第54話 俺の内にあるもの

 強い日差しと柔らかい風に当たりながら俺はあたりを見渡す。

 すると、見慣れたポニーテールをすぐに見つける。

 彼女はカラオケ屋を出たところ、入り口前の広いスペースにいた。


「よう、椎名」


「杉野?」


 声をかけると驚いた様子でこちらを向いた。


 やべぇ、何も考えてないや。

 特に何か策を考えて椎名のところに来たわけではない。

 話さなければならないと思ったからだ。


 しかし不思議と気分は緊張よりも高揚の方があった。


「……意外だわ。樫田の方に行ったから、こっちには来ないと思っていたわ」


「そりゃ、あれだ。活を入れてもらったんだよ」


「カツ?」


「そう活力。どうしていいか迷ってな」


「そうだったのね。それで? 迷いは晴れたのかしら」


 何かを推し量るための問いを投げかける椎名。

 ここにいる意味を投げかけられたようだった。

 いつもなら怖さやら苦手意識やらがあっただろうが、今の俺は特に気にしなかった。


「いいや、全く晴れない。曇りっぱなしだ!」


「…………は?」


 口を開けて固まる椎名。

 よっぽど予想外の答えだったのか、それとも俺が堂々と言ったからか。

 どっちかっていうと後者か。

 けど、すぐに真剣な表情になった。


「じゃあ何しに来たのかしら」


「そんなん、話すために決まってるじゃん」


 俺のその言葉に、椎名は少しイラつきを見せた。


「話す? 答えの出した私と答えの迷っているあなたで?」


「ああ、そうだ。でも話すのは、それじゃない」


「?」


 何を言っているんだこいつは、みたい顔でこちらを見てくる。

 確かに今から俺が言うことは荒唐無稽かもしれない。




 それでも、言え。




 嫌われようが、揉めようが、今ここで本音を言わないと後悔をするってんなら。




 胸張って、ニヒルに笑って三枚目になろうぜ、俺。




「今ここで話すのは、だ」



「!」



 止まるな、言え、言っちまえ。



 デタラメで、ハチャメチャで構わない。



 思いつく限りの本音を言え。



「今ここで大槻を切り捨てることは、たぶんできる。でもその先の部活は何だ? 始めて椎名から全国の話聞いたときも、大槻と山路を辞めさせるかどうかって話したよな。あの時俺が言った『人を排除していった集団は必ず衰退する』って覚えているか?」


「……ええ」


「俺の考えは変わらない…………けど、けどもしその方が全国に行けるってんなら俺は椎名。お前に賛同する」


「…………本気なの?」


「ああ、本気だ。椎名こそ忘れたのか? 俺たちの目的は全国優勝だろ」


「それは……」


「なら、大槻がどうのこうのは二の次だ。その結果部活がどうなるかが問題だ。ここで大槻を許さないことで得るものは何だ? それは全国に行くために必要なのか?」


「…………」


 椎名がじっと俺を見る。

 覚悟の確認か、信念の見極めか。

 ほんの数秒、周りが静かになる。


「そう、ね。あなたの言うことも一理あるわ」


 真剣な表情を崩さずに、椎名は言う。

 その言葉に、肩の力が抜けそうになったが、そうはいかなかった。


「けど、私は大槻の行動は許せないわ」


 それを感情論だと言って論破することは簡単かもしれない。

 だが、その気持ちが分かってしまうからか、うまく言葉が出なかった。


「確かに、私の……いえ、私たちの目的のためには、そういうことを取った方がいいのかもしれない。集団として誰かが辞めたという事実を作ってしまうことがどういう影響を及ぼすか、何よりそれによってみんながモチベーションにどう関わるか、正直計り知れないわ」


「なら……!」


「でも、それをいうなら佐恵の気持ちは? 私や樫田のこの感情はどこにぶつければいいの?」


「……っ!」


 それは悲痛な叫びで、彼女の葛藤だった。

 弱弱しい表情の椎名を見ると、胸が苦しくなる。


 そうだよな。誰も好きで人を拒絶しているわけじゃないよな。


 椎名は椎名なりに、部活のことを、大切な友達のことを考えて発言している。


 分かっている。分かっているけど! 止まるな俺!


 嫌われることを恐れるな!


「じゃあ、椎名は夏村の涙の意味を知っているのか?」


「なんですって」


「夏村の青春を知っているのか?」


「青春……?」


「俺は知っているぞ。あいつが今のありふれた日常を青春って言っていたことを」


「それが――」


 椎名がなにかを言おうとする。

 それが疑問なのか反論なのかも気にせず、俺は遮って続ける。


「あいつは、お前と増倉が言い争ったり大槻や山路がサボったりしている日常でも、それでも楽しいって、劇のことをみんなで言い合う今が青春って感じだって言ってんだよ!」


 声が枯れかける。口が止まると唇が震える。

 一瞬でも気が抜けると何言っているか分からなくなりそうだ。


「そんなあいつの涙の意味が分かるのか? 椎名の思うそれが夏村の本当の気持ちなのか?」


「…………」


「それに、椎名や樫田と同じ感情を、増倉や俺が持ってないわけないだろ」


「あなた、どうして私と栞の話聞いてそう言えるの?」


「だって、お前ら辛そうじゃん」


 当たり前だろそんなの。

 あの言い争いは、二人が苦しそう見てられなかった。


「違うっていうなら笑えよ。俺には椎名、お前は必死に許そうとして、でも考えれば考えるほど許せないから、自分の口から辞めさせようって言ったんだろ。他の人に言わせないために。他の人が言ったら本当に許せなくなるもんな。それに増倉は許せないのを必死に誤魔化そうとして、みんなで話し合って許せる何かを探しているように見えたよ」


「何を知ったように」


「知っているさ。だってお前ら部活好きじゃん」


「…………!」


「いつもいつも、部活のこと考えて一喜一憂してさ」


「ズルいわね」


「え?」


「そんなこと言われて、笑えるわけないじゃない」


 そういう椎名の声は震えていた。

 しかし目じりに溜めた涙を手でふくと、真面目な表情になった。


「杉野、あなたから聞いてないことがあるわ」


「聞いてない?」


「あなたは大槻を許せるの?」


「いや、許さん」


 俺は即答で、きっぱりと言った。

 あまりにも早すぎたのか、一瞬固まる椎名。

 そして驚いた顔になる。

 まぁ、そうですよね。


「一発殴っても許せないだろうし、たぶんもう昔には戻れない。俺は大槻をそういうやつとして見てしまう」


 俺の言葉を辛そうに聞いている。

 二人の言い争いを苦しく聞いていた俺みたいだった。


「でも、もし大槻とまた劇ができるならしたいとも思っている」


「…………そう。そうね。私もそうだわ」


 何かを納得するように、椎名はそう言った。

 その様子は、少し穏やかにも見えた。


「けど、それは佐恵の気持ち、そして私たちもみんなの意志を確認してからだわ」


「ああ」


 今ここで結論付けることではないと、そういうことだろう。

 俺は頷いて肯定する。

 これは部活の問題であり、誰かの意見だけでは解決しない。


「さっき言っていたから分かっているとは思うけど、栞も大槻を許しているわけではないわ」


「そうだな」


「樫田も、きっと一筋縄では納得しないわ」


「だろうな」


「何より、佐恵の気持ち一つで結論は変わるわ」


「もちろんだ」


「それでも、あなたは大槻と部活がしたいというのね?」


 最終確認のように、じっと俺の瞳を覗かれる。

 けど、今の俺に迷いはなかった。



「ああ、それが全国行くのに必要なことだと思うし、何より俺のだ」





 そうだ。俺が好きな平穏は、みんながいてこそだ。

 俺だって思うところはある。けどその上で、やっぱりみんなで劇をして、表現していたい。

 内からの衝撃。どうしようもない俺の渇望。


 そんなことを思い、俺と椎名はカラオケ屋へ戻った。

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