第39話
「へえ。ノウハウが打てないなんて」
三階にある貴賓席で矢多部が関心した。ガラスにくっついている机にいる白衣の研究者に目を合わせる。
「変化球のデータは登録済みだったんですが、実戦用のプログラムを作るのは現場でしかできないと思われます」
勤勉な研究者は口元をへの字に曲げた。
「うーん。晴美も夜鶴くんも必死だね。これならば楽しい野球観戦を過ごせそうだよ。結果が解らなくなって、本当に楽しい」
奈々川首相は頬の脂肪を人差し指で弾き、腕を組んだ。
「僕も楽しくなってきました。こんな気分は生まれて三回目くらいですよ。これなら、野球の知識をもっと勉強しておけば良かったな……」
矢多部はその欠落した表情に嬉しいという感情が芽生えた。
「晴美は……多分。野球なんて知らないさ。きっと、漫画で覚えたんだろう」
奈々川首相は笑い。
「それにしても、あの子は凄いな。ここまでやるとは……」
「これなら……何とかなるかもしれないわ」
ベンチに座りメガホン片手の奈々川さんが、肩の力を一瞬でも抜けることに安心した。
遠山は今度はフォークボールを投げた。
打者のノウハウはどうしても振ってしまう。
目の前で急にストンと落ちるボールに、ノウハウが混乱してしまい。バットは空振りをした。
ノウハウに内蔵してある大量のデータを持ってしても、実戦のボールは計算できるものではない。
中堅手の私はボールが来たら、全速力で走る準備は怠らない。そんな精神力で立っていた。
島田たちもそうだろう。この試合はA区とB区……。いや、この日本の国全体の未来を左右する戦いだ。
「ノウハウ三振ーー!!1対0!!この勝負は先が見えないですね。永田さん。私、機械と人間の試合は初めてですよ」
元谷と永田の紅茶はなみなみとしている。
「ええ。私もです。ここで、ノウハウ軍団が何か作戦をしてこない限りは……」
「プログラム作成できました。ノウハウは遠山の変化球を打てます」
研究者は少し興奮気味に自分の端末を覗いた。
「晴美と夜鶴くんか……。これからはどうなるだろう?」
矢多部はいつしか、昔から巨大な利益を片手で平然と操作している男なのに、この試合にのめり込んでいった。
二回裏。
「次は私ですね。」
遠山はバットを持ちバッターボックスへと歩いていく。
「遠山さん。ボールの軌道を見つめて下さい。打てないならバントでいきましょう。ノウハウに立ち向かうためならば、少々のアウトは気にしない方がいいです。勇気をだして、バットを予めホームプレートへとだすようなサクリファイスバントのような構えをしましょう」
奈々川さんが作戦を手短に遠山に伝える。
「はい。頑張ります」
遠山はバットを持ちバッターボックスへと歩いていく。遠山はバントと走り回る訓練をあまりしていない。送りバントなどは実戦向きな戦法ではかなり有利となるのだが……。
しかし、180キロのボールにバットを当てるとなると、絶望的である。
「頑張れよ。慣れはどこにでもある」
田場さんだ。
遠山は頷き。ノウハウに立ち向かう。
ノウハウが投げた。
やはり180キロのストレートだ。
遠山はバットを微動だにせずストライクになったが、その顔は機械並な冷静さを表していた。
ゆっくりと遠山はバントの構えをした。
剛速球のノウハウのストレートのボールは、ホームプレートへ突き出しているバットへと見事当たった。
遠山が一塁目掛けて走る。
二塁のノウハウは球を捕る。
遠山は走るが、ノウハウが一塁へと送球していた。
「アウトー!いやー、惜しかったですね。永田さん。ですが、遠山の目の良さには驚きました」
元谷が永田へと視線を向けると、
「目ではないですね。慣れのようです。何せ見えないんですから……」
永田が感心した。
「では、見えないというのに当てたんですか?」
「ええ、そうです」
永田は少し間を置いて、
「Aチーム。いや、人間の力と言ったところですかね。こんなこと機械ではマネ出来ないでしょう。しかし、遠山は凄い。たった一球で慣れてしまった。いや、違うな。強い精神力で最初の180キロから目で納めていたのでしょう」
「……これから目が離せませんね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます