第37話
「さあ、対するわ。Bチームですね。矢多部 雷蔵さんはきっと、プロの選手を雇っているのでしょうかね?」
観客席の賑わいを気にせず元谷が首を向ける。しかし、Bチーム側のベンチには誰もいなかった。
「さあ、どうでしょうか。対抗するAチームは悪く言うと草野球チームですから、それがプロ野球選手にどうやって戦うかですね」
永田はベンチに誰も座っていないのを不思議がってはいるが、勝負が楽しくなるのではと少しだけ期待をしていた。
「あ!?」
元谷がテーブルに設置してあるマイクに向かって叫んだ。
なんと、Bチームのベンチの奥から9個のピラミッド型の黒い箱が現れ、その箱からそれぞれノウハウが9体歩いてきた。
「なんと、Bチームはノウハウ軍団かー!?」
観客席のVIP室は野球場の三階に位置している。広い一室で、ガラス張りのそこには矢多部雷蔵とボディガードが数十名。それと、奈々川 首相が立って観戦をするようだ。
重厚なガラスにくっついたテーブルには白衣を着た研究者たちが数人、端末でノウハウの状態を綿密に操作や管理をするのに正確に指を滑らせている。
「ノウハウ。以上ありません。プロ野球選手でも歯が立たないでしょう」
研究者の一人が首相に顔を向けて自信のある表情で言葉を放つ。
「矢多部君。ノウハウの宣伝も兼ねてなのかい?」
首相は脂肪を揺らす。
「ええ。この試合が終われば晴美さんと一緒にハイブラウシティ・Bを、何十パーセントも進行出来るでしょうから」
矢多部は白い歯を見せて微笑をした。それは何故だか少し照れ臭いっといった印象を受ける。
「ふふ。試合が終わったら、飲みにいかないか?云話事ベットタウンにあるニューオールロンドへ」
首相は研究者の操作する端末機器を覗きながら、矢多部の方を向いた。
「ええ。僕はジントニックが好きです……。晴美は何が好きなのですか?どうせなら、一緒に飲みましょう。出来れば夜鶴くんたちも誘って」
「晴美は飲めないんだ。弱いんだよ。とっても」
「また、ノウハウだ」
島田がベンチに座ったままノウハウに向かって片手で銃を撃つマネをした。
「あいつらの性能では……」
私はその後の言葉を飲み込んだ。
「夜鶴さん。きっと、ノウハウにも弱点はあります。それを見つければ……」
奈々川さんが優しく微笑んだ。
ここで勝利を得ないと私たちの未来はない。
「みんな。試合を頑張ろう」
私は気を取り直してみんなに言った。
「おおー!!」
私たちはベンチから立ち上がり一斉にグランドへと走り出した。
ノウハウは甘いマスクをしながらグランドの真ん中に音も無く走り出す。
私たち9人とノウハウ9体は審判たちの前に縦に平行して並んだ。
「両者……先攻と後攻はどうする? これよりAチームとBチームの試合を始めるぞ」
複数いる審判の代表が前にでて来た。
私は表情を変えることを知らないノウハウたちを睨んだ。
これが終わったら、人間はどうなるだろうか?人間性と機械どちらが勝つのだろう?
「夜鶴。俺だけでも十分だってこと見せてやるぜ。俺たちが先攻さ」
島田が野球帽を目深に被って見せて、指を遥かなる外野の堀に向けた。そこには何万人もの私たちを応援する観客がいる。勿論、A区とB区の……人たちだ。
「夜鶴さん。私、投げます。後攻がいい」
遠山 紙魚助が後攻をと言ったが、声が小さくて聞こえなかった……。
「では、先攻がAチームで、後攻がBチーム。プレイボール!」
審判がそう宣言した。
バッターボックスに島田が立った。
私たちのメンバー表は奈々川さんが組み込んでいて、貴賓席にいる矢多部に渡した。
打者は1番 島田 二番 田場 三番 私 四番 山下 五番 遠山 六番 淀川
七番 広瀬 八番 流谷 九番 津田沼
守備は、投手 遠山 一塁が島田 二塁が田場 三塁 山下 遊撃手 広瀬 右翼手
淀川 中堅手 私 左翼手 流谷 捕手は津田沼 以上だ。
「オラオラ。さっさと投げねぇか!」
島田がバット片手に吠えた。
重厚なガラスの向こう側では、白衣の研究者たちが端末に滑らかに指を滑らしている。野球ではノウハウの微調整が困難だったようで、こうして即時即時に端末を弄るようだ。
「一回。打たせてみてください」
矢多部が白衣の研究者の一人に言う。
「え……はい。いいですよ」
「どれくらいなのかな。夜鶴くんたちの実力は?」
矢多部は仕事を休んでも忙しい身なのに、呑気に野球観戦をせざるを得ないので、楽しむことにしたようだ。
「晴美の人気が凄い。これが終わったら、そのままハイブラウシティ・Bを進めてもらうのだから。これはこれでいいのかも知れない」
奈々川首相は嬉しそうに脂肪を揺らす。
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