文永の役 鳥飼潟の矢戦
早朝、菊池武房率いる一門が赤坂へと出陣した。
それからほどなくしてその菊池の伝令が須崎から川船で戻ってきた。
「報告します。麁原山に<帝国>が野戦築城しているのを確認しました!」息を切らせながらそう伝えてきた。
その知らせを聞いて息の浜の陣地は慌ただしくなる。
大将少弐は博多にあるすべての川船を徴発して、息の浜から須崎へと全軍を渡らせたのだった。
そして騎兵は住吉神社の鳥居前から船で対岸に渡った。
息の浜から船で渡った歩兵たちが鳥飼潟に集結した。
「楯を掲げろ!」
江田又太郎が声をあげる。
それに呼応するように歩兵が楯を上にして干潟を歩く。
この時代の主な武器は弓である。
だから全ての武器、防具、そして兵站は弓を基準に考えられている。
まず最前列である歩兵は盾で武装する。
盾といっても片手で持てる小さな盾ではない。
人の肩ほどの高さで尚且つ、肩幅にはなる大きな盾――壁盾を使う。
盾というのは洋の東西関係なく木材を使うのが主流である。
金属だとその重量からどうしても扱いが難しく小型化してしまうからだ。
矢での戦いが主流だと狙い撃つより数をそろえて一斉に放つようになる。
これに対抗するには大型化と軽量化で体全体を守るように変化していった。
矢から身を守れる木の盾、すなわち「楯」を使う。
大きく取り回しが利かないので楯持ちたちはほとんど武器防具を持っていない。
楯だけを背に担いで干潟を進むのだった。
先に布陣した<帝国>兵の曲射が始まった。
そして空から矢が降ってくる。
「楯を突けー!!」
楯持ちたちが担いでいた楯を地面に
これが現代にも言葉だけが伝わる『
ようするに置き楯を展開するのだが、この時すき間を作ってはいけない。
敵の突撃の機会を与えないように隙間なく、石垣のように楯を配置する。
この楯を並べた様子が城のようであることから、
ほどなくして鳥飼潟の南の塩田から北の博多湾に至るまでの垣楯線が形成された。
弓兵たちはこの垣楯線の内側から矢を放つ。
それは<帝国>も同じだった。
この戦いを矢戦という。
「放てぇ! どんどん放てぇ!!」
「楯持ち共、さっさと前進しろ!!」
「応ぅ! 応ぅ! 応ぅ!!」
この矢戦では先に矢が尽きたほうが劣勢になる。
つまり矢をどれだけ有し、そして供給できるかが重要になる。
「矢だ! 矢が足りないぞ!!」
「牛飼共さっさと矢を運べ!!」
「急げ! 急げ!」「モ~~」
牛飼いたちが牛に矢を運ばせて干潟を進む。
牛は水田を耕すのに利用しているので、干潟や水田の多い<島国>の兵站なら馬よりも役に立つことが多い。
対して<帝国>は人力で矢を運んでいた。
大型船から小型の船に矢を積んで、陸揚げしたら今度は干潟まで人が運ぶのだった。
この供給能力の差から<帝国>兵たちは徐々に後退していった。
優勢になれば前進し、劣勢になれば後退する。
補給線の長さが拮抗する場所に戦線が移動する。
そして膠着した。
五郎たちは松原の中に身を潜めていた。
来る途中でもらった薬を塗り、傷口に布を巻く。
「籐源太、しっかりしろ籐源太!!」
しかし郎党の籐源太資光が治療の途中で息をしなくなった。
「死ぬな籐源太!!」
五郎が力いっぱい籐源太の胸を叩く。
「…………っぷは!!?」
「うおっ!? 籐源太が息を吹き返した!」
「はぁ~、はぁ~、オイラさっきまで見知らぬ川辺を歩いていて……そしたら死んだおっ母が帰れ~って叫んでたんだ……」
「そりゃ黄泉の国の三途の川だな」
「ということは黄泉帰りの籐源太だ! よかったな黄泉帰りの籐源太!!」と三郎二郎がいう。
「え、オイラ……今死んでた……ぐふ」
そのまま気絶する籐源太。
「おい籐源太!? …………寝ておる、まあ大丈夫だろう」
寝息をたてる籐源太。
白石勢も傷の手当てをしていた。
そこへ白石が来て五郎に頼みごとに来た。
「五郎殿、先ほどの合戦で討死した御家人の証人になって下さらぬか」
五郎は一言「わかりました」といい、筑後国の御家人である光友又二郎の証人になった。
首の骨を射抜かれていた。
証人は身内では意味がない。
途端にウソの申告が混ざるからだ。
だから他の御家人が証人につかなければいけない。
一通りの手当てが終わったら、五郎は白石たちと防風林を盾に麁原を監視する。
「奴らこっちに襲ってこないな」と五郎が言う。
「鳥飼潟に手一杯なのだろう」と白石六郎が返す。
<帝国>は鳥飼潟の兵に矢の供給を優先していた。
その影響で南側の穴を塞ぐことができないでいた。
未だ早朝、<帝国>は全兵を船から降ろして展開できないでいた。
麁原の南側は小康状態になった。
――暫くして。
「お味方の騎兵が来たぞ!」
そんな南部についに援軍が来た。
「ほぅ、こちらは手薄のようじゃな」
「あなたたちは確か菊池一族の竹崎殿でしたね」
大将少弐と軍師野田そして手勢である騎兵五百騎だった。
「日の大将、拙者たちは――」
「いえ、見れば怪我をしているようですし、今は休んでいなさい」
「はい、わかりました」
矢傷手負いの五郎は大人しく戦を見守ることにした。
「それで野田殿はどう見ます?」
「ふむ、敵の布陣から見るにあの麁原が戦の趨勢を決めるでしょうな」
麁原山とその北西にある紅葉山。
その北には百道原と呼ばれる海岸線が伸びており、そこから<帝国>の兵たちが続々と上陸する。
東には鳥飼潟、西には室見川と干潟がある。
馬では移動が難しい。
つまりこの山を抑えれば百道原から上陸する<帝国>を水際で止めることができる。
逆に<帝国>はなんとしてもこの山を死守するだろう。
ここさえ確保できれば安全に全軍を上陸させることができる。
野田は地形からそう判断した。
「ふむ、我らで麁原山の敵を釘づけにして、その間に東西から揺さぶりをかけてみるのがいいかと」
「ならば我ら豊後の国が騎馬突撃をしようではないか」
そう言ったのは大友頼泰だ。
彼も筥崎宮から手勢を引き連れて駆けつけてきた。
「いいでしょう。私たちは麁原の敵をけん制することにします」
「ふむ、そうですな。我らは麁原の正面に布陣してけん制しましょうぞ」
大友率いる豊後の手勢――歩兵はまだ来ていない。
先に着いた騎兵のみが別府に集結していた。
鳥飼潟で戦っている弓兵は少弐の手勢であり、このまま戦いが続けば最大の勲功者は少弐景資となる。
少弐は北九州で勢力を二分する大友と協力関係を維持したかった。
だから突撃は豊後の御家人に譲ることにした。
しかしその実、野田は麁原の敵重騎兵が動いたら五百騎で駆けのぼり、砦を攻め落とす心づもりでもある。
「
「はっ!」
豊後の騎兵を率いるは
彼は代々都甲荘の領主であり、この合戦に一族を引き連れてきていた。
続々と部隊が集結する中、都甲と豊後の騎兵百騎が突撃する機を伺う。
この膠着状態は突如終わり、事態は急変する。
それは垣楯戦線から始まった。
「楯持たちはもっと前へ進め!」
和弓を曲射すれば<帝国>の弓兵以上に遠くに飛ばせる。
しかしそうはしない。
それでは敵より先に矢が尽きてしまう。
手負いの功という勲功は敵に矢を使わせるために存在する。
<島国>はあえて垣楯線を前に進めて、敵の射程圏内へと入っていく。
矢の射程が短いと誤認した<帝国>兵は矢を放ち続ける。
すると補給線が長い<帝国>では至る所で矢が不足し始めた。
「そろそろ頃合いか……焼米ぇ鏑矢を放てぇ!」
「はっ!」
矢の応酬が途切れるのを確認した江田又太郎は焼米に鏑矢を放つように言う。
――フォン。
鏑矢の音が響いた。
「鏑矢だ! 全騎突撃ぃー!」
その合図により
重装弓騎兵は縦列突撃をするときが一番弱い。
この時点で横槍が入ると、後続も共に倒れてたちまち敗走する。
麁原の騎兵が動くなら今――。
「麁原は動きませんな」と野田が言う。
「敵は無能ではないということですね」
少弐たちは麁原から騎兵がでれば五百騎で山を駆け上がるつもりだった。
しかし麁原は一切動かなかった。
五郎もそれを眺めていた。
「また、あの銅鑼の鐘か……」
五郎は<帝国>が駆使する銅鑼の音を耳にする。
鳥飼潟を見ると<帝国>兵たちが一撃離脱攻撃に翻弄されて、百道原まで後退していく。
五郎はその光景に何か作為的な物を感じ取った。
――――――――――
いつの間にか中世で塹壕戦になってます。
これは通説の合戦ルールが意味不明で蒙古襲来絵詞と乖離が激しかったから大幅に改変した影響です。
主な通説との変更点
・鏑矢を放つ矢合せが合戦の合図。
→ 鏑矢は獲物を追う時の合図が発祥と言われてるから突撃の合図。
・矢戦は騎兵が遠距離から矢を討ちあう。
→ 馬鎧がないと自殺行為だから大鎧の弓兵が討ちあう。
・騎兵の周りを歩兵が楯を持って固める。
→ せっかくの機動力が無くなるので白石流で統一。
・矢が尽きたら乱戦になり、組打ちで首を取る。
→ そもそも経済力と生産力の殴り合いが合戦なのだから相手の矢が尽きるように行動して疲弊した所を温存した騎兵で縦列突撃。つまり白石流で統一。
・垣楯は存在するけど戦場のわき役。
→ 弓兵を塹壕戦、そして騎兵を電撃戦と見立てればむしろ垣楯矢戦が合戦の主戦。けど騎兵が花形になるのはしょうがないね。
進行経路。
https://33039.mitemin.net/i574397/
布陣図
https://33039.mitemin.net/i574399/
やっとにぎやかになってきました。
けど作中ではまだ朝食時ぐらいですね。
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