第23話 そうだエチュードをやろう

「どうしたんだ椎名」


 樫田は笑顔を崩さずに聞いた。

 それに対して椎名は真剣な表情だった。

 みんなの視線が椎名に集まる。


「大会まで時間がないのだから、レクリエーションをするのはどうかと思うわ」


 それは真っ向からの反論だった。

 みんなが樫田の指示に従い、レクリエーションを考える中、椎名はその意見を否定し別のことを進めた。


「けどよー。レクリエーションをやらなかったら、何やるんだ?」


 椎名の意見に対してまず言ってきたのは樫田ではなく大槻だった。

 その疑問はもっともだった。意見を否定するのならば代案が必要となる。椎名はそれをまだ言っていない。


「それは…………外郎売ういろううりとか、あと去年、校内公演でやった劇の読み稽古でもいいと思うわ」

「確かに、読み稽古の方が演劇部の練習らしい」


 意外なことに、椎名に賛同したのは夏村だった。

 あ、でも夏村ってレクリエーションとか好きじゃなかったはず……。単純に、自分が読み稽古をしたいのだろう。


「私はレクリエーションの方がいいと思う。いきなり読み稽古したって仕方ないし、まず雰囲気を楽しくしたり、肩の力抜かせないと」


 すかさず、増倉が自分の意見を言ってきた。

 確かにいきなり読み稽古をしたところで、役作りや感覚を掴めるとも思えない。それにその考えも間違っていない。雰囲気作りは大切だ。


「そうだねー。僕たちの時も始めはレクリエーションだったし、いきなり読み稽古はきついんじゃない?」


 今度は山路が増倉の意見に乗る形で自分の意見を言った。

 自分たちの時もそうだったから、そうすべき。単純だが説得力としては十分だった。だがしかし、椎名は納得しなかった。


「それは、私たちの時は新入部員の方が人数が多くて、面倒見切れなくて指導が行き届かなかったからよ。だから大人数でもできるレクリエーションにしたのよ。今年は新入部員三人に二年生が七人よ。指導するには十分よ」


 なんとか反論するが、山路や増倉に納得した様子はない。


「大槻と杉野はどう思う?」


 樫田が、俺たちに意見を求めてきた。

 二年生で明確に意見を言ってないのは俺と大槻だけだった。


「オレはどっちでもいいぜ。レクリエーションでも読み稽古でも」


 先に意見を言ったのは大槻だった。

 どっちでもいいらしい。まぁ、大槻らしいといえば大槻らしいか。

 樫田が俺を見る。どうやら俺の答えを待っているらしい。

 椎名の方を一瞬見ると、彼女は小さくうなずく。

 俺は椎名の意図を理解し、できるだけ優しく言った。


「そうだな。読み稽古でもいいんじゃないか? ほら、やってみなきゃ分かんないし、それに大会まで時間ないのは本当だし、習うより慣れよって言うだろ」

「でも、台本も決まっていないのに焦っても仕方ないんじゃない?」


 俺の意見に反論したのは増倉だった。

 台本の決まっていない状態で事を急いても意味がないと、そう言いたいのだろう。

 確かに、演劇部において台本の決まっている決まっていないは重要だ。できることが圧倒的に違ってくる。


「別に焦ってないわ。ただ、台本が決まった時すぐ動けるようにしときたいだけよ」


「……。私は杉野に言ったんだけど」


「あら、別に私が答えても問題ないでしょ」


 増倉の発言に椎名が応じ、二人は睨みあう。

 おいおい、止めろよ。新入部員の前だぞ!

 そう思い割って入ろうとしたとき、樫田が言った。


「分かった分かった。みんなの意見は分かった。じゃあ、こういうのはどうだ? エチュードをやろう」


 その提案に、みんなが黙った。

 おそらく、まぁそれならいいかと思い、反論がなかったからだろう。

 樫田が続けて言う。


「あれなら演技力を計るにはちょうどいいし、レクリエーションとも稽古とも受け取れるだろ?」


「まぁ、オレはどっちでも良かったし」


「僕もエチュードでいいよー」


 大槻と山路が即座に賛成する。


「私もエチュードならいい」


「そうね。エチュードならいいかもしれないわ」


 夏村と椎名もエチュードに納得し、樫田は俺と増倉に目を向ける。


「ああ、オレはいいと思う」


 俺は頷いて肯定したが、増倉は違った。


「いきなり、エチュードはハードル高すぎない?」


「大丈夫だ。始めは一年生たちには見ていてもらう。その後、一分ぐらいやってもらうが人に見られてどこまで動けるかとか、そういうのを見るつもりだ」


「ああ、なるほど」


 樫田の補足を聞いて、増倉は納得した。


「やることは決まった。一年生たち、なんか質問あるか?」


 隅で固まっていた一年生たちに樫田は聞いた。

 すると、一年唯一の男子、金子が言った。


「えっと、すいません。エチュードってなんですか?」


 ああそうだった。

 まだ自分が先輩になったという自覚がない。それゆえ、つい自分の主観で物事を考えてしまう。

 それは樫田も同じだったのだろう。


「ああ、悪い。そうだよな。えっとエチュードっていうは即興劇のことで、要は台本とか決めず、場面設定だけで、台詞や動作などを役者自身が考えながら行う劇のことだ」


「アドリブ合戦って感じね」


「インプロとも言ったりするわ」


 樫田の説明に増倉と椎名が補足(?)を言う。

 池本と金子は、へぇーと分かったような分かってないような感じで、田島は知っているのか反応はなかった。


「見てみた方が早いだろう。そうだな……とりあえず全員でやるにはちょっと多いから、二組に分かれるか。二年生はじゃんけんするぞ。一年生たちはそっちで見てろ」


 樫田がテキパキと指示を出す。

 一年生たちも俺たち二年生も完全に樫田中心に動いていた。

 そのことに若干の不安を感じた。けど今はそれを表に出しても仕方ないので俺は黙った。


「いつも通り、グーとパーで別れましょ」


 樫田以外の二年生が集まると、椎名がそう言いながら右手を前に出した。


 みんなも各々、利き手を前に出す。


「三人三人に別れるな」


「エチュード久々だねー」


「早く始めましょ」


「後から文句はなしよ」


「じゃあ、いくぞ」


「じゃんけんぽん!」


 俺たちがジャンケンをしている後ろで、一年生が樫田に聞いていた。


「あれ? ええっと……先輩はエチュードやらないんですか?」


「樫田だ。ああ、俺は裏方だからな。見て意見を言うの専門だ。田島はどうだ? 経験者だろ。混ぜってもいいんだぞ」


「遠慮しときまーす。私も見ときたいんで」


「そうか」


 そんな話に聞き耳をたたていると、ジャンケンが終わった。


「それじゃあ別れましょ」


 椎名がそういって右のほうに歩いていく。

 それに合わせるように、俺と山路がついていく。

 結果として俺、椎名、山路の三人と大槻、増倉、夏村の三人となった。


「で、どっちが先やる?」


「またジャンケンするー?」


「いや、悪いが椎名たちからやってくれないか?」


 何か意図があるのか、樫田がそんなことを言った。

 ? まぁ、俺は構わないが。


「別にいいわよ」


「僕もいいよー」


 椎名、山路も肯定し、樫田は残りの三人の方を向くと三人とも問題ないという顔をしていた。

 同意が得られたことで、俺達からすることになった。


「じゃあ一年生、演劇部の練習ってこんな感じなんだって分かってもらえればいいから。しっかり見ていてくれ」


「「「はい」」」


 樫田の言葉に一年生たちが元気よく返事をする。


「それで、お題はどうするのかしら」


 椎名が樫田に向けて、聞いた。

 おおっとそうだった。

 肝心の場面設定を聞いていなかった。

 すると少し考える樫田。ふと何か思い立ったように田島の方を見た。


「お題は田島に決めてもらうか」


「え! 私ですか!」


「ああ、エチュードはいつも俺がお題を決めていてな。またには別の人が決めてもいいだろう」


 確かにいつも同じ人がお題を決めてもつまらないか。

 けど経験者とはいえ、いきなりお題を言うのは難しいんじゃないだろうか。

 そう思ったが、田島はすぐに答えを出した。


「じゃあ、砂漠でお願いします」


「ほう」


 田島のお題に樫田が感嘆の声を上げた。

 悪くないお題だ。抽象的だが、情景は浮かびやすい。


「決まりだな。お題は砂漠で。時間はそうだな、大体三分間にするか。よし、始めるぞ」

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