第35話 テーブルトーク3

 我ながら池本とも金子とも良い会話ができたと評価をしている。

 金子とは序盤こそ真面目な感じになってしまったが、後半は楽しく話ができた。

 まさか乾杯をもう一回やるとは思わなかったが……。


「失礼しますー、盛り上がってますかぁ?」


 田島は楽しそうに笑いながら、夏村の横に座った。

 はい。最後は田島後輩です。

 愛嬌ある笑顔で、夏村の横に座った。


「さっき杉野が乾杯で氷点下を作った」


「マジですか。氷河期ですか」


 おい夏村、乾杯については池本のときに終わったでしょ。だから金子の時の乾杯については止めて!


「……あれはなかったね」


「えー、見てみたいです杉野先輩ぃ」


 え、なんでそんなにワクワクできるの? 悪魔?


「……だが断る」


「それぇ、使い方間違ってますよぉ」


「池本のやつで調子に乗った」


「……さっきのは酷かったね」


 敵しかいねぇ! 非難GO!GO!だ!(俺がこの言葉を間違って覚えていたことを知るのはずっと先の話である)。

 ただ自分でもアレは酷いとは思うけど。


「まぁ、嫌ならしょうがないですねぇ。代わりに他の話題下さいー」


 え、天使? 田島めっちゃ良いやつじゃん。

 蜘蛛の糸かよ(俺がこの言葉の意味を知るのは、もっと先の話である)。

 話題か、どうしよう。何を聞こうか。

 池本には部活動紹介の劇について。

 金子には演劇部に入った理由。

 先ほどまでの二人それぞれに聞いたことが頭をよぎった。


 …………。


 なんとなく浮かんだ言葉を口に出す。


「そういえば、田島って中学でも演劇部だったんだよな?」


「そうですよぉー、私の情報は高いですよー」


 楽しそうなドヤ顔に対してテーブルの下で拳を握る。

 許せ俺、後輩の言うことだ。


「高校でも演劇部やるってことは演劇好きなのか?」


 ふと、気になったのはそんなことだった。

 なぜそんなことを聞いたのか、明確な理由はない。

 あるとすればフードコートで会った時に、全国大会について聞いたあの表情が浮かんだからだろうか。


「……もう、話題にすらならないじゃないですか、そんなの二秒で終わっちゃいますよ」


 決して笑顔崩さない。

 そして好きとも嫌いとも言わない。


「あ、お肉あんまりないじゃないですか。何か頼みましょうか」


「……僕がやるよ、夏村メニューくれる?」


「はい」


 木崎先輩はメニューを見て、店員さんを呼ぶ。

 追加を頼んでいる間、俺たちは黙った。


『高校生は思った以上に難しいぞ』


 あの時に樫田は田島にそう助言していた。

 たぶん俺には分からないこと。

 田島は変わらず笑顔だ。表面上は何も問題ない。

 では、内面は? 俺はどこまで踏み込んだ質問をした?


 池本のような、憧れて自分もやろうということではない。

 金子のような、新しい自分になろうということではない。


 田島の秘めたる想いはなんだ?

 樫田ならわかるのか。


『杉野んはあんま周り見えないところが問題だよね』


 なぜか面談での轟先輩の言葉が蘇る。

 周りか。とはいえこのテーブルには、あと夏村――目が合った。


 ああ、そうか。


 俺が小さく頷くと、夏村の視線が俺から田島へ移る。

 丁度いいタイミングで、木崎先輩が注文を終えた。

 夏村の視線に、田島が気づく。


「先輩?」


「田島、演劇が嫌い?」


 ストレートな物言い。心配の声音。

 対して変わらない表情。だが辛そうな笑顔だ。

 田島の視線が肉を焼いている網の方へ、その目は空を見ていた。


「…………分からないんですよね」


 ぽつりと語りだす。


「我ながらバカなんですよ。あんな思いしたのに、先輩たちの劇見たら…………そう、何かが燃えたんですよ。もう自分の中には塵しか残ってないと思ったのに、在ったんだなぁって」


 過去の彼女は分からない。けど、今の田島は少し、分かる。


「高校入ったら、適当な部活して彼氏作ったり学校行事全力でやったり、とにかく青春を謳歌するんだって決めていたんですけどねぇ。クラスでは一番元気で誰にでも気さくな人気者、放課後は彼氏とか友達とかと遊んで、文化祭も修学旅行も誰よりもはしゃいで。誰とでも楽しく話して、誰であっても真剣に遊んで、誰の相談にでも乗る。春も夏も秋も冬もそれぞれに思い出がある。そんな、あっという間の三年間にするんだって……。

 でも私は勝手に解釈して、勝手に理想を抱いて、勝手に私は――先輩?」


 夏村が横から抱きしめて、田島の頭を自分の胸に寄せた。


「分かる」


「……でも、先輩演劇好きじゃないですか」


「そう、演劇以外嫌いだった」


「ああ私と真逆ですね」


「勝手な理想を抱いてた」


「今も演劇以外嫌いですか?」


「嫌い。でもあそこは好きになれた」


「なれますかね、私も」


「大丈夫」


 田島が夏村の胸に顔をうずめる。

 何の音もせずに、静かに泣いていた。

 俺たちは、黙ってそれを見守った。



 ~~~~~~~~~~~



「すみません。お騒がせしました」


 目元を手で触りながら、田島は謝った。

 夏村が頭を撫でている。


「いや、なんか無神経な質問だったか?」


「そんなことないです。やっぱり杉野先輩はすごいですね」


「……やっぱり?」


 木崎先輩が聞き返す。

 自分でいうのもアレだが、確かに田島が俺を凄いと思うような出来事あったか?


「この前のフードコートの帰りに、樫田先輩に教えて頂きました。『杉野は平然と土足で人の心に入ってくる』って」


「それ、褒めてないじゃん」


 俺が苦笑すると、田島は慌てて補足した。


「違いますよ! ここからです。『そんで、人の言ってほしい一言を、言ってほしい時に、言ってほしいように言えるんだよ、あいつは』そうおっしゃってましたよ」


「そうかぁ~?」


 そんな経験はない。たぶん、同姓の誰かの話だろ。

 横からめっちゃ大きなため息の音聞こえたけど気のせいだろう。

 夏村がかつてないほどの呆れた視線を向けてくるが、俺の考え過ぎだろう。


「……これは酷い」


「え、自覚なし何ですか?」


「杉野はこういうやつ。鋭いなまくら」


 鋭いなまくらって……。あなたの言葉の切れ味は最高だけどな。

 人の言ってほしい一言か。

 そんなものを言えるなら苦労はないと思うけどな。


「本当に土足で入ってこられるとは思っていませんでした」


「悪かったよ」


「違いますよ、先輩」


「ん?」


 泣き笑いを浮かべ、田島は言う。


「あの一瞬、杉野先輩は私の心の殻で一番脆いところを的確にこじ開けたんですよ。それが悪意じゃないことぐらい私にも分かりますよ」


 なまくらな俺にも分かった。これは感謝だ。

 きっと田島は本当のことを誰にも言うつもりはなかったのだろう。

 それだけの籠めたことを言ったんだ。

 立派だと思う。


「ありがとう、そりゃなによりだ」


 だから俺は、感謝と敬意を持って笑った。

 笑い返された田島の笑顔に、いつもの愛嬌はなかった。

 どちらかというと、愛想のある素敵な笑顔だった。

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