第26話 エチュード3

 時間?


 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、みんな不思議そうな顔をしていた。

 樫田は気にせず、話を進める。


「初めに評論だけ言っとくと、三人とも時間内に終わらせようしなかっただろ。それが一番気になったことだな」


 その言葉に、言われた三人の意見はばらばらだった。


「意識しなかった」


「言われてみればそうね」


「でもよ、エチュードで時間を気にする必要があるか?」


 特に大槻は樫田の評論に異議を唱えた。


「確かに大槻の言う通り、エチュードは即興性を主としているから時間については二の次かもしれない。けど高校演劇は一時間という短い時間の中で劇を終わらせなければならない」


 樫田の意見にみんなが耳を傾け、真剣に聞いている。


「場合によってはこっからここまで何分間で演じろって、決められる時もあるだろう。その時も同じことが言えるか?」


「……」


「エチュードだからって本番を想定しないというのはダメだろう」


「言いたいことはわかった。でもだからといって今回のエチュードは三分じゃ終わりきらなかった」


 樫田の意見に今度は夏村が反論を言った。


「まぁ、そうだな。じゃあ聞くが反省点はないのか? 三分で終わらないならどうしてそうなったのか、また本当に三分で終わらなかったのか考えたか? 例えば……そうだな。言い争いのときのテンポはあれで良かったのか? 相手のセリフを待たずに言っても良かったんじゃないか?」


「……わかった。反省点はあった」


 夏村は短くそう言った。

 どうやら納得したらしい。

 樫田の話は続く。


「もちろん、長く時間をかなきゃいけない場面もある。けどそれは時と場合による。演劇において時間は貴重だ。何もしないその間すらも劇の一部になるし、テンポやリズムの早さ遅さで印象が変わってきたりもする」


 ああ、その通りだ。演劇において時間をどう使うかは大切なことだ。

 その点を考えると、さっきのエチュードは時間を考えずやりたいようにしかやっていなかった。

 樫田の評論に三人の顔が少し暗くなっていた。

 それを感じたのか、樫田は話を変える。


「まぁ、もちろん良かった点も沢山あった。さっきのやつに比べて具体的なことを言ってたし、間をとったり言い争ったりと緩急をしっかりつけていた。それに物語的にも転換があって良かったぞ」


「そうね。ありがとう」


 増倉が礼を言う。


「さてと、じゃあ俺たちのエチュードは終わったし、一年生たちもやるか!」


 大槻が気持ちを切り替えるかのようにそう言った。


「そうね」


 夏村が同意する。


「え……ええええええ!!??」


「っす! 無理っすよ!」


「いきなりですね」


 一年生の内、池本と金子は驚き否定し、田島は笑顔を浮かべながらそんなことを言った。


「大丈夫大丈夫、始めはできなくて当たり前だし、一分だけだから」


 樫田がそう言いながら、一年生たちを舞台の方に誘導する。

 渋っていた一年生たちだが、田島が舞台に行く、他の二人もゆっくりと歩いていく。


「お題どうする?」


「学校とかでいいんじゃね?」


 夏村の質問に大槻が適当に答える。


「よし、学校でいくか」


 樫田が大槻の意見を即座に採用する。

 おいおい、そんな簡単に決めていいのかよ。


「それじゃあ、いくぞ。よーい、はい!」


 うろたえる一年生たちを気にせず、樫田が始めた。





 ――――――――――――――――





 ……結論を言おう。酷かった。

 まぁ、初めてだし仕方ないんだが。

 池本と金子はまともに会話はできず動きもぎこちなく、田島がなんとかサポートしようとするが駄目だった。

 一分の四十五秒は沈黙、他も田島が少し喋ったぐらいだろう。


「……」


 これじゃあ、評論も何もあったもんじゃない。

 だが、樫田は笑顔だった。


「最初は誰だってそんなもんさ。演じろって言われてすぐできるやつはいない。どうだ、一分間が長く感じただろ」


 樫田の言葉に池本と金子は大きくうなずいた。


「今はそれだけ実感できればいいさ。専門的なことや技術的なことは追々だな」


 そうまとめると樫田は「さてと」と話を変える。


「エチュードが終わったわけだが、どうする?」


「……」


 その答えを誰も言わなかった。

 どうしたものか。まだ部活を終えるには時間があるんだよなぁ。

 一番最初に提案したのは大槻だった。


「じゃあ、もう一回エチュードやるか?」


「いや、それはキツイでしょ、それより基本的な用語とか教えたら?」


 増倉が大槻の意見を否定し、他の案を言う。


「それこそ、後で紙にまとめたりして渡した方がいい。もう誰が先輩たち呼んできて次の指示を聞いた方が早い」


「でもさー、先輩たちにいない間のこと頼まれたんだよー。それなのに」


「別にいいんじゃないかしら。全く何もやらなかったわけじゃないし」


 今度は夏村が増倉の意見を否定し、他の案を言う。

 更に山路や椎名が意見を言う。

 完全に収拾がつかなくなっていた。

 そんなときだった。


「ハロー! エブリバディ! 盛り上がっているかいー!」


 思いっきり扉を開け、轟先輩が入ってきた。

 屈託のない笑顔での登場である。


「…………」


 対して俺たちは唖然としていた。


「……だから言ったのに」


 轟先輩の後ろから木崎先輩が大量の紙を持ちながらそう呟き歩いてきた。

 ああ、木崎先輩は止めたんだろうな。


「なに静まり返ってんだいユーたち! 樫田ん! これはどうゆう状況だい!?」


「とりあえずエチュードやって、それが終わって次何しようか話し合っていたところですよ」


「じゃあなぜこんなに静かなんだい!?」


「轟先輩が急に現れてみんなびっくりしているんですよ」


「あ、私のせい? これは失敬失敬」


 そういってなぜか照れる轟先輩。


「でもちょうど良かったわ。先輩、次何しましょうか」


 切り替えたように椎名が真剣な表情で聞いた。


「おおっと! なるほど香菜ん! じゃあグットタイミングだ! 春大会用の台本持ってきたぜ!」


「「「!!!」」」


 春大会用の台本! 

 一瞬、何人かの雰囲気が真剣になるが、それすら轟先輩の流れに飲まれる。


「おおっと、殺気がすごいな! しかーし! 私はそんなのには負けないぞ!」


 何やらわけのわからないことを言う轟先輩。


「台本ってどんな感じですか?」


「そうです。どんな話なんですか?」


「オーケー! オーケー! 慌てなーい!」


 増倉と椎名の質問に手を前に出し、轟先輩が静止させる。


「それより前にやることがあるでしょ!」


 ? やること?


「あー」


 俺が首をひねっていると、樫田が納得したような声を上げる。

 え、何だよ。やることって。


「あー、その顔は杉野ん、分かってないな!」


 ギクリ、これではまた鈍感とか言われてしまう。

 考えろ、考えろ俺。え、だめだ分かんね。


「ほら、去年俺たちもやって貰っただろゴールデンウィークに」


 横で樫田がヒントをくれた。

 ? 去年のゴールデンウィークは確か……


「あー、新入生――」


「そう!今年も新入生歓迎会の季節がやってきたんだよ! 諸君!」


 俺が答えを言おうとしたのに轟先輩が割り込んで元気よくそう言った。

 いや、言わせないのかよ。


「はい! 拍手!」


 俺たちはなぜか拍手をさせられる。

 パチパチパチ。


「んじゃあ! 日程とか細かいことは後日決めるからとりあえず二年生は一年生をグループに招待して、友だち追加は全員しとくように!」


 轟先輩がテキパキと指示を出す。


「台本は渡すから各自で読んどくように! では今日はちょっと早いけど解散!」

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