第225話 225.小夏姫見参1


「父がいってましたよ。沼田での信倖さまのご活躍、とっても素晴らしかったって。わたし、信倖さまにお会いできる日をとっっても楽しみにしてましたのよ?」

「そうですか、光栄です。ところでこの件、徳山殿や本間殿はご存じなのでしょうか?」

「もちろんれすわ! ……あっ、噛んじゃった! きゃーっははは!」


 ぱちぱちと手を打って笑い転げる声が、襖越しに聞こえてくる。


 ここは上田の真木邸にある桜姫の部屋で、隣の客間では兄上が接客中。

 私と桜井くんは襖に耳をくっつけたまま、思わず顔を見合わせた。


「小夏姫って、こんなキャラだったか?」

「いや、『男勝りで勝気』って、ゲーム中では言ってた気がする。……兄上、徳山との縁談は破談になったって言ってたのにな……」


 兄上の逢引きを、これ以上盗み聞きするのも忍びない。私と桜井くんは困惑しながら、そろそろと襖から離れた。


『小夏姫』とは、 桜姫が『信倖ルート』に入った場合に、兄上の正室になる 徳山家の養女。

『信倖ルート』のフラグが折れたので、登場しない筈の彼女が、何故か突然、兄上のところにやって来たのです。

 


 ***************                ***************


 兄上に用事がある時は、桜姫を迎えに行ったついでに上田にも寄る。

 たまたまこの日に寄ったら、何の前触れもなく上田にやってきた小夏姫が居た。

 このイレギュラーな事態はそういう事なのです。


「信倖さまは戦が強いと父が言っていましたわ。信倖さまが敵をばったばったと斬り殺していたと、父も感心していましたわよ」


 庭を散策中の小夏姫の笑い声が、辺りに響き渡る。

 今の話のどこに爆笑ポイントがあったんだろう。そして『ばったばったと斬り殺された』のは父君の配下なんだけど、本当に本間殿はそれに感心していたんだろうか。


 ……そんな風に考えるのは意地悪か。


 私は立ち上がって、庭に面した障子を閉めた。

 別に覗いていた訳じゃありません。今のふたりは庭で堂々とデート中なので、桜姫の部屋から丸見えだったのです。

 障子を閉めた私に、桜井くんが苦笑する。


「雪、面白くなさそうだなー」

「何て言うか……優しいお兄ちゃんの縁談って、得も言われぬダメージがありますね! せめて設定どおりの小夏姫であって欲しかったよ!」

「あはは! あーいうあざと可愛い女って、男に人気あるけどな!」

「わかってない! 桜井くんは解ってないよ!!」


 頭を掻きむしる私に、桜井くんがお饅頭を渡して慰めてくれる。

 もやもやした気持ちのまま食べたお饅頭は、途中で喉につっかえた。



 ***************                ***************


「あれ、散策に行くの? ごめんね、こんな事になっていて。桜姫も、落ち着かない状況にしてしまい申し訳ありません」

「あら。ここの当主は信倖殿でしょう? わたくしの我儘で沼田に滞在させて貰っているのですもの。お気になさらないで?」


 声を潜めて謝罪した兄上に、桜姫も小声で微笑している。

 邸中がデート会場になっていて居辛いから散策に行こう、と縁側に出たところで、兄上が気付いて声をかけてきた。


 ぽけっとふたりの遣り取りを眺めていたら、私に気付いた兄上が手招きする。


「ああ、そうだ。ちょっと」

「何ですか? あ」


 にうえ、と言いかけた口を手で塞がれ、兄上が耳元で囁いた。


「小夏姫は徳山方だ。雪村がなっている事は秘密にするよ」


 なるほど。兄上もこのイレギュラーな状況を訝しんでいるって事か。


 そもそも徳山との縁談が破談になったのは『霊獣の封印』を条件にされたからだ。霊獣を直接下賜された『雪村』がこんなおかしな事になっていると知られたら、どう出てくるか解らない。


 身体を離して、にこりと笑った兄上から「これでおいしい物でも食べておいで」とおこづかいを渡され、大喜びの私たちは 意気揚々と散策に繰り出した。




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