第9話 火曜日

 私はまた火曜に休みをとって、頼まれた島田のゴミをとりに205へ行った。私の顔を見ると、島田の奥さんの弥生は車椅子でキーコキーコとやって来た。

「ねえ、その奈々川って人。今日も会えるの?」

 弥生は興味というより心配の表情が汲み取れる顔をしていた。

「ええ。恐らく……」

「会ってからじゃ遅いから、今言っておくわね。その奈々川さん。名を晴美というんだけど、B区の総理大臣の娘だったの……。私、昨日の昼のテレビで観たのよ……。大勢の黒服と歩いているVTR。顔はここから窓で確認したわ。B区から捜索願も出てるの。何でも家出してきたそうよ」

 弥生が今度はしっかりとした心配な声をだした。


「え? 総理大臣の……」

 

 私はB区の総理大臣……このA区だけに税金を課し、A区に強制的にB区をサポートするような政策をし、ひどい治安の悪さにも見向きもせずに。A区の人々に選挙権を奪い。終身雇用契約制度を生み出した。などなど……。

 B区とA区の深刻な格差を現わしてしまう政治をした張本人。B区の発展と日本の発展だけに血眼になっている人物だ。


「そんな……」


 私は奈々川さんがそんな人物の血を、受け継いでいることをどうしても認めたくはなかった。

「でも、取り合えず行ってみてよ。きっと、幻滅するだろうけど。それと……危険を察知したら……銃を抜いてね。きっと、何かがあるわ……」

 弥生が緊迫した顔に不安を浮かばせている。

 弥生も生粋のA区出身の人だった。

 ゴミを受け取り一階に降りると、外は雨が降っていた。急に降り出したようだ。

「ありがとうございましたー。今度はフライドチキンもどうですかー」

今度もコンビニから奈々川さんが出てくるところだった。

 手にコンビニ弁当を携えて、片手に傘をさしている。

 私は携帯した銃の弾薬が湿り気を帯びると、厄介だなと思いながら奈々川さんへと近付いた。


「おはようございます。雨……降っていますよ」

 奈々川さんは傘を私が入るようにと、向けてきた。

「ええ。そうですけど、両手にあるゴミのせいです」

 私は両手に持ったゴミを軽く振った。

「一つ持ってあげられない……ごめんなさい」

 奈々川さんは悲しそうな表情をした。

 こんな人があの総理大臣の娘。

 私の頭は空から降る水滴から守られる。奈々川さんが傘の中に入れてくれたのだ。

「あの」

「うん?」

 奈々川さんは目元のホクロがチャーミングな顔を向けた。まじかで見ると年が私より若く見える。初々しいというのか瑞々しい肌の持ち主だった。


「あの……テレビであなたを見ました。あなたの名前は奈々川 晴美。総理大臣の娘なんですね」

「……」


 奈々川さんは一瞬、凍りついた。けれど、少しの間で笑顔が出来るが……プラスチックのような作り物なのがすぐに解った。

「そうです……。あんな父ですけど、いいところもあるんですよ」

「なんでこんなところへ? 黒服やボディガードもつけずに……?」

 笑顔が崩れ、俯いた。

「強引な結婚を要求されたの。好きでもないし。それに……」

「本当にあの総理大臣の娘ならば、ここA区にいるのはまずいのでは?ここには君の父親が税を課したり、住み心地もよくない。正体がバレると命の危険もあるんだ。なのになんで?」


「このA区には税金があるのは知っています。でも、それはB区に税金を課せないためとよく父が言っていました」


「治安が悪いのは? このA区はB区の奴らに食い物にされているじゃないか?」

「それは違います。いつか取り組むと言っていました。治安の方がそれによって凄く良くなって……。A区には田舎の良さだけが残るだろうって、父が言っていました。あの……B区は税金はないですが……監査官による収入のチェックがあって、それに落ちると……」


 俯きながらも、はきはきと話す奈々川さんを見て、私は考えた。

 私は今まで総理大臣に悪いイメージを抱いていただけだった。そうだ……事実を列挙しただけではなにもわからない。

 思い出した。監査官の損益チェックに漏れると、B区からここA区へと追い出される……。皆、死に物狂いだったんだ。


「あの。ここに私がいることを他の人に話さないで下さい。お願いします」

 奈々川さんは顔を上げ、また笑顔を見せるがただ単の作り物だろう。

 私は肩の荷が降りた。

 それならば、彼女がここにいることをB区の連中には隠して、友達や恋人になるチャンスがあるのかもしれなかった……。そんな下心が頭に自然に浮かんでいた。

「ええ、解りました。俺、秘密にします」

「ありがとうございます」

「それと、雨止んだみたいだ……」

 いつの間にか振った雨は、いつの間にか止んでいた。





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