第181話 恋愛イベント下準備1

「雪村さまぁ、桜姫のご様子がおかしいんですぅ」


 根津子がそう耳打ちしてきたのは、弥生に入ってからすぐにこっちに来た桜姫が、もうすぐ越後に戻らなきゃってタイミング。

 私は擦りたての生姜湯を持って、桜姫の部屋へと向かっていた。


 生姜は生薬にもなっていて、胃の不調に効くらしいのです。

 きっと食べ過ぎでおなかの調子が悪いんだと思っていたのに、何だか本当に様子がおかしい。

 私はしょんぼりと俯いている桜井くんに、なるべく優しく声をかけた。


「どうしたの桜井くん? おなか痛い?」

「雪、ごめん!」


 いきなりがばりと頭を下げられ、私は面喰って見返した。別に謝られるような事はされてないよ? 

 そう思ったけど 次の言葉で合点がいく。


「昨日、雪村ルート終わった。……死亡エンドしかない、なんて思わなかった。イベント進めて ホントにごめん」


 ああ、やっとやったのか。ほーらね? ……というか。

 やっぱり新作の“NEO”でも、雪村は死亡エンドしかないのか。

 一縷の望みが絶たれた訳だけど、そこにはそんなに期待していた訳じゃない。

 私は苦笑して桜井くんの肩に触れた。


「解ってくれればいいよ。まだ雪村ルートに入った訳じゃないしね。それで桜井くんが進めるのは、兼継ルートか東軍武将ルートしか無いけど、どうする?」

「通常エンドも、大阪夏の陣後なんだよなぁ……」


 桜井くんが頭を抱えた。

 そういえば、“NEO”では清雅も攻略対象になっているって言っていたけれど、清雅ルートの雪村はどうなっているんだろう。ネタバレになるけど、私は現世であのゲームはもうやれない訳だから、そこらへんはもういい。


「ところで“NEO”では、清雅も攻略対象になっていたんだよね? 清雅ルートの雪村ってどうなってるの?」

「清雅ルートは関ケ原もすっ飛ばしたからよくわからん。ただ、あいつのルート……桜姫に子供が出来た直後に清雅が死ぬんだ……もう上森にも戻れない状況の、いばらの道未亡人エンドだよ……」


 頭を抱えたまま、桜井くんが崩れ落ちる。

 そして「女の身体でエロ体験はしてみたいけど……出産はイタそうでヤだ……」と呻き出した。


 桜井くん、そんな事を考えてたの? まあそれはおいといて。


「清雅の死亡状況で推測できるかも。どんなストーリー展開だった?」


 くたくたに崩れている桜井くんを引っ張り起こし、私はがくがくと肩を揺さ振った。首をがくんがくんに揺らしながら桜井くんが口を開く。


「桜姫が清雅に惚れてさ、影勝に反対されてんのに駆け落ち同然で肥後に行っちゃうんだよ。それで子供が出来て。清雅は家靖の養女を正室を迎える事になっていたから、それのお断りと、桜姫を正室に迎えますって家靖に話しに行くんだ。そしたら帰りの船の中で、清雅が血ィ吐いて急逝した……」


 なるほど。しっかし無謀なことやってるなぁ、こっちの清雅! 

 でもこれで時期が判った。


「それなら『大阪夏の陣』前だよ。日本史では『二条城会見』ってイベントがあって、豊臣秀頼と徳川家康が二条城で会見した事があるの。その時に加藤清正もその会見に出席していて、その帰りの船上で発病したはずだよ」


 清雅ルートで関ケ原の描写がなかったのは、史実の加藤清正が関ケ原の時に九州に居たからだろう。『急変が船上』なら、たぶんこれがネタ元になっている。

 ただ日本史の方では、この時の清正はもうイイ歳だからね。家康の養女をお嫁さんに貰ったのはもっと前。

 こっちの世界は、ちょっと巻き気味に歴史が進んでいるんだよね。

 史実通りの設定だと、関ケ原の段階でキャラがみんな30~40代だから(家靖除く)。大阪夏の陣の雪村なんて50歳目前、家靖は70代だよ? 乙女ゲームにしては熟成しすぎになっちゃう。


 それはともかく。

 私はちょっと改まって桜井くんに確認した。


「ってことは、清雅ルートでも『雪村死亡』は確定してないって事だよね?」

「そうだけどさ! 俺、そこまで女の身体を満喫しなくていいよ! 清雅ルートには行きたくない!!」


 駄々っ子みたいにごねる桜井くんを眺めつつ、私も思い直す。雪村死亡が確定してないとはいえ、桜井くんに肥後(熊本)に行かれたら私も困る。

 今の私にとって桜井くんは、頼りになる かけがえのない友人だ。

 越後ならともかく、肥後は遠すぎる。

 私もそこは速攻で諦め、励ましの笑顔を作って桜井くんの肩を掴み直した。


「……そうだよね。じゃあ覚悟決めて、兼継ルートに進んでくれる?」




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