第192話 『正宗の手作りお菓子』イベント勃発2


「ああ、もうこんな時間ですね。そろそろ戻らなければ」


 いつの間にか夕焼けで周囲が紅く染まっている。

 陽が翳って ふと見上げると、覗き込んでくる正宗と至近距離で視線がぶつかった。普段は隠れている右目が、夕焼けを溶かし込んだみたいで綺麗だ。


 厨二設定なのはおいておいて、こんなに綺麗なのにお母さんに嫌われるって可哀そうだなぁ。

 そんな事をぼんやり考えていると、正宗がちょっとだけ表情を改めた。


「帰るか。じゃあ土産をやる。目を瞑れ」


 ……またかすてらを口に入れてくれるの? それともお土産を渡すってこと? 

 どっちだろう。


 口を開けて待つべきか、手土産を受け取るポーズをすべきか迷ったけれど、口を開けていて手土産だった場合が間抜けすぎる。

 とりあえず私は、目を瞑って 手を差し出した。




 何かが唇に触れる感覚と同時に、ぱちんと静電気みたいな音がして、私は驚いて目を開けた。

 思ったより至近距離で、正宗が口を抑えてくつくつと笑っている。


 あれ? 口を開けて待つべきだった? でも今の音、なに?? 

 何が起きたのか解らなくて正宗を見上げていると、私の手に小振りの風呂敷包みが置かれた。


「これは帰って食え。今日は馳走になった」


 ? 食べさせてもらったの、こっちなんだけどな。



 ***************                ***************


 越後に戻ると、桜姫の部屋に兼継殿が来ていた。

「正宗殿がお礼を渡したいと言っていましたよ」と行く前に伝えていたから、手間を省いてくれたんだろう。


「桜姫、兼継殿、ただいま戻りました。お待たせして申し訳ありません」


 私はさっそく、正宗からもらった風呂敷包みを姫に渡した。

 バニラエッセンスは入ってないけど、素材の優しい香りが漂っている。


「先日、兼継殿にお世話になったお礼にと 正宗殿から預かってきました。お手製のかすてらだそうですよ」

「まあすごい! わたくし、厨房に行ってお茶を淹れてくれるように伝えてくるわ!」


 あっという間に部屋から飛び出した姫を見送り、私は改めて兼継殿に向き直った。


「お礼の品がお菓子なので、姫に渡してしまいましたが、良かったでしょうか?」

「構わない。ところで雪村、今日の討伐は手強い怨霊でも出たのか?」

「いいえ、そんな事はありませんが何故ですか?」


 兼継殿の手が伸び、私の左肩の後ろあたりに触れると、そのままひょいと私の目の前に翳してきた。

 その指先には裂けた符が摘ままれている。


「念のためにつけておいた『身代わりの符』が使われている。何かあったか?」

「え!?」


 それって……! 私は慌てて兼継殿の袖にしがみつき、手元を見つめた。



「身代わりの符だ。お前は無茶をするからな。これがあれば一度だけ、どのような危害からも護られる。普段使いの鎧にでも付けておけ」



 女の身体になった直後、そう言って兼継殿が鎧につけてくれた護符……!


 何で? どうして!? 今日はそんな手強い怨霊なんて出なかった。

 これ、大阪夏の陣まで大事にしようと思っていた符だったのに……!


「……何故なのか、わかりません……」


 茫然としている私の肩を掴み、兼継殿が真剣な表情で 私の顔を覗き込んでくる。


「思い出せ。館に何かされなかったか」

「何か……?」


 茫然としながら私は、かすてらを貰う直前の 静電気みたいな音を思い出した。

 唇に何か触れた気がした途端に 音がしたけれど……


 ふと、私の顔を覗き込んで笑っていた正宗を思い出す。

 あれ、かすてらの感触じゃなかった。


 ……今更気づくのも遅いけれど……あれって もしかして……キ………… 

 

 でも『身代わりの護符』ってそんな事で発動するの?


 私は唇に触れて、兼継殿を見上げた。

 何となく馬鹿正直に言うのが躊躇われる。


「正宗殿にお菓子を頂いた時に、何か音がしました」

「何故それで符が発動する」

「目を瞑っていたので よく分かりません……」


 目を瞑っていたから見ていない

 それだけで兼続殿は何かを察したのか、すっと目を眇めて溜息をついた。


「……お前には、くれぐれも油断はするなと念を押したはずだが」


 油断も何も。正宗がそんな事をするとは思っていないし、実際のところは見てないから判らない。

 それにまさかそんな『死をも無効にする万能符』が、たかだかキスを『攻撃』とみなすとは思わないじゃないですか。

 とりあえずそれはどうでもいいよ。とにかく問題なのは『大切な護符が台無しになった』って事だ。


 改めてそう考えると、だんだん血の気が引いてきた。

 私は『死ぬような大怪我をしても無効になる』チート札を失ったのだ。


 肩を掴む兼継殿の手に力が入り、私は意識を引き戻された。


「何故お前は館の前で、目を瞑るような状況に置かれた?」

「そんな事どうでもいいです! 兼継殿、私、いただいた大切な符を駄目にしてしまいました……!」

「そんな事……?」

「『そんな事』ですよ! 正宗殿が何かしたところで悪ふざけです。あの人、私のことは男子だと思っているんですから。そんな事で……せっかく頂いた大事な護符が……!!」

「お前はまだそんな事を言っているのか! 館がそう思っている訳がなかろう。少しは自覚しろ!」


 兼継殿が大きな声を出してきたから、思わず私も言い返した。もう泣きそうだ。


「正宗殿に口づけられたからって何なんですか!? その程度のこと、別に生き死ににかかわる事じゃありません。どうだって」


 いいです、そう続けるつもりだった言葉が、兼継殿に唇を塞がれて消えた。



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