一角を矢で攻撃しておる。しかし今までにないほど頑強に抵抗しておるのぉ」


 軍師である野田が少弐に代わって答える。


 しかしその顔には焦りの表情があった。


 今までより激しい矢の応酬をしているのに一向に終わる気配がない。


 まるで今までの連戦連勝がウソのように思えてきた。


「これでは弓の田んぼから矢の稲がとれそうじゃないか」


「その例えはどうかと思いますが、たしかに矢の消耗が激しいですね」


 のちにこの激戦区に大量の矢と壊れた弓が打ち捨てられていた事から弓田神社を建立こんりゅうする。


 そしてその一帯は弓田町と呼ばれるようになった。


「ふむ、こちらが勝っているはずなのに何か腑に落ちませんなぁ」


 それは三人とも思っていたことだ。


 ハッキリ言って弱すぎるのだ。


 こちらが進めは相手は必ず下がる。


 突撃が成功すれば方々に逃げ惑う。


 白兵戦にすらならない。


 勝っている。


 勝っているはずなのに今は崩れない。


 それが不気味でしょうがなかった。


「ご報告がございます!!」


 五郎が三人の所に来た。


「またお主か、馬から降りよと言っとるだろう!」


「それどころではございません! これは罠です!!」


「またあなたなのですね、五郎さん」

「お主は……確か竹崎郷の五郎」

「ふむ、罠とな」


「太田左衛門、通しなさい」


「え!? またですか! ……通ってよいぞ」


「ありがとうございます」


「それよりお主はいま罠といったかのぅ」


「はっ、これは罠です。敵は我らを百道原に引き連れて一網打尽にするつもりです」


「何を根拠にそのような事を――」


「根拠ならあの銅鑼の音です!」


「銅鑼ですか」


 大将少弐は麁原から聞こえる音を聞く。


「拙者の前に突撃した菊池武房殿の時の銅鑼の音、白石殿の突撃の音、そして鳥飼潟でも同じ音がしました。拙者が麁原に攻め入った時は別の音でした。――そして、いまもまた違う音がしております!」


「だからそれがなぜ罠になる?」と大友が言う。


「潮汐です。奴らは満潮になるのを待っています! そして鳥飼潟が渡れなくなった頃に麁原から真東に突撃をかけて我らを包囲するつもりです!!」


 潮汐は太陽と月の位置関係でその力が決まる。


 旧暦は月を基準に暦を三十日で刻むことで潮の状態を誰でもわかるようにしている。


 おおよそであるが満月(一日)や半月である新月(十五日)の頃は大潮といい干満の差が大きい。


 その中間である半月のとき(八日や二十二日)が小潮といい干満の差が少ない。


 最後の残り四つの区分が中潮といい、大潮と小潮の中間の期間となる。


 旧暦の二十日とは大潮ほどではないにせよ満ち引きの差がある中潮だ。


 つまり鳥飼潟が歩いて渡れる時間は日が上る前の潮の引いている時間帯から昼手前までだった。


 少しずつ、しかし確実に潮が満ち始める。


「バカな!? 我らが奴らの手のひらの上で踊らされていたというのか!!」


「しかしそれなら、あの弱さと目の前の頑強さの説明がつきます」


「これはいけませんぞ! すぐに百道原に集結している騎兵を南に逃がすのです!!」


 陣地が慌ただしくなる。


 大友たちの騎兵百騎がまず南へと向かった。


 そして垣楯戦線を解いて歩兵部隊が徐々に後退していく。


「少弐殿もお早く撤退を!」


「いいえ、敵が本当に包囲殲滅を狙っているのなら今が仕掛け時。私は皆が下がるまで迎撃の準備をしておきます」


 五郎の話が本当かわからない。


 しかし百道原に兵を展開させ過ぎたのは事実だ。


 ならば彼らが撤退出来るまで残るのも大将の務めだろう。


 少弐景資はそう考えた。


 隣には五郎がいる。


 五郎は武器を持っていなかった。


 それでも言い出した手前、最後まで大将少弐と共に残るつもりだった。


 撤退を開始してある程度時間が経つが追い討ちをかける動きがない。


 杞憂だったか?


 五郎がそう思った瞬間――銅鑼の音が鳴った。


「――!!?」


「この音はあの時の攻撃の音!」


 麁原を見ると騎兵が十三、四騎そして後続に七十名ばかりの歩兵を連れた一団がなだれ込んできた。


 先頭を駆ける男は髭が腰まである大男。


 五郎の言ったことが的中した。


 少弐は自らがするべきことを果たすことにする。


「全騎、突撃ー!」


「おぉぉっ!!」


 少弐が率いる重装弓騎兵百騎が、敵騎兵目がけて突撃する。



 ――――――――――

 注:地名を修正。

 変更点:麁原山の隣を紅葉山で統一。


 ちょっとしたエピソードの弓田神社。

 ストリートビューで発見できなかった……。

 もしかして無くなった?


 時間ごとの潮汐

 https://33039.mitemin.net/i574510/

 早朝5時ぐらいに異変に気付いて、6時過ぎに赤坂。

 7~8時に百道原入り。

 逆包囲の可能性に気付いたのは11頃。

 そんなイメージです。


 海上保安庁の潮汐推算を利用しました。

https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KANKYO/TIDE/tide_pred/index.htm


 本作品は五郎が主人公なので勲功と関係のない所で功績を残していきます。

 そしてこの辺りが(あるいは最初からずっと)通説と新説あとは逆説などなど十人十色で全員の意見が分かれるところです。

 どの説も読んでて面白いですね。

 本作品では<島国>が麁原包囲網を作ろうとして、<帝国>が包囲殲滅の逆転を狙っているという構図になってます。


 やっと文永の役の終わりが近づいてきました。

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