第15話  女の頼み事には裏がある

 劇が決まってからの演劇部は多忙だった。

 台本読みからは始まって、暗記、そして立ち稽古の繰り返し。

 本番までの日数が少ないこともあり、みんなで必死に取り組んでいた。

 

 そんな中、四月四日。


 実質的な春休み最終日、俺は部活終わりに駅前の大型ショッピングモールに来ていた。

 その二階フードコートの隅に、待ち合わせ人である彼女は座っていた。


「毎度待たせて悪いな、椎名」


 そう軽口をたたき、俺は椎名の前に座った。


「別に気にしてないわ。時間通りだし」


 相変わらず、ユーモアの通じなさそうな硬い解答だった。


「それで話って何かしら」


「あー、それな。このままじゃ聞きそびれると思ってさ」


「?」


 不思議そうに小さく首を傾げる椎名。

 そう、今回は俺が椎名を呼び出したのだった。

 どうしても聞きたいことがあったから。


「いや、俺の勘違いだったらハズいんだけど」


「? 何かしら」


 改まった態度の俺に、椎名が怪訝そうに言った。

 こういう時はストレートに言った方がいいだろう。


「全国を目指そうって言ったの、本当は部活動紹介でやる劇を決めるためじゃないよな?」


 俺の言葉を聞いて、椎名は一瞬、固まった。

 しかしすぐに笑顔を作り、聞いてくる。


「どういう意味かしら?」


「いやさ、考えたんだよ。椎名は何で俺にだけ言ったのか」


「だからそれは――」


「それにどうしてあのタイミングだったのか」


 椎名が何か言おうとしたが、その前に俺が食い気味で言い切った。

 そう、なぜ椎名はあのタイミングで俺に全国を目指そうと言ったのか。

 どうしても俺の中では疑問だった。


「俺は公平に部活動紹介でやる劇を選んだつもりだ。でも、もし椎名に全国を目指そうと言われていなかったら、増倉の劇を選んでいたかもしれない」


 俺はあの議論の後、どうして椎名の劇を選んだのかもう一度考えた。きっかけは昼休憩のとき増倉に言われた一言だった。

 そして無意識のうちに、椎名の味方をするように仕向かれていたのかもしれない。そんな疑念がどうしても拭えなかった。

 それに、もし大槻と山路があのまま部活に来なかったら、俺と夏村だけで劇の選択となる。そうした場合、夏村は性格的に椎名の劇を選んだとして、俺が椎名を選べば数の暴力で椎名の劇が選ばれるだろう。

 そんな考えが頭をよぎってしまった。


「どうなんだ、椎名」


 俺は椎名を問い詰めた。

 確たる確証はないが、妄想だと言い切ることもできない。

 すると椎名は、なぜか笑った。

 嬉しそうに、頭の後ろのポニーテールが揺れる。


「ふふふ、まさか気付くとは思わなかったわ」


 椎名は笑顔でそう言った。

 まさか気付くとは、と。

 ということは俺の勘は当たっていたということだ。


「ああ、でも誤解しないでほしいわ。全国を目指そうと言ったのは本気よ」


 椎名は真っすぐに俺の目を見つめる。

 その真剣な表情に、思わずたじろいてしまう。


「でも、確かにタイミングは見計らったわ。杉野が私の台本の方を選びやすくするためにね。議論の前、下駄箱で待ち伏せしていたのもそう、返事がどうあれ私の方を選んでほしかったから」


 なるほどそういうことか。もし仮に俺が全国を目指すのを断っていたとしても、その罪悪感を利用しようとしていたということ。


「だってこうでもしないと、栞のただ楽しいだけのしょーもない劇に男子全員票を入れるでしょ? そしたら数の力で栞の劇になっていた可能性が高いわ」


 あくまで、俺が椎名の劇に票を入れ、二対二の拮抗状態を作りたかったと。


「それで、杉野はこれを聞いてどうするのかしら」


 椎名は悪びれる様子もなく聞いてきた。

 まるで俺の次のセリフを知っているかのように。

 俺は思っていることをそのまま言った。


「……別に、どうもしないさ」


 すると椎名は満足げに笑った。


「そうよね。あなたはそういう人だもの」


 そう、椎名は俺の性格をよく理解していた。

 確かに俺は椎名に利用されたが、だからといって怒るとか苛立つとかそういった感情は生まれなかった。


「あなたは部活に対してそういう態度でいるものね」


 俺は平穏な部活を愛している。それはつまり、波風を立てないということだ。

 誰かが何か問題を起こしても、俺はそれに対して何か思うことはない。

 平穏無事な部活が送れれば、それでいいのだ。


「ああそうだよ。俺はただ真実が知れればよかったんだ」


「杉野を仲間に選んだのは正解だったわ」


「へいへい、そりゃ良かったですね」


「あら、本当よ」


 どうだか。女という生き物は平然と嘘をつくからな。

 今回の台本の件然り、自分の都合のいいように事を持ってきたがる。

 それはそれとして、今日呼んだ、二つ目の理由を聞かないと。


「で、実際のところどうなんだ?」


「なにがかしら?」


「全国を目指そうっていうことはなんか作戦があるんだろ」


「ええもちろん」


「じゃあ、その作戦ってやつを教えてくれよ」


「そうね。杉野には話しておきましょ」


 そう言うと、椎名は背筋を伸ばし真剣な表情をつくる。


「まず、六月の大会で先輩たちが引退するわ」


「そうだな」


「そこで決まるのが次の部長よ」


「ああ……ってまさか!?」


「そう、私はそこで部長になること。これが次の私たちの目標よ」


 次の部長。部の方針を決め、指揮することを許された存在。

 確かに、全国を目指そうってするなら部長としての権利は必要だろう。


「そして部長となったら私たちが全国を目指そうとしていることを部員の全員に公表するわ。部長にさえなればその権利と資格があるでしょ」


「賛同しなかったものは?」


「……追い出したりはしないけど、その全国を目指すつもりで勝手に練習メニューや日程は組むわ」


「まるで独裁政権だな」


「言ったでしょ。全国行くためなら何でもするって」


 椎名の目は本気だった。

 ただ、俺との約束も守ってくれるようで、追い出したりはしないらしい。


「で、どうやって部長になるんだよ」


「そこについては色々考えているわ」


 どうやら、今はまだ教えてくれないらしい。

 まぁ、椎名が動かない以上、こっちから主体的に動くこともないだろう。

 俺としては平穏な部活を送りたいし。


「まぁ、言わないなら言わないでいいけど、突然何かしろって言われても無理だからな。事前連絡よろしくな」


「ええ、分かっているわ」


 椎名は当然のことのようにうなずく。

 いや、あなたこの前急に呼んだじゃないですか。

「それにしても、明日から二年生なのよねぇ」

 何かを思い出したかのようにぽつりと椎名が言った。


「……そうだな」


 そう、俺たちは二年生になる。

 今までのようにただ先輩の言うことを聞いていればいいということはなくなる。これからは自分たちで主体的に動かなければいけなくなる。

 きっとこれまで違う部活動になっていくだろう。

 椎名は部長を狙っているが、誰が部長になるか正直分からない。

 それにどんな新入部員が入ってくるかも分からない。

 先輩たちが辞めた後、俺たちがどうなるかも分からない。

 分からないことだらけだ。

 それでも時は過ぎ、否応なくその時は来るのだろう。


 そしてまだ俺たちは気付いていなかった。

 高校二年生として過ごす一年間が、波乱に満ちていようとは。


 第一章完

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