第179話 加賀遠征3

「この度は本当に世話になりましたな。上森殿と真木殿によろしくお伝え下され」


 上座には、脇息に凭れかかった舞田歳家殿が居て、ゆったりと笑っていた。

 でも目は落ち窪んでいて顔色は悪いし、着物から覗く喉元や手首はやせ細っている。病はあまり良くないみたい……


 舞田殿はゲームではそんなに露出が無かったけど、『周囲に慕われている人格者』という描写があるだけあって、偉そうなところを全然出さない好々爺って感じだ。

 喧嘩上等・武断派の清雅が、子供の頃から舞田殿を尊敬していて、舞田殿の言う事なら聞くってエピソードもあるくらいだしね。


 けほけほと舞田殿が咳き込み、側に控えていた女の人が背中をさすった。

 正室のまつさんかな? ゲームに出ていなかったから、こっちの世界での名前は分からないけど。

 私と泉水殿はこっそりと顔を見合わせた。

 怨霊討伐終了の挨拶に来ただけだし、そろそろお暇した方がいいかもしれない。


 泉水殿がお暇のタイミングを計っていると、まつさん(仮)だと思っていた女の人に、舞田殿が咳を抑えて謝った。


「すみませんな、政所様」


 政所様……じゃあこの女の人、富豊秀好の正室・ねいさんだ。

 ちなみに美成殿や清雅は、彼女を「政所様」ではなく「ねい様」呼びしているのでゲームに名前が出てくる。


「政所様とは知らずご無礼を……申し訳ありません」


 泉水殿が恐縮して、深々と頭を下げた。

 天下人の正室なんて、普通は知っていて当然なんだろうけれど。こっちの世界では、秀夜様を産んだ拠殿がすごく幅を利かせているから、政所様はあまり表に出てこないんだよね。

 上森が臣従した頃には、秀好公の菩提を弔うために出家してたし、影勝様や兼継殿ならともかく、泉水殿は知らなくても仕方がない気がする。


 恐縮している泉水殿を気の毒に思ったのか、政所様がころころ笑って冗談を言う。


「だってもう、おばあちゃんですもの。若い方は分からなくて当然ですよ。おばあちゃんなんて皆、同じ顔に見えるでしょう?」


 まずい。女の人相手に「そうですね」と合わせて笑いづらい冗談だ。

 微苦笑で聞き流していると、舞田殿が察したのか話を変えようと話しかけてくる。


「儂は真木殿と面識がなかったが、ふたり兄弟と認識しておった。霊獣を使役していたそうだが、本家所縁の方ですかな?」


 うわあきちゃった、この質問! ほむらは前に主従関係を結んでいた『武隈』か、現在主従関係を結んでいる『真木』の血筋じゃないと使役できない。

 厳密に言えば霊獣は『当主』に従うものだけど、真木の場合は経緯からしてイレギュラーだし、舞田殿はそこまで詳しくなさそうだから黙っていよう。


 そもそも『ふたり兄弟』とまで判っているなら、ここで『雪村』を名乗ったら年齢で不審に思われる。今の外見は『二十歳の男』には絶対に見えないよ。


「はい。真木本家の血筋ではあるのですが……どうかお察し下さい」


 そっと私は目を伏せた。言外に「父上の隠し子なの。それ以上は聞いてくれるな」とも取れる大嘘を匂わせておく。

 泉水殿がめちゃめちゃ胡乱な表情になったけど、何も言わないでいてくれた。

 うん、まあ、これが一番面倒がない言い訳なんだよ。父上、ごめん。


「まあ。そう」


 この時代では珍しくもない事なので、舞田殿も政所様もあっさりと聞き流す。

 その代わり、もっと厄介な事を言い出した。


「私は『武隈の霊獣を扱う女子が討伐隊に交じっている』と聞いた時はてっきり……ねえ?」

「ですな」


『てっきり』何なのかを問う前に、『女』だってバレてる事に仰天して、私は思わず前に座っている泉水殿の背をどすりと突いた。

 泉水殿も慌てて「恐れながら。これはまだ元服前ですからそのように見えるのでしょう。これでいてなかなかの武辺者なのですよ」と「男だ」とはっきり嘘はつかずに上手く誤魔化してくれる。


 ナイスフォロー泉水殿! 

 こくこく頷く私に、政所様と舞田殿がにこにこしながら口を揃える。


「私達はてっきり桜姫が忍んで来たのだと思ったのですよ。大阪の花見ではお顔を拝見する事も叶いませんでしたが、貴女ならば秀夜殿にめとらせても良いのでは、と。ねえ?」

「ですな」


 ……せっかく美成殿が拠殿を言い包めてくれたのに、偽物の私が『桜姫の縁談話』を復活させてしまった。

 美成殿にも影勝様にも怒られる……


 私は貧血を起こしそうな気分になった。



 ***************                ***************


「良かったじゃないか。最終的には納得してくれて」

「ええ、まあそうですけど。予想外の展開になりすぎてびっくりしましたよ」


 越後までの帰り道。お役目を無事に終えた解放感からか、泉水殿はのほほんと笑っている。でも私は、政所様たちの事を考えると素直に笑えなかった。

 泉水殿と私の全力否定で『桜姫が忍んで来た』説は消えたけど、拠殿だけじゃなく、政所様や舞田殿も『秀夜様をどう守るか』を全力で模索している事はよく判った。


 そして『他に有効な手が無い』となれば、桜姫を娶ろうと画策しそうだって事も。


 そうなったら、どれだけ美成殿が庇ってくれても無理だろうなぁ。

 ショタコン王子ルートかぁ…… もれなく嫁姑地獄もついてきそうだけど。


 そうなったら桜井くん、どんな顔をするかな。



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