第26話 結婚式

 私は警察の人から尋問されている。


 ここはB区にある云話事町中央警察署。税金をたっぷりと事細かに使った椅子に私は今座っている。

 奈々川さんはどうしているのだろう? 島田はどうしているのだろう? これからどうしようか? スケッシーは?

 私は不安ではなく混乱をしていた。

「ちゃんと聞いているのか?!」

 警察の人が怒鳴った。

「奈々川さん……」

「奈々川お嬢様は首相官邸にいらっしゃる。お前はその奈々川お譲様の監禁罪が貼られているんだぞ! そして、殺人罪だ!いったい何時頃から犯行をしていた。容疑が固まりしだい……重犯罪刑務所に連行する。聞いているのか?!」

 私は混乱のし過ぎで気分が悪くなった。

「奈々川お譲様とはどこで出会って犯行をしたのだ!」

「ご近所さ……」

 私はそういうと椅子から滑り落ち、床で蹲った。


「いらっしゃい。新入りさん」

 トラ箱の中。

 一人の男と一緒の部屋だ。

 他にはこの留置所には一人もいない。

「あんた。テレビで昼頃やっていたね。なんでも奈々川首相の娘を監禁していた。って?」

 ぼさぼさの頭にラムネの香り、安物の背広姿だ。

 顔は痩せこけ、恐らくA区の人だろう。

「俺は脱税さ。A区にいたんだ」

「……」

「気分が悪いのかい。ここに座れよ」

 ぼさぼさ頭が安物のベットが二つあるところに、座るように言った。室内はベットとテレビと……それと鉄格子。

 私は気分が悪く。

 ベットに座るとすぐに横になった。

「大丈夫かい?」


「ほら、夜鶴! 面会だぞ! 奈々川お嬢様だ!」

 私は飛び起きた。

 気分が悪いのは相変わらずだが……。

 面会室は殺風景だ。

 正面には大きいガラスが嵌めこまれ、その外に奈々川さんが心配そうな顔をしている。

「あの。夜鶴さん。私が何とかします。きっと、ここから出してあげます」

「ああ。気分が悪いよ」

 奈々川さんは心配の表情から涙を流した。

「……私、A区の人たちのこと…………絶対に忘れません……」

「なあ、奈々川さん。頼みがある。スケッシーの面倒を島田に頼んでくれ」

「ええ。解りました」

「それと、差し入れのラーメンは気分が悪いから食べられないんだ」

 奈々川さんが首を振って、

「あの後、島田さんに電話して、ラーメン屋に行ってもらったんです。百杯目のラーメンですよ。栄養を取ってください。何とかしますから」

「ああ……」

「島田さんたちも心配しているはずです。頑張ってください。保釈金を私の貯金から支払えばここから出られるそうです」

 それは、恐らく無理だ。相手はあの奈々川首相と矢多辺なのだ。

「島田に会いたい」

「解りました」

「おい、夜鶴。面会終了だぞ!」

 警察の人が奥のドアから来た。

「必ず何とかします」

 最後に奈々川さんが言った。


「美味そうなラーメンだねー」

 ぼさぼさ頭が涎を垂らした。

「ここは調度品から家具まで豪華な作りだが、飯はまずいんだよなー」

 私は下を俯き、

「俺はいらない……」

「やったー」

 ぼさぼさ頭は警察の人が持って来た。ベットの端に置いてあるラーメンに手をつけた。それで、一気に食べ始めると、

「なんだこれー! こんなに美味いラーメンなんて初めてだ!」

 私は歓喜な声を発しているぼさぼさ頭に、一瞥をしてからベットに横たわり、何気なくテレビを点けた。


「こんばんは。「B区専用チャンネルの云話事町放送」です」

 一人の男性のアナウンサーが、貨物列車とピラミッド型の大型機械をバックにマイクを握っていた。

「3年前から続いていました大規模な都市開発プロジェクトは、今から方針を変えてゆきます。ハイブラウシティ・Bという名の都市開発を進めるようです。」

 黒い質素な平面の大型機械が正三角形に大口を開け、その中から一つの大人の身長くらいのアンドロイドが歩いてきた。ガリ痩せで、顔は甘い金属のマスクをして、鎧のような金属の体をしている。腹部がスカスカだ。そして、貨物列車の脇から荷物を手で持ち、貨物列車の荷台に乗せる。という作業を始める。

「見て下さい。人間の動作と同じく、正確、迅速、そして疲れを知らない。このアンドロイドは38万円で購入出来るのです。私たちの経済や労働、そして、医療はどうなるのでしょう。機械に独占されるものは、流通から接客まで多種多様のようです」

 私はだんだんと現実に浸透していく出来事に青冷めてきた。

「へー。働かなくていいのか。いいなー、俺は脱税なんてしなきゃよかったよ」


 私はまたぼさぼさ頭を一瞥し、

「働かなくなったら、何をするんだ?」

「そーだなー。きっと、大昔のギリシャみたいに奴隷に働かして、スコレー(閑暇)が出来るわけだよな。……朝から酒を飲んでるな」

「いや、金はあまり入らないと思う……多分だが。……A区は農業をしてB区は機械の管理。増える需要は国が機械の生産や設備、安全管理などに回し……どんどんと規模を増やしていく。そんな感じだ」

「……。じゃあ、高度成長期には楽が出来るのか?」 

 私は少し考えた。

「恐らくは、食料の畜産物とか米作、漁などは、流石に機械では出来ないと思う。機械が出来るのは、建設など、営業や経理、運転や医療とかだ。とても農業や漁などの大変な作業は無理だ。第一、汚れるしな。高度成長期になっても俺たちA区は昔通りの仕事をするだろう。金の回りはどうなるのかは知らないが……」

 ぼさぼさ頭は頭を掻きまわし、

「それなら、金を使って。漁や農業を出来る機械を作ればいいんじゃないか?そしたら、俺たち……楽が出来るかも知れない」

「……それだと、俺たちに回る金は微々たるものだ」

「……」

 テレビは再びアンドロイドが映る。


「このアンドロイドの名前は、「ノウハウ」だそうです。勿論、話せます。日本語や英語、中国語などの多種多様な言語。そして、連続一年ももつバッテリー式。何か起きても端末で少し調整出来るという優れもの。人間の出番が少なくなってきましたね」


 アナウンサーがマイクを握り直し、

「それでは……?」

「御機嫌よう!」

 ノウハウが言った。

 番組はそこで終わった。

 私は寝返りをうった。


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