第44話
七回表。
いずれも、二対0の試合は終盤へと向かう。
守備では私たちはグランドを走り回った。どれも恐ろしいヒットであったが、確実にノウハウの性能が急激に上がっている。しかし、ノウハウの恐ろしいところは、その足の驚異的な速さもあった。
それを阻止するためのフォーメーションは、カットオフプレー。例えば私が津田沼に投げた球を遠山がキャッチして、かなりのスピードで走るノウハウのバックホームを阻止するために三塁に投げる戦法だ。など、中堅手の私が主役になって防いでいた。
時には、津田沼がブロックでノウハウのパワーのあるスライディングを体験した時もあった。
そして、今は二塁から三塁に向かったノウハウは、三塁で佇んでいる。
無言で立っているノウハウは盗塁をするためのリードも出来る。
そして、プロ選手並みの高度な野球戦法が出来てしまう。
180キロの球は変化球へと変わり。バットに当たらないことが多々あった。それでも、私たちは奈々川さんが指導する通りにバント戦法を繰り返したが、時折来る160キロの変化球には成す術もない。
「もうそろそろ……。勝てますかね」
遠山は額の汗をそのままに、キャッチャーの津田沼目掛けて投げる。腕の痺れが酷くなってきた。
ノウハウが機械特有な動作で、打ち方からかぶりを振った。
カキーンという金属音が辺りに響く。
「おっーと!! 入るか入るか!!」
元谷が叫んだ。
「伸びる伸びる!!」
矢継ぎ早に言葉が口から出てきては、的確に状況を説明し……。
「ホームラン!! これで2対2!!」
三塁にいたノウハウは、その場に佇んでいたが、音も無くホームインをしに走り出した。
遠山は茫然とし、ポカンと口を開けた。
「そんな……」
私は悔し涙を流した。中堅手の私はフェンスまで当然走っていたが、ボールがフェンスを越えるのを見守るしかなかった。
奈々川さんは青ざめて掲示板の2対2を見つめていた。
貴賓席の前でスタッフたちが撮影の準備をした。
「はい。こちら云話事町TVです。今、貴賓席にお邪魔しました」
美人のアナウンサーは眉間の皴を気に出来ないほどに微笑んでいる。
「ここには、あの大資産家の矢多部 雷蔵氏と奈々川首相が野球を観戦しています。この試合は先が見えませんね」
美人のアナウンサーはピンクのマイクを、矢多部に向ける。
貴賓席には珍重なオーク材のテーブルに、豪華な飲み物や食べ物が並んでいた。
「そうですね。僕は正直、今楽しくてしょうがないんです。不思議です。この試合が終わったらハイブラウシティ・Bが進行出来るからかも知れませんが、それだけではないといえます」
「はい。楽しい試合を最後まで観戦して下さい」
美人のアナウンサーは今度はピンクのマイクを奈々川首相に向ける。
「どうですか。お嬢様の奮闘は……。父として誇りに思いますか?」
奈々川首相は頬に手を当て、
「いやいや。娘の勝手に振り回されているよ。早くこの試合を終わらせるのにも、意義があるんじゃないかな。でも、楽しいのは事実だ。晴美がここまでやるとはな」
「きっと、いや、必ず熱い試合は熱い勝ち負けで終わりますよ。はい! 貴賓席からでした!」
「遠山さん……」
奈々川さんが遠山へ向かってサインをした。
それは……。
遠山は頷き口笛を吹いた。
すると……観客席からなんと女性バイトが走って来た。
「あ、これは遠山選手の元に観客席から一人の女性が走ってきましたね? おっとこれは?女性と信じられない手の速さで手と手を打ち合っています。それから、両者バレリーナのように片手を広げあいました。お、こちらにお辞儀をしましたね。何かのお呪いでしょうか? 永田さん?」
元谷が真面目な顔を永田へ向けた。
「さあー? 解りません?」
「お、遠山選手。投げました」
スピードガンの数字は150キロを示していた。
「150キロのチェンジ・オブ・ペースー!! バッターアウトー!!」
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