第4話 女子からの「話がある」はだいたい良いことがない
椎名香菜。前にも言ったがポニーテールが特徴的で小柄な俺と同じ演劇部員。
誰よりも真面目で、演劇のことになれば誰よりも厳しい一面を持つ。
演劇に対する熱意といったら部内一番であろう。
そんな彼女が俺に話とは。
まぁ、どうせ大槻と山路のことだろうと俺はたかをくくる。
そんなことを考えていると、詳しい待ち合わせ場所がメールで送られてくる。
俺は駅前の駐輪場に自転車を止め、急いで向かった。
駅前の大型ショッピングモール。その二階フードコート、その隅の席に彼女は座っていた。
「悪い、待たせた」
なんとなく、そんなセリフを言ってみた。
男女の待ち合わせといえば、このセリフだろう。
「そうね、少し待ったわ。でも呼び出したのは私だし、気にしないで」
そこは「私も今来たところ」じゃないのかよ。
そう思いながら俺は椎名の対面に座った。
真面目な椎名らしい返答に呆れながら、俺は話を進める。
「で、どうしたんだよ。珍しいじゃん。椎名が俺を呼び出すなんて」
もちろん、同じ演劇部の仲間として学外において、みんなで遊ぶことはあった。
しかし、椎名と二人になる機会はこれまであまりなかった。
女子と二人っきりという状況に今更ながら緊張してきた。
「そうね。どういったものか少し悩むのだけれども……杉野は今の演劇部、楽しい?」
唐突な質問だった。
けれど俺の意見は決まっていた。
すかさず答える。
「まぁ、楽しいよ」
そう、俺は演劇部での部活が楽しい。
正直この一年間色々あったから、全部が全部楽しいというわけではなかったけど、それをひっくるめても、俺は今の演劇部に満足していた。
しかし、俺がそう言った瞬間、椎名の視線が鋭くなった。
「し、椎名はどうなんだよ?」
俺は凍てつくようなその視線を感じながら聞き返す。
椎名は少し考え込んでから、覚悟を決めたようにゆっくりと言った。
「……私は……楽しく、ないわ」
その言葉に俺は大きな衝撃を受けた。
椎名の真剣な表情のまま続けて言う。
「だってそうでしょ。大槻も山路も部活を平然とサボるし、ありえないでしょサボるとか普通、それも春休みになってからは一回も来てないのよ! それなのにみんな仕方ないだのしょうがないだので済ますし、しっかりと罰を与えるべきよ。それに栞はただ楽しい劇をやりたいだけでこれからの部活のことなんて何にも考えてないのよ。佐恵に関しては面倒になるとすぐにどっかに逃げるし、お前も演劇部員だろうがって言いたくなるわ本当に。後、樫田は役者のことは役者で決めてくれとか言って裏方の仕事に徹するし、まぁ樫田しか裏方いないから仕方ないとは思うけど、もう少し真摯になってもいいじゃない? とにかく、全体的にみんな弛んでいるのよ」
そういって俺を睨み付けてくる椎名。
いや、睨まれても困るし。
しかし、椎名の言うことも分からなくはなかった。
実際今の演劇部は弛んでいる。それは事実だろう。
とはいえ――
「まぁ、言いたいことは分かるけど、それが俺に話したかったこと?」
「いいえ違うわ」
違うんかい。
思わずそう突っ込みそうになった。
ただの愚痴を聞かされただけだった。
「じゃあ、何の用で呼び出したんだよ」
「それはその……あ、私たちもうすぐ二年じゃない。それなのに今の弛み切ったままじゃ良くないと思うの。杉野はどう思う?」
なんかはぐらかされた気がする。
まぁ、でも確かに俺たちはもうすぐ高校二年生。部活の中心になっていくのだ。
現状からじゃ想像できないが。
「今のまま二年になって、俺たちが演劇部回せんのかって言われたら自信ないけど」
「そうでしょ! 私たちって今なんのビジョンもない状態じゃない!?」
「ビジョン………? まぁ、目標とかないからなぁ。大会出て賞取れればラッキーぐらいの感じだよな」
急にカタカナ用語を使うなよ。何だよビジョンって、鳥の鳴き声か。
そう思いながらも、なんとか話を合わせる。
「そうなのよ。でもそれじゃよくないでしょ」
「まぁ、そうだな」
集団とは、明確にやることが決まってなければ烏合の衆に等しいもんだ。
現に今、演劇部では大槻と山路がサボっている。
それに俺たち自身もあまりやる気がない。
停滞しているのが現状だ。
「そこで、杉野を今日呼び出したわけなんだけど」
まぁどうせ、大槻と山路の件か、部活動紹介でする劇についてだろうと俺は思っていた。
けれどその考えは即座に否定される。
「単刀直入に言うわ。私、秋の演劇大会で全国に出たいの」
「――」
反応ができなかった。
全国大会。たいていの部活の最終的な目標となるだろう。
けれど、本気で全国に行きたがっている部活は日本にどれくらいあるのだろうか。
二秒、三秒と静かに時が流れた。
「なんか反応してほしいんだけど」
「え、ああ、そうだな……」
椎名の言葉に俺はうまく言葉を返せなかった。
「正直、考えたこともなかった。全国に行きたいだなんて」
「どうして?」
「どうしてって……そりゃ雲の上の話っていうか、だいたいそういうのって常連校とか名門校的な有名校が目指すものだろ。俺たちみたいな地区大会でも結果を残せないような弱小校が言えたことじゃないだろ」
「じゃあ、杉野は勝ちたくないの?」
「そりゃ、勝てるなら勝ちたいけど演劇で勝つってなんだよ」
演劇はスポーツとは違う。サッカーみたいに明確なゴールがあるわけじゃないし、野球やバスケみたいに得点を競うあうわけでもない。かといってフィギュアスケートみたいに審査員が芸術点を評価するわけじゃない。
役者の演技、台本の面白さ、音響や照明が照らす舞台の世界観、そういったものの総合評価で決まっていくものだ。
果たして、演劇に勝ち負けなんてあるのだろうか。
「そんなの、観客の『心を動かせるかどうか』よ」
「心を動かす? 感動させるってことか?」
「感動させるだけじゃないわ。楽しませたり悲しませたり、スッキリさせたり、ひょっとしたら不快にさせるのも時にはいいのかもしれないわ。とにかくそう言った感情の変動よ」
椎名の説明に俺はなんとなく納得する。
何も感動させるだけが演劇じゃないのだ。
そんな俺の考えを察したのか、椎名は話を続ける。
「私は勝ちたいわ。勝って全国に行って優勝したいの。そのためには今のままの部活じゃダメだと思う。もっとちゃんと練習して力をつけていきたいの」
もし仮に、椎名の言う通り全国を目指すなら今のままでは無理だろう。
俺たちは決して演劇が上手いわけではない。
それはこの一年で嫌というほど分かった。
多分、椎名もこのことは十分に理解している。それでもなお、勝ちたいという椎名の気持ちは素直に賞賛すべきなのだろう。
ただ分からない。なぜそれを俺に話すのか。
なぜそれを俺だけに言うのか。
そのことに違和感を覚えた俺は率直に聞いた。
「椎名の言いたいことは分かったよ。でもなんでそれを俺だけに言うんだ?」
「そんなの簡単よ。部活内で私の次に勝ちたいって思っているのが杉野、あなただからよ」
あっけらかんと椎名は答えた。
勝ちたいと思っている? 俺が? まさか。
そう思っているのが顔に出たのか椎名は意外そうな顔をして、
「まさか、気付いてなかったの。少なくとも男子の中で一番勝ちに貪欲なのは杉野よ」
何か確信を持つようにそう言った。
その強い口調に俺は何も言えなくなった。
「話し戻すけど、私は勝ちたい。でもそれは一人じゃできないわ」
その言葉に俺は頷く。
演劇は一人じゃできない。
一人芝居なんてものはあるが、それはあくまで役者で一人と言うだけだ。
多くの裏方に支えられ、そして監督や演出家の指導の下でようやく演劇は形作られる。
「だから杉野には私と一緒に全国を目指してほしいの」
椎名の目からはっきりとした決意を感じた。
本気だ。本気で全国まで行きたいと言っている。
けれど俺にそれほどの決意があるのだろうか。
自問自答をすると胸の中で心臓の音が速くなる。
さらに背筋はしびれ、手足の先が震えそうになる。
ああ、真面目な話は苦手だ。
どうしようもなく心が圧し潰されそうになる。
「……今は何とも言えない」
自然とそんな言葉がこぼれた。
高みを目指すこと、向上心のあることはいいことだ。
しかし、突拍子もないことに考えが追い付かなかった。
何より俺は――。
「……そう」
俺の言葉に椎名は小さく答えた。
特に怒ることなく、少し寂しそうな表情をするだけだった。
そんな椎名を見て、慌てて言葉をつなげる俺。
「それにほら、今は大槻と山路をなんとかしないとだろ。部活動紹介のとこもあるし」
「そうね。じゃあ、その二つの問題が解決したら答えを出してくれる? 私と一緒に全国を目指すどうか」
「ああ、分かった。その時までには結論を出すよ」
俺は二つ返事で答えた。
そうすると椎名は満面の笑みを浮かべた。
「そう、なら大槻と山路の方は簡単な問題よ」
「え、マジ?」
「ええ、シンプルなことよ」
椎名は自信満々の様子だった。
マジか、ノープランだったから助かるわ。
いやー、しかもシンプルなこととはありがたいわ。難しいことしなくいいのがいいね。シンプルイズベスト。これで問題解け――
「あの二人を部活から追い出せばいいのよ」
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