脅迫状パニック②
「は?おれにドラマの仕事?」
テレビ局の楽屋で一人呼び出されたおれは、敦士から聞いた話に口をぽかんと開けた。
降って湧いたような話におれは混乱する。
自慢じゃ無いけど、おれは歌とダンス専門で演技なんてしたことないぞ?
「人気小説が原作のドラマなんですけど……作者が原作段階から主人公の一人を凛さんで当て書きしたらしくて」
そう言うと、敦士はおれに一冊の本を差し出す。
『
うわ、知ってる。
めちゃくちゃ有名なボーイズラブ小説じゃん!
流石に凛になってからは買ってないけど、この人がデビュー当時…おれが雅紀の時に読んでたんだよなぁ。
ていうか、この主人公おれを当て書きしてたの?!
おれは動揺を隠せずに本と敦士を見比べると、おほんと咳払いをする。
「これ、ボーイズラブ小説ってやつだよな?」
おれの言葉に、敦士は苦笑いをした。
「あ、知ってました?」
「知ってる、今有名じゃん。しょっちゅうスマホの広告に出てくるからな」
うそ、ごめんなさい。
本当はこの作者がこんなに有名になる前から読んでました。
おれはそんな事を顔には出さずに、本をパラパラと捲る。
「……で、どんな役?」
「ええと……主人公の一人で、その……男同士で愛し合う役というか」
まあ、ボーイズラブ小説ですからね?
そうでしょうね!
おれの動揺を読み取った敦士が、慌てて取り繕う。
「あっ!でも、話はすごく良いんですよ!歌手を目指す大学生と芸能プロデューサーの運命の恋というか、切ない恋物語なんです!」
ええ知ってますよ。
すごい切ないお話書く人ですもん!
そんで、ラストが大抵濡れ場で、その濡れ場なんてもう……濡れ場?!
パラパラと本を捲るおれの指が濡れ場のシーンの挿絵のページで止まる。
と、敦士の視線もそこで止まり、そのあと面白いほどに視線を彷徨わせる。
「これ……」
「いや!実際の現場はここまではしないと思います!……多分」
多分かよ!
いやね、おれが一視聴者なら『やれやれもっとやれ!』って言ったと思うよ?
けど、おれは腐男子だけど、おれ自身男とイチャイチャしたいかって言われるとそれはちょっと違うわけで…。
「なあ、敦士…この仕事、絶対受けなきゃダメ?」
おれの言葉に敦士はその大きな目を悲壮感たっぷりに細め、バンと机に手をついた。
「凛さん!ドラマ化するにあたって、作者がどうしてもメインキャストは自分の希望通りじゃ無いと嫌だと言ってまして!」
敦士は更にずいっとおれの方に身を乗り出す。
「それに、このドラマ企画はうちの事務所の今年の目玉案件なんです!どうか、そんなこと言わずに台本だけでも読んでください!!」
あ、熱い…。
敦士ってこんなキャラだっけ?
おれは敦士の肩を押さえると、取りあえず落ち着くように促す。
「わ、わかった。とりあえずもう少し話を聞いてみよう……」
「本当ですか?!」
「いや、まだやるとは言ってないぞ?」
「はい!まずは話を聞いてください」
敦士はそう言うと台本を取り出す。
ていうか、すでに台本ができてんのかよ。
「凛さんの役は『
うっわー。
そうかなとは思ったけどやっぱり受か!!
「凛さんの歌唱力で、瑞樹のポテンシャルを表現して欲しいです!!」
「歌うシーンあるの?」
「歌手の卵ですからね」
そりゃそうだな。
「お相手は『
うわ、
なんだったかの受賞式のパーティーくらいでしか面識ないけど、めっちゃ男前だったんだよなぁ。
「瑞樹のライバル役は
神谷聖陽も名和プロの有名俳優だ。
クールなツンデレ役をやらせたら天下一品と言われていたな。
それから、敦士は他の何人かのメインキャストを挙げていく。
そのだれもかれも今をときめく人気俳優だ。
「本当に目玉企画なんだな…」
「そうなんです!だから、凛さん!やらないなんて言わないでください!!MARS代表として!」
「いや、それとこれとは話が違……」
「なんだ、やってくれないのか?」
突然おれの台詞を遮った声に、おれはギョッとして振り返る。
「く、久我さん……」
開け放たれていた楽屋のドアに、優雅に腕を組んでこちらを眺めている久我拓海その人がいた。
うっわ……格好良すぎる、大人の魅力全開。
確かこの人まだ三十歳とかじゃなかった?
何なのこの色気。
「おれはこの役、受ける気満々なのにな」
「えっ?!」
そう言うと、クックッっと笑う。
「だって、難しい役ほど燃えるだろ。それに、君との共演も楽しみにしてたんだ」
「……」
だめだ、あまりの迫力に頷いてしまいかけた。
「それに、他の俳優仲間も受けるって言ってたぞ」
なんて事だ、既に外堀が埋められつつある…。
「いや、おれ演技経験ないし……」
「個人レッスンしてあげるよ」
おい、敦士!
横でうんうん頷いてるんじゃないぞ!
「わ、わかりました……とりあえず台本を読んでみてからでも良いですか?」
おれは、仕方なく妥協案を出す。
「ふふ、楽しみにしてるよ」
そういうことになってしまった。
「は?ドラマ?凛が?」
案の定、メンバーの反応は『なんで?』というものだった。
「そう……今流行りのボ、ボーイズラブ小説のドラマ版」
おれの言葉に、もう我慢できないとばかりに翔太が吹き出す。
「ちょ、マジでウケる!ボーイズラブ!凛が!」
「おれだって嘘だと思いたいよ!」
おれの悲痛な叫びに、真面目な顔で清十郎が答える。
「……凛がそんなに嫌なら、断っても良いんじゃないか?」
「んー…おれもそう思う」
珍しく意見が合ったようで、優も清十郎の言葉に頷いた。
「嫌っていうか……演技だけでも初めてなのに、なんでボーイズラブ…って思ったらさ…」
おれはため息をつくと、メンバー唯一の演技経験者の一哉に意見を求める。
「一哉はどう思う?おれに演技とか……無理だと思わない?」
おれの言葉に、今まで黙っていた一哉が真面目な顔で答えた。
「そうだな……ハッキリ言えば、お前演技はできると思うよ。悔しいけど器用だもんな」
「は?」
え、一哉っておれの事そんなふうに思ってたの?
やだ意外。
「プロモ撮影の時から思ってたけど、才能あると思う……けど」
「けど?」
一哉はなんと言って良いものかと思案したような顔でしばらく考えると、おれの方に視線をよこした。
「おまえ、多分憑依役者タイプなんだよなぁ」
「憑依役者?」
「ああ。役者ってのは大きく分けて2パターンあって……役を理論的に調べて分析して作り込んでいく俳優と、その役に心底なりきって
あ、なんとなくわかる。
おれ、本とか読んでても主人公とかに自己投影しちゃうタイプなんだよなー。
「で、それの何が問題なんだよ?」
一哉はそのサラサラの金髪をかきあげると、小さくため息をついた。
「問題というか……その役をやってる期間はその役になりきってるわけだから、本気で相手に恋しちまったりするんだよ」
「へ?」
「プロの俳優はそのあたり心得てて、ちゃんとオンオフ切り替えができるけど、おまえは演技経験が浅いからその切り替えができるかどうか……」
一哉の言葉に、優と清十郎が眉を顰める。
「え、それって……リアルボーイズラブになるって事?」
「可能性だけどな」
一哉はそういうとそれきり黙ってしまった。
妙な沈黙がこの場を支配する。
やめろよ、皆黙るなよ。
やっぱりおれがそんなふうになったらみんな気持ち悪いって事だよな?
皆からシカトさせるとか……うう、嫌だ!
「やっぱり……受けるのやめようかな」
「ちょっと!皆さん、なに凛さんのやる気削ぐような事言ってるんですか!ネガティヴキャンペーンダメ!絶対!」
敦士はそう言うと、おれの肩をバンと叩いた。
「大丈夫です凛さん!オンとオフの切り替えはおれがちゃんと撮影終わりに切り替えさせます!凛さんは凛さん!瑞樹は瑞樹!」
「おい、なに凛をけしかけてんだよ」
優が不満げにそう言うと、敦士は優の方を振り返る。
「皆さんは、凛さんの新しい魅力…演技という境地を見たくないんですか?!」
「いや、それは……」
「おれは見たい!!凛さんの演技する姿を!」
「そう言われちゃうとなー。確かに見てみたいよなー」
翔太がニヤニヤしながら頷く。
「ですよね?!」
「いや、それはそれとして役が……」
優の言葉を遮るように敦士はおれを振り返る。
「ね!凛さん!受けますよね!」
肩をガクガクと揺らされながらそう問われ、おれは思わず……本当に思わず、頷いてしまった。
「わ、わかったよ…」
「凛!」
清十郎は眉根を寄せておれの名前を呼ぶが、敦士はもう聞いていない。
「聞きましたよ凛さん!全12回がんばりましょうね!」
敦士は飛び跳ねる勢いで楽屋を出て行く。
「いいのか、凛」
清十郎の言葉に、おれは苦笑いをする。
「まあ、やれるだけやってみるよ。一哉が言うほどおれが演技にのめり込むかどうかもわかんないし……万が一の時は…どうすっかなぁ」
「ーーわかった。万が一の時は、おれが引き戻してやる」
清十郎の真剣な瞳に、おれはドキドキする。
も、もしかしてそれって殴ったりして気を取り戻させてくれる気かな……頼むから顔はやめて……。
「そ、その時は手加減よろしくな?」
「加減はできん。覚悟しておけ」
やっぱり本気殴りする気じゃね?!
こ、こわーー!
なるべく憑依しないようにしよ!!
「ぷっ!清なんか勘違いされてる、マジウケる」
「……」
「勘違い?」
「いーの。凛は気にしなくて」
かくして、おれはドラマ初主演が決まったのである。
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