第190話 お茶会出陣3
政所様のお茶会は、野点形式のカジュアルなものだった。
それでも上方の垢抜けたお姫様たちは、豪華絢爛で百花繚乱で、私だけ男の正装だったら浮きまくりって感じだ。衣装を貸して貰えて良かったよ。
いくらカジュアルな形態でも、腰に手をあててぐびぐび行く訳にもいかない。
兄上から教わった作法を思い出しながら、大人しく端っこでお茶をいただいていると、綺麗な打掛のお姫様が隣に座ってにっこりと微笑んだ。
「先ほどは鼻緒をありがとうございます。とても難儀しておりましたので助かりました。失礼ですが、どちらの姫君でいらっしゃいますか? 上方ではお見掛けした事がないと思うのですが」
しまった、名前を聞かれる事は想定してなかった。
でももう会うこともないだろうし、誤魔化しておこう。
「私は普段、信濃におります。この度は政所様に格別のご配慮を賜りまして、このような晴れがましいお席に呼んでいただきましたの。田舎者ゆえ作法もなっておらず、お恥ずかしいですわ」
作法も覚束ないけど、女言葉も覚束かない。必死で桜姫の口調を思い起こしながら愛想笑いをしたけれど、お姫様は私の台詞を聞いてなかった。
「信濃……男装……? もしかして貴女、幼い頃は越後にいらしたのではない?」
ん? よく知っているな。
「はい」
そう答えた途端、上品なお姫様には似つかわしくない金切り声が迸り、私はぎょっとして仰け反った。
その声で周囲のお姫様たちの視線がいっせいに集まる。
え? なに?? 私、何もしてないよ!?
どうしていいか解らずおろおろと辺りを見回していると、件のお姫様が突然、私の腕を掴んで絶叫した。
「み、皆さま! この方『雪姫』ですわよ!」
*************** ***************
そんな名乗りはしていない。
そうツッコめる雰囲気ではない。
周囲でなごやかに談笑していたはずの姫君たちが、いっせいに目の色を変えた。
そしてその視線が、どすどすと私に突き刺さる。何がなんだか解らない。
「雪姫……? 『越後毘沙門隊』写本の、あの……?」
「間違いありませんわ! 幼い頃は越後におられたそうですし、先ほどお見掛けしたのですけど、こちらに来た時は男装姿でしたわ!」
越後毘沙門隊? 何だそれ??
しかし「何ソレ?」と聞き返す前に、私はいっせいに姫君たちに取り囲まれた。
「まだそうと決まった訳ではありませんわ。姫、少し質問に答えていただいても?」
有無を言わせぬ口調と圧の姫君たちが、重々しく口を開く。
「姫には『幼馴染の家老』がいらっしゃる?」
幼馴染の家老? 幼馴染は桜姫だけだと思ったけど。……いや待て。雪村が十歳の時からの知り合いなんだから、兼継殿も『幼馴染』枠に入るのか?
あまり覚えてないけど、六郎も小さい頃に雪村を苛めてたって兄上が言ってたし。こっちも一応『幼馴染』?
「越後と信濃にふたり、おります」
そう答えた途端に、姫君たちの間から鬨の声が上がった。
「やはり間違いありませんわ!『ふたりの家老』と設定が被ります!」
「信濃のご家老様から求婚された雪姫を、越後のご家老様が奪い返しにくるお話ね!?」
どこの異世界の話だそれ!? ぜんぜん被ってないぞ!!
「なにそれ? 知らない!」
私と同じ気持ちの姫君が絶叫して辺りを見回す。しかし知らない姫君は、ごく少数みたいだ。
「冬之祭典に卸された『越後』の写本よ! 春之祭典の新刊では、焦った越後の家老が結婚の内諾を得ようと、雪姫の兄上に直談判するのよ!?」
「ひああ」(悲鳴)
まずい! そっちは心当たりがある!!
和やかだったはずのお茶会は 嵐のような大騒ぎだ。もう為す術がない。
越後の写本を買いそびれたらしき姫君が、しくしくと泣いている。
「春之祭典でも再販されたのに……知らなかったの?」
「今まで『越後毘沙門隊』は冬にしか写本を卸してないから油断して……『尾張桃母衣衆』の光英×信永本を買いに行っていたの……」
「……馬鹿ね。『写本とは、一期一会と心得よ』。それを肝に銘じていない者に、毘沙門天は微笑まないわ。さあ、とりあえず私の写本を貸すから、後で貴女の写本を貸しなさい?」
「お姉さまぁ!」
イイ話風に話を収め、どこかのお姫様にどこかのお姫様が抱き付いて泣いている。
状況がカオス過ぎて、頭が追い付いていかない。
政所様、そろそろ何とかして下さい
そんな気持ちで姿を探したら、政所様はにこにこ笑ったまま親指を突き立てた。
「グッジョブ」って顔しないで下さい。政所様。
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