人形の部屋
「そろそろ引越しの準備、しないとね」
妻からの提案を少し鬱陶しげに感じつつも、期日は待ってくれません。私は重たい腰を上げて、必要なものをダンボールに詰め込むのをようやくはじめました。
ここは元々母方の祖父母の家で、もうすでに築五十年以上経つ平屋でした。
祖父母が亡くなり、空き家にするのも勿体無いという話から家族と相談して私が暮らすことにしたのです。
思えば、とても懐かしい。
昔、母と弟と遊びに来た時には、六畳間にかかる古時計の振り子の音が鳴っていました。
いつも寝泊まりする部屋は、居間でした。
居間の引き戸を開けるとそこは台所。
寝るときはその台所の流しについている蛍光灯だけがついていて、誰かが通ると人影が居間の引き戸の磨りガラスに映りました。
しかし、その日に、その磨りガラスに映ったのは――
ぎこちない動きをする人影でした。
まるで関節がないように……
ズズ…… ズズ……
目にした私は、釘付けになりました。
あまりにもゆっくりと、ゆっくりと動くので……。
しかも、その影は、居間の前で動きを止めたのです。
それから、ゆっくり、ゆっくりと、こちらを向き始めたように見えました。
影は少しずつ大きくなってくる。
そして、その手を扉にかけようと伸ばして――。
私は、あまりの恐怖に布団へと潜り込みました。
この時から、夜怖い感覚に陥ると布団をかぶるようになりました。
そのまま朝を迎え、昨夜あったことを祖父母に話しました。
「あら、それはきっとお人形さんかもね」
祖父母は人形師でした。
実際に仕事をしている姿は見たことはありませんでしたが、母からそう聞かされていたので知っていたのです。
居間には手作りの吊り棚があり、そこにはいつもダンボールの箱が置かれていました。
この家に住んでからというもの、祖父母の遺品には一切手をつけていなかったので、ついに片付けるときが来たか……と、棚から埃まみれのダンボールを降ろしました。
あまりの埃の多さに、掃除道具を取りにその場を離れたまま別の作業をしてしまっていました。その合間に、妻がそのダンボールを開けたようでした。
そのとき、「ひゃっ!?」というような小さな悲鳴が聞こえたので、妻の元に寄りました。
「何……これ……」
ダンボールの中には、雛人形の首だけがずらーっと並んでいました。
なぜか、赤く染まった状態で……。
雛人形の、あの独特な表情だけが描かれているので、その一人ひとりの顔が虚ろに見えて不気味でした。
一体いつからここにいたのでしょうか。
あの夜、私に歩み寄って来た人形らしき影は、私にそのことを教えたかったのでしょうか。
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