第9話 兼継相見

「雪村兄ちゃん、前に作ってもらった竹とんぼが壊れちゃったよ。また作ってぇ」

「作り方を教えただろう? お前がしっかり覚えなければ、弟たちが欲しがった時に作れないぞ」

「俺が作っても雪村兄ちゃんのみたいに飛ばないもん」


 今日は来客があるからまた今度な、そう言って頭を撫でると、城下で遊んでいた男の子たちは聞き分けて駆け出していく。


「雪村は子供が好きなのね」

 桜姫が控えめに微笑んだ。子供たちを見送る眼差しも優しげだ。

「はい。いずれはあの子達も上田を守る武士となるでしょう。せめて今くらいは子供らしい時間が過ごせればと思っております」

 私も微笑み返してそう答える。


 あまり好感度が上がりそうな事はいいたくないけど、実際雪村がそう思っているのだから仕方がない。

 雪村、いい奴だな……と、私の雪村への好感度も上がりそうですよ、もう。



「カオス戦国」は乙女ゲームだから、プレイしているとやっぱり「推し」が出来る。

 ちなみに私が「カオス戦国」のキャラクターで一番気に入っているのは加賀清雅かがきよまさという肥後の大名だ。

 理由は声が好きだから。

 でも清雅は攻略対象じゃないし、雪村の天敵みたいなキャラなんだよね。

「虎狩り」と「治癒」のスキル持ちだから、炎虎を使う雪村は相性が悪いし、いくら攻撃してもHPが減ると自力で回復する、戦うとなると厄介な敵だ。

 イベント戦闘用に雪村しか育ててない人も居るから、うっかり雪村や美成のフラグ管理に失敗して家靖ルートに入ると、予定してなかった清雅戦に突入して苦労する羽目になる。


 あ、人ごとみたいに考えてたけど、私が清雅と戦闘になったら苦労するって事か。

 推しキャラには会いたいけど、戦闘したくないなー。武断派ぶだんはだから強いんだよね、清雅。



 そんな事を考えながら子供達を見送っていると、ふと視線に気が付いた。

 街道に、馬の手綱をとった若い男の人が立っている。


 すらりとした長身、センターパートの漆黒の髪、整った顔立ちの中でもとりわけ印象的な涼やかな瞳がこちらを見ている。


 直枝兼継なおえだかねつぐだ。


「兼継殿!」

 私は危うくぶんぶんと手を振りかけて、慌てて手を上げるだけに留めた。私が思っていたより、雪村は兼継に会えたのを喜んでいるみたいだ。


 雪村は十~十五歳までの五年間、上森に人質として出されていて、その時の世話役が兼継だった。

 その時に兼継宛に信倖が「雪村をよろしく」的な文を出した事で信倖とも知り合った、とゲーム中で説明されている。


 人質といっても可愛がって貰っていたようで、雪村の霊力が高いのも兼継に鍛えられたおかげだし、雪村は兼継にすごく懐いていたみたい。

 ただ、雪村はいずれ上森に仕官したいと思っていたのに、ある日突然真木に戻されてしまったのが引っかかってるっぽい。

 いつも雪村の記憶には世話になっているし、教えてあげられるものならそうしたいけど、生憎そこらへんはゲームでも触れてなかったなぁ。

 そのうちに解るといいんだけど。


 おっと、そんな事を考えている場合じゃなかった。姫を兼継殿に紹介しなきゃ。

「姫、こちらへ」

 私は姫が転ばないように、小さな手を取った。



***************                *************** 



 ひととおり自己紹介が終わった所で、私は兼継殿に頭を下げた。

 桜姫を勝手に越後から連れ出してしまった事を、まだきちんと謝罪していない。


「まずは上森家に伺うべきだったのですが、信厳公の容態が悪く気がいてしまいました。不義理を働き申し訳ありません」

「いや。当時はこちらも立て込んでいてな。真木に保護されていて逆に助かった。

……信厳公は間に合ったのか?」

「はい」


 立て込んでいた件とは『御館おたての乱』だろうか。

 現世での御館の乱は、謙信が後継者をはっきり決めずに亡くなった事で勃発した、二人の養子の後継争いだ。

 結局甥の景勝が北条から来た景虎に勝って収束するんだけど、上杉弱体のきっかけになった戦のはず。

 こっちの世界ではどうなったのか気になって、私は探りを入れてみた。


「影勝様と陰虎様は……?」

大事だいじない。越後の神龍が影勝様を選ばれた。それと前後して相模では氏靖うじやす殿の遺言書が見つかってな。剣神公亡き後は陰虎様を相模に戻し、霊獣と家督かとくを継がせるようにとの内容だった。今は相模に戻られている」


 相模大名・東条氏靖とうじょううじやす公は信厳公や剣神公と同世代で、霊獣「獅子」を使役する「相模の獅子」と呼ばれた名武将だ。

 どうやら自分の息子たちの中で一番霊力が高かった陰虎様を「獅子が使役しえき出来るまでに育てて欲しい」と剣神公のところへ養子に出した、という事らしい。


 うーん、御館の乱も現世の歴史と結末が違うのか。『霊獣が居る世界』ってだけでこうも変わるもんなのかなぁ。


 霊獣は主を選ぶから、たとえ跡取りでも霊力が高くなければ従わない。

 雪村の霊力が高いのは幼少期に兼継殿に鍛えてもらったおかげだし、それが無ければ真木に炎虎が下賜される事も無かったんだから、それを考えると兼継殿には頭が上がらない。


 ……と、そこまで考えて私は我に返った。しまった。またうっかり考え込んでしまった。

 慌てて顔を上げると、兼継が真剣な表情で桜姫を見つめていて、桜姫がきょとんとした可愛らしい顔で首を傾げている。


 イケメンが真剣な顔をすると迫力があるな、桜姫はコレは怖くないんだろうか。


 とりあえずここは兼継殿と桜姫、両方にお互いのいいとこを売り込んでおくべき?今後の事も考えて。

 桜姫については私にもよく解らんので、とりあえず桜姫に兼継殿を売り込んでおく事にした。

 山奥の尼寺とはいえ越後に居たんだから、義兄あに上の右腕で越後の執政しっせいって事くらいは知っているだろう。


「桜姫、兼継殿はとても頼りになる方ですよ。霊力も高くてお強いですし、わからない事など無いのではと思うほど博識です」

「そうなの?素敵ね」


 ぱっと花がほころぶような笑顔で、桜姫が兼継殿を見遣った。

 これが館正宗なら「いやあそれほどでも。もっと褒めろ」くらい言ってきそうなんだけど、兼継殿は真面目だからそういう事は言わない。


 そう、真面目だから、あまり序盤で色ボケしたような選択肢を選ぶと容赦なく好感度が下がるんだった!


 にこにこしている桜姫に反比例するように、兼継殿の表情が胡散臭いものを見る目になっていく。

 まずい、初見の相手にこの態度は珍しいぞ。


 よし、売り込むのはこれくらいにしておこう。何気に状況がヤバい

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