魔教徒の乱
「……以上が、私の知り得た情報になります」
ソブゴ王国王城の玉座の間にて、シャーロットは女王アデライドにスピリ教国での出来事を跪きながら伝えていた。
魔族が次の侵攻地としてソブゴ王国を狙っていること。
また魔族が人々の恐れの感情を糧に増え、強くなっていくこと。
更に、魔族が銃火器を使っていること。
シャーロットがもたらしたその情報に、玉座の間にいた貴族達はざわつく。
「そんな……それでは魔族がどんどんと強くなってしまうではないか……!」
「小型の大砲のような未知の武器を使うとはなぜ魔族がそんな技術を……!」
「皆のもの、落ち着きなさい」
貴族達の声が大きくなってきたそのとき、アデライド女王が手に持っていた装飾きらびやかな杖を地面に打つ。
甲高い音が鳴り響き、貴族達は口を閉じる。
その威圧感にシャーロットはうつむきながらも思わず息を呑んだ。
「報告ありがとうございます、勇者シャーロットよ。顔を上げなさい。此度の情報、我が王国にとってとても重要な意味を持つ情報でした」
「はっ、ありがたきお言葉……」
シャーロットは女王に向かって跪いた状態で言う。
異国の王とはいえ、礼をかかしてはいけないというのがシャーロットの考えだった。
「それでよぉ、どーすんだばーさん? このまま何もしないって訳にもいかないだろ」
と、そこでそんな彼女の信条に反するような声が飛んでくる。
女王をばーさん呼ばわりしたのは、女王の横にいるそこそこに長い緑髪の男だった。
目は翡翠色で透き通っており、顔立ちもかなりの美形である。
が、どこか粗暴な雰囲気も漂ってくる男だった。
全身を包む重装甲な鎧と、背負っている二対の斧もその印象を加速させる。
「エマニュエル……あなた相変わらず礼も何もないのね」
「そっちこそ細かいこと気にしてんだな、シャーロット」
エマニュエルと呼ばれた男はニカっとシャーロットに笑いながら言う。
そんな彼にシャーロットは溜息をついた。
「あなたはこの国の勇者なのよ? それならばそれに相応しい振る舞いを……」
「はっ、生まれで人間性まで決められてたまるかってんだよ。ちゃんと勇者としての務めは果たすつもりだが、それはそれとして俺は俺の生きたいように生きるつもりだぜ」
シャーロットは再び溜息をつく。
エマニュエル・ゴドフロワ。彼こそがソブゴ王国の勇者である。
彼はシャーロットの年相応ながらも礼節を大事にする性格とは反対に、かなり自由奔放な性格をしていた。
その奔放さは幼い頃より勇者としての付き合いをしていたシャーロットをよく困らせていたほどである。
「で、ばーさんよ。正直なところどうなんだ?」
「そうですね……」
アデライド女王はそんな彼の無礼な物言いに一切の目くじらを立てていなかった。
女王にとって彼は血こそ繋がっていないにしろ世話のかかる息子のようなものであった。
「今すぐにでも兵を派遣したいのは山々です。ですが、下手に兵を動かすと帝国がどのような動きをしてくるか分からないという懸念があるのも確かです」
「そんな! 今は人類同士いがみ合っている場合ではありません! 帝国と和議を結んで共に魔族と相対すべきです!」
シャーロットが叫ぶ。その言葉に、アデライド女王も首を縦に振る。
「無論、私もそうは思っています。ですが、帝国がそう我々の言葉を聞いてくれるかは怪しいものです。あの国の野心の高さは、シャーロットも知っているでしょう?」
「それは……」
シャーロットは言葉に窮する。
実際、帝国が領地拡大に野心的なのは周知の事実であった。
大陸全土で信仰されているトリニト教の中心地であったスピリ教国にいてさえ、その野心を感じることは一度や二度ではなかった。
だが、シャーロットは諦めきれなかった。
「だからこそ……その帝国と手を結ぶ時が来たのです、女王! 帝国は対魔族との戦いできっと大きな力になってくれるはずです! 魔族の力がまだ強大になりすぎていない今こそが好機なのです!」
「シャーロット……」
「なんだよシャーロット。今日はお前にしちゃ随分と噛み付くじゃねぇか。珍しい事もあったもんだ」
「エマニュエル……あなたは知らないのよ。国を、家族を、民を失う苦しさ、悲しさが……私は魔族を絶対に許せないの。必ず、一匹残らず駆逐してみせると誓ったのよ……!」
シャーロットの目には真っ赤に燃える決意の炎が灯されていた。
彼女の闘志に、エマニュエルは少し困ったような顔をして頭をかく。
「そうか……まあ、確かに俺は国を失ったわけじゃないからな。でもよ、あんま自分を追い詰めるなよ? そうじゃないとお前、いつか壊れちまいそうだぜ」
「私が壊れるぐらいで国を復興できるなら、安いものよ……」
「……あのなぁ――」
エマニュエルが言葉を継ごうとした、そのときだった。
「女王陛下っ!!」
玉座の間に、慌てた様子の一人の兵士が入ってきたのだ。
「なんだ貴様は! 女王陛下は只今勇者様との謁見中で……!」
「緊急事態です!」
兵士を諌める貴族の声も、その兵士を止めることはできない。それほどに、ただならぬ事態が起きたのだと女王は感じていた。
「よい、申してみなさい」
「はっ! 我が国の各地で続々と魔族信奉者が反乱を起こしているとの伝令あり! なかには手に負えず兵の派遣を求む声も!」
「何っ……!?」
「そんなバカな、魔族信奉者だと!?」
兵の言葉に困惑する貴族達。
一方で、アデライト女王、シャーロット、そしてエマニュエルはあくまで冷静な表情を崩していなかった。
「なるほど……このような手で来ましたか」
「始まったわね……!」
「やれやれ……」
◇◆◇◆◇
ソブゴ王国領ドゥファン領。
スピリ教国との国境にある領地であり、広大な土地を持つ公爵領である。
そこで今、人間同士の戦いが起きていた。
「我らの救世主は魔族なり! 人類はすべからくその命を捧げよっ!」
「死を恐れるなかれ信徒諸君! 我らは死しても魔族へ転生しようぞ!」
公爵領兵士と敵対するは、魔族を信奉する魔族信奉者の一団。
彼らは自らの命が失われるのをいとわない、決死の攻撃に出ていた。
「くっ、大馬鹿者共め……! 弓兵隊、射掛けーっ! 槍兵隊は陣形を組み突撃に備えよ!」
前線を指揮する兵士団長は苦い顔をする。
魔族の驚異がある今、まさか人間の反乱があるとは思ってもいなかったため、この反乱があまりにも愚かしく思えたのだ。
公爵領兵と信奉者との戦いは最初兵士側が優位であった。
信奉者と言えど結局のところ訓練もしていない平民が殆どである。そのような農民が農具や武器を手にしたからといって、日々訓練を積んでいる兵相手では分が悪かった。
だが、信奉者は数がいた。兵士側が困惑するほどの数がいた。
それは、潜在的に王国に不満を持っていた民が次々に信奉者と共に戦っていることを意味した。
彼らにとって、それは魔族を盾にした体制自体への反乱でもあったのである。
更に――
「グゲッ、グゲゲゲゲゲゲゲッ!」
「うわああああっ!? イ、インプだっ!?」
「な、なんで魔族がっ!? 奴らが越境したという知らせはまだないぞっ!?」
信奉者は魔族を味方にしていたのである。それが、王国最大の誤算であった。
魔族は低級な魔族しかおらず近代火器も持っていなかったが、それでも大きな脅威であった。
なぜ信奉者の軍勢に魔族がいるのか。
それは簡単な事であった。
「魔族様……教えていただいた召喚魔法により、次々と新たな魔族様がこちらに来ております。これもすべて、あなた様のおかげでございます……」
魔族信奉者の陣営。そこにいる一人の男に、信奉者達は頭を下げていた。
「重畳重畳……これで道を切り開けば魔王様方も満足するだろうて……さあ、征くのだ人間共よ。魔族として新たな命を授かりたければな」
そこにいた男の正体は、ドッペルゲンガー。
各地に密偵として忍ばせていたドッペルゲンガーの一部に、奉政が命令し信奉者達を焚き付け、また低級魔族の召喚魔法を授けたのである。
各地の信奉者の反乱。それこそが奉政の描いた策略の一つであった。
王国全体を混乱の渦に落とし込む。それが目的であった。
そして、それが成った今、計画は次の段階へと進む。
「ふふふ……さあ、私の愛しい怪物達。新しい戦争の時間よ」
ボロボロになった国境において、富皇が言う。
王国への、侵攻開始である。
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