19.ニグリスVSアゼル


「いい加減死ねやぁぁぁっ!!!」

「お前のために死んでやるほど、お人好しじゃない」


 少し離れて、依然としてアゼルは必死に剣を振り回していた。

 酷く顔を歪めて、哀れにすら感じる。


 怒涛の連撃ではある。だが、それだけだ。

 落ち着いていた俺に対し、頭に血が上っているアゼルでは気付かなかったんだろう。


「逃げ回ってんじゃねえよ! 攻撃も出来ねえのかあぁ!?」


 やはりアゼルは馬鹿だ。

 何年も一緒に居て、アゼルの癖を知らないはずがないだろ。

 いつも攻める時は左の大振りから入る。


「重着治癒(レイヤードヒール)」


 だから動きが単調になって読みやすい。

 俺はここで反撃に出た。


「前も言わなかったか。大振りすると、脇ががら空きだって」


 俺のアドバイスをゴミだと言い張り、無視した報いだろう。

 重着治癒(レイヤードヒール)で強化された拳に、アゼルは耐えることが出来ない。


 グギッという骨が捻じ曲がる音と共に、アゼルが吹き飛ばされる。


「い、いでぇぇぇっ!」

「治癒(ヒール)」

「えっ……」

「懐かしい感覚じゃないか? 怪我したと思っても、すぐ治ってる。ああいや、アゼルの場合は傷がつかないって感覚か。痛覚ないもんな」


 皮肉を言ってみる。

 今まで受けていた恩恵を、ようやく感じ取ったのか、俺が近寄ると後退りする。


「な、なんだよ……どういうことだよ!」

「お前が散々嘘だと言ってきた治癒魔法だよ」

「……う、嘘だ。お前は魔法なんか使えない、剣も使えないお荷物なんだ。ゴミなんだよ……寄生虫だろうが!」

「現実を見ろ」


 カキンッという金属音と共に、アゼルの剣が弾かれた。

 その反動を見逃さず、俺の拳がアゼルの頬を貫いた。


 フローレンスによる蹴り、俺の拳。

 これが重なり、アゼルの顎は崩壊した。


「あ……あがっ……」


 痛みで叫びたくても、叫ぼうとするたびに痛みが走るのだろう。

 ヨダレが止まらず、ダラダラと滴り落ちている。


 ……哀れだな。


 Sランクパーティーのリーダーがこんな姿だなんて、誰も信じられない。


「治癒(ヒール)」

「かはっ……! い、痛みが……っ!」

「喋れなくなると困るだろ」

「て、てめぇ……」


 隙だと思ったのだろう。剣で斬り付けて来る。

 諦めない執念に俺は拍手を送りたい。


「アゼル。お前は自分の都合さえ良ければ、他は要らないんだよな」


 我儘で自分を世界の中心だと思っている。子どもだ。

 子どもを躾けるのに簡単な手段を俺は知っている。


 足を砕かれ、顔面がボコボコになろうとも、一瞬で治癒されている。


「……治癒するな! 治癒するなァァァっ!」


 狂乱したアゼルは振り回した剣で抵抗する。

 もはや冒険者としての面影は一切ない。

 

 圧倒的な実力差になすすべなく、蹂躙される。

 

「いっ……あがぁぁぁっ!」


 足を折られ、手を折られ、芋虫になったアゼルは地に伏した。

 四つん這いになりがら立ち上がろうとするアゼルを、容赦なく踏みつけた。


「立てよ。殺すんだろ、自分の都合で、我儘に一方的に」

「殺す……殺してやる! 何が何でも殺してやる!」


 諦めないでくれて嬉しいよ。まだ終わりじゃない。

 ……俺の代わりに入った新人。俺がもっと早くアゼルを痛めつけていれば、死ななくて済んだかもしれないんだ。


 フェルス達は違うと言ってくれるだろうけど、どうしても感じてしまうんだ。手の届くところに居たのに、助けることが出来なかった。


「分かった謝るから! 治癒はやめろ! やめろやめろやめろっ! もう嫌だやめてくれ!」


 腸を抉られようが、肉を千切られようが、俺の治癒は一発で治る。

 誰かを想い、魔法を使えば効果はさらに強くなる。


 死んだ人を想い、魔法を使う。これは俺だけの復讐ではない。アゼルによって不幸になった人たちの復讐だ。


「アゼル。お前のやってきた、我儘に生きる人生がどこまで通用するか見せてみろよ」

「いが……いぶっ……」


 激痛と治癒の繰り返し。

 それを繰り返すと人は頭の処理が追い付かず、バグり始める。


 フローレンスを殺す? アイツがどんな想いをして生きてきたか知らないのか。

 俺は過去を見たから知ってるんだ。


 辛くて、一人で必死に生きてきた女だ。

 気丈に振舞いながらも、まともな人生を歩めちゃいない。たまに見せる素直な少女の姿だってある。

 それを知らないくせに、殺すなんて気軽に言うな。


「……反応がなくなったな」


 脳がキャパオーバーし、アゼルは虚ろな瞳のまま痙攣してしまった。

 痛みが度を超すと人は死んでしまう。だが、ある程度の治癒でそこもカバーできる。


 死なずに、永遠の痛みだけが続く。 


 既にアゼルの闘志は折れていた。

 今まで溜まっていた鬱憤を晴らした気分だ。


 それ以上に、心が澄んでいた。

 今まで何を怖がっていたんだ俺は。


 ようやく解放された気がした。


「……俺はお前を殺しはしない。治癒師としてだけじゃない。お前は生きて罪を償うべきだ」


 治癒しておくか。とりあえずスッキリしたし、いいよな。てか気絶してるし。


 こういう場合って冒険者ギルドに突き出せばいいのか?


 ああ戻らないと、アリサが魔法ぶっ放してなけりゃいいけど。

 感情が高まるとすぐぶっ放すからな。

 

 それにフェルスも、アイツら殺してないよな。


 ……なんで俺がアイツらの心配してるんだ。普通逆だろ。


 まぁ、これも信頼してる証か。

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