脅迫状パニック⑧

ーー頭がガンガンする……。

おれは、うっすらと覚醒していく意識の中で、ぼんやりとそんなことを考えていた。

隣では、ボソボソと話す声が聞こえる。

おれは半分だけ覚醒している意識の中でそれを聞くいていた。

「……今後、何があっても絶対凛を一人にしないこと。これは徹底しないと」

「ああ、普段はおれたちの誰かがついていれば良いとして……ドラマの撮影はどうする?」

「基本的にはおれがついているようにします」

「けどさー、敦士もおれたち全員のスケジュール管理もしてるわけだし、離れなきゃ行けないことも出てくるんじゃない?」

「……そこなんですよね」

「というか、あいつはこんな思いまでして、ドラマの撮影しなきゃいけないのかよ?」

「………」

「そうだよね。凛だって最初は乗り気じゃなかったわけだし」

「……そう、ですよね。凛さんの身の危険には代えられませんよね」

敦士の沈んだ声が聞こえる。

あの声は……責任を自分で抱え込んでる声だ……。

「おれが、凛さんをドラマにって言ったせいで……こんな事になって……」

「……がう……」

「……?」

「……ち、がう」

「凛!気がついたのか?!」

「…敦士のせいじゃ、ない……」

おれは、割れそうに痛む頭を押さえながら、ゆっくりと上半身を起こした。

「でも……」

「最終的に決めたのは、おれだ。それに、アンチが湧くのは敦士のせいじゃ無いだろ」

おれは、楽屋のソファーに寝かされていたらしい。

今何時くらいだろう。

どれくらい眠っていたのか。

「凛さん……」

おれは起き上がってソファーに座ると、軽く頭を振る。

それだけで頭が痛い。

「だから、あんまり自分を追い詰めるな」

おれの言葉に、敦士はその大きな目に涙を浮かべて、おれの手を握った。

「凛さん……おれは……何があっても、どんな事があっても、必ず凛さんを守ります。おれの命をかけて…!」

いや、気持ちは嬉しいけどどんな騎士の誓いだよ。

おれは軽く笑うと、敦士の頭を撫ぜる。

「そういうのは、プロポーズの時に好きな相手に言え」

「凛さん!おれは真面目です!」

「解ってるよ。だから余計にダメだよ。自分の命は一番に大切にしろ」

おれはそう言うとため息をつく。

昨日今日と見てわかった。

相手は普通じゃない相手だ。

そんなやつ相手に、おれのために命を賭けてまで無理をする必要はない。

「あー。でもおれ、敦士の気持ちちょっとわかるなー」

不意に、翔太がそんなことを言い出す。

「いや、おまえまで何言って……」

「おれもさー凛の為なら、身体張ってもいい

と思ってるもんよ」

いつものふざけた調子ではなく、不意に真面目な顔でそんなことを言われ、おれは心臓がドギマギするのを感じる。

「や、だから……」

「おれもだ」

「おれも」

「はぁ……おれもだよ」

なぜか、皆口々にそんな事を言い出す。

なんだよ、皆しておれを泣かせて何が楽しいんだよ。

「な……んでだよ。何言ってんだよ……」

「好きだからに決まってんじゃん」

至極当然のことのようにそう言った翔太に、その場にいた全員が頷く。

皆……おまえたちがそんなに仲間思いだったなんて……!

おれは感動しすぎて涙腺が崩壊しそうになった。

これ以上泣いたら、目が溶けるんじゃ無いか?

「皆……おれはこんな仲間思いなメンバーを持って、幸せだよ……!」

「……あ、やっぱりそっちで解釈する?」

「だと思った」

「凛らしいな」

「はぁ……」

え、なに。

この感動のシーンでなんで呆れてるの?

「ーー凛さん……。ドラマの撮影ですけど……事情が事情ですし、撮影辞退しましょう」

敦士は、一人だけ真剣な表情でおれに視線をよこす。

撮影辞退……。

おれはその言葉を何度も反芻する。

本当にそれでいいのか?

俳優さんたちやスタッフさん、作者さん皆に迷惑かけて、脅迫犯の前に膝をついて……それでいいのか?

「……いやだ」

「え?」

「そんなの、嫌だ」

「でも、凛さん……」

「監督や作者がおれを使うのが嫌だって言ったり、他の俳優陣がこんな物騒なおれとの共演が嫌だって言うならそれに従う。けど……そうじゃ無いなら、おれはこのまま続けたい」

「凛さん……」

このまま、こんな脅迫犯のクソ野郎に負けたまま終わるのは嫌だ。

「勿論、他の俳優さんやスタッフに迷惑かかりそうになったら、おれは降りる。けど、おれだけに矛先が向いてるなら、おれはやめない」

「……わかりました。監督さん方は、出来ればこのまま撮影は続けたいと言ってます。セキュリティも今以上に厳しくするとも言ってくれています。凛さんがその気なら……おれが必ず凛さんを守ります」

「おれたちもな」

皆の気持ちが純粋に嬉しい。

おれは頷くと、笑顔を作る。

「皆、サンキュ」

「……ふっ。まあ、かっこいいこと言う前に、まずは鏡を見てみろよ。そんなんで今日の歌番組の収録に出るつもりか?」

ーーなに?

そういえば、おれはさっき盛大に吐くわ泣くわしたんだった……!!

おれは痛む頭を押さえて立ち上がると、鏡に直行する。

う、流石に今日は盛大に目が腫れてるなぁ。

「今何時?」

「午後四時。収録まで後四時間」

ぎゃー!腫れが引くかどうかギリギリじゃん!

「敦士!氷ちょうだい!!」

「はい。頭痛薬も持ってきますね」

さすが敏腕マネ、よく気がつく……。

おれは、持ってきてもらった薬を飲み、アイスノンで目を冷やす。

「凛、声は大丈夫?」

「そっちはなんとか……」

「温かいルイボスティーをお淹れしましょうか」

「ありがたい、頼む」

おれは目を瞑って冷やしながら天井を向くと、歌を口ずさむ。

『出会った頃は、こんな風に君のことを想うなんて思わなかった♪

いつのまにか、ぼくの心の一番深い部分に君が入り込んでいたよ♪

君の笑顔が、君の笑い声が、ぼくを幸せにする♪

君の瞳が、君の吐息が、ぼくを人間にする♪

たった一人の、ぼくの大切な君♪』

「………誰かを想って書いた詩か?」

清十郎の言葉に、おれは少し笑う。

「いや、好きな人ができたらこんな感じなのかなって思って書いた歌」

ーー正確には、おれが最推しの西園寺凛に向けて書いた歌だけどな!

「凛にそんな風に想われるのって、誰なんだろうね」

優の言葉に、おれは苦笑いをする。

「……どうだろうな。正直、今彼女とか欲しいと思ったことない」

こんなイケメンに囲まれて、おれ自身イケメンに生まれて、もうそれだけで大満足なんですよね。

それに、このメンバーより好きになれる女の子って、相当好きにならないと無理なんじゃないかな……。

う、おれ根っからの腐男子……。

「おれ、皆と居られる今が一番楽しいんだよなあ」

おれの言葉に皆の時が止まったように、シンと部屋が静まり返る。

え、なんかおれ間違えた?

まさか、皆はもう彼女とかいて、こんな事思ってるのおれだけだったりするの?

え、だとしたら死ぬ程恥ずかしいんですけど!

そういややたらとキスも上手かったし、彼女の一人や二人(……はまずいか)は居てもおかしくないよね?

こいつ、彼女も作らないで男友達と連んで楽しいとかガキか!って思われてたりする?!

おれは恐る恐るアイスノンの下から皆の様子を伺う。

皆それぞれ下を向いたり、上を向いたり、口を押さえたり、額を抑えたり、頭を抱えたりしている。

これは、どう解釈したら良いんだ!

おれは、何も気が付かなかった事にして、この話題を打ち切る事にした。

「さ、さっきの歌だけどさ。今度のドラマの挿入歌なんだ。それで書き下ろした」

「……へえ、そうなんだ」

よし、話は逸れたな。

主題歌のhappinessは作者が書き下ろした歌だけど、挿入歌は二曲共おれが書き下ろしてるのだ。

「でもまあAshurA名義じゃないからレコード化はされないんだよなー」

「え?happinessは?」

「わかんない」

まあ、もしかしたらA面happiness、B面挿入歌二曲とかで配信されたりはするかもしれないけど……。

「わかんないって…勿体なくない?」

「んー……おれさ、音楽活動はAshurAありきで考えてるから……ソロ活動とかあんまり考えてないんだよな」

「……」

「……」

「……」

「……」

「え、なにこの間?!」

おれ、今のに関しては変なこと言ってないよな?

「あー…一番ソロ活動でも出来そうなやつがそれを言うかー!」

「え?!」

「あのね、凛。AshurAの正真正銘エースはおまえなの。歌もダンスも抜群。作詞作曲もできる」

「ハッキリ言って、おれは歳をとればダンスは今のクオリティを保つのは難しくなる。しかし、おまえのヴォーカルは違うだろう?」

「おれのラップだって、メインヴォーカルあってこそで、ラップだけじゃなかなか厳しいのよー?」

「おれのダンスだって清十郎と同じだよ」

え、あれ?

皆そんなこと思ってたの?

おれはあまりの事にポカンとしてしまった。

「だってさ……優だって作曲も編曲も出来るじゃん?優の編曲無しじゃ曲は成り立たないよ。清十郎のダンスだって、マイケル・ジャクソンの年齢まで後何年ある?まだまだ全然先じゃん?翔太のラップだって、今ドンドンきてるじゃん!その中でピカイチの実力なんだから自信持てよ!一哉はもう誰が見たって王子様のダンスにモデル、二足の草鞋履きこなしてるじゃん?おれが一人で大丈夫なんてそんなこと言うなよ。おれはずっとこのメンバーでやっていきたいよ」

おれは一気に言いたいことを言い切ると、ふうと息をついた。

「おまえって本当……」 

「天性のたらしだな」

「たらしって言うな!」

「違うのかよ」

「全然ちがう!おれはな、おまえたち全員のファン一号なんだよ!誰よりも、どのファンよりもおれはおまえたちが好きなんだよ!」

クソ恥ずかしいセリフだけど、言ってやった。

言われた方も恥ずかしいと見えて、皆後ろを向いて顔を隠している。

へん、ざまあみろ。

おれのこと除け者にしようとするからだ。

言っておくけどな、おれは前世からおまえたちのファンなんだからな!

古参なめんな!

「……っふ!ふははは」

突如、敦士が笑い出す。

「さすが、凛さん!その言い切りっぷり、凄いです!」

「……ふっ」

「……っはは」

「あはっ」

「にゃはっ!」

敦士につられて、皆が笑い出す。

そう、この空間がおれは好きなんだ。

だから……脅迫犯がこの空間を壊すのだとしたら、おれはそれを許さない。

断固として立ち向かって見せる。

おれは、拳を握りしめると、強く決意をした。

脅迫犯なんかに、おれは、負けない!

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