第36話 覚悟
一体何が起こったんだ。
この黒い空が原因の一つなのは明らかだ。
「闇の精霊……」
頭にその名前がよぎった。
ただの勘だが、これほどの化物を用意できるのは、シーサーペントを従えていた闇の精霊ぐらいにしか思えない。
『……とんでもない化物が現れたな。あれは我でも敵わん。ノアでも難しいだろう』
『ファフニールにそう言わせるなんてよっぽどだね』
『ああ。我から一つ忠告しておきたいのだが、アレと戦おうとする真似はやめておいた方がいい』
『……ははっ、そうかもしれないね』
『その顔は言っても聞かなそうだな』
『参考にさせてもらうよ』
一通り現状を把握した俺は、急いで屋敷の中に入る。
屋敷の3階にあるアレクシアの部屋に向かった。
『アレクシア! 大変なことになった!』
扉をバタンと勢いよく開けた。
アレクシアは立って、窓の外を見つめていた。
窓からは山のように大きな亀がのしのし、とゆっくり歩いているのが見えた。
『……うん、そうみたい』
力のない声だった。
振り向いたアレクシアの顔色は悪い。
様子がおかしい。
どうしたのか考えてみると、昨晩の会話を思い出した。
── 父は私の目の前で大きな亀の化物に食べられちゃったから。
『まさか……あの亀は……』
俺はその先の言葉を口にすることを躊躇った。
でも聞かなきゃ何も話が進まない。
『……アレクシアの父を食べたのはあの亀?』
『……うん』
震えた声で呟いた。
となると、あの亀は古代魔法を使うルーン族と互角以上に戦うことが出来る化物なのだろう。
それにしても何故、そんな化物が現れたのだろうか。
『アレクシア、辛いかもしれないけど当時のことを話してもらってもいいかな。あの亀の化物は絶対に倒さなきゃいけない存在だろうから』
あの亀から感じるのは邪悪。
ファフニールとは違って、まともに話し合いが出来るような気がしない。
アレクシアの様子を見る限り、俺の直感はそう外れていないはずだ。
『……嫌だ。ノアには戦って欲しくない。死にに行くようなものだわ』
『大丈夫。俺は死なないよ』
『そんなの分からないわ』
『でも、戦わなきゃ大勢の人が死んでしまうかもしれない。俺はそうなるのが嫌なんだ』
『……ノアは優しい。だけど、もっと自分のことも考えて方がいい。死んだら終わりなのに』
『ああ、知ってる。これはもう病気かもね』
俺は笑って誤魔化した。
『……分かった。それなら私も一緒に戦う』
アレクシアの表情が変わった。
目の色に覚悟が宿っていた。
『それはとても助かるんだけど……アレクシアにも危険が及んでしまうよ』
『ノアに死んで欲しくないもの。死ぬときは一緒。──それに、父の仇を討ちたくなった』
『強いんだね、アレクシア』
『ううん。本当はとても怖い。でもここで戦わなきゃ後悔すると思った』
『怖いものに立ち向かうのはとても勇気のいることだよ』
この短時間でその覚悟を決めたアレクシアを俺はとても尊敬した。
『うん。ありがとう』
『よし、それじゃあ当時のこと聞かせてもらえるかな?』
『分かった。まず、あの亀の名前は夢幻亀。常に動き続けていて、休憩しているところを見たことがないわ。そして、魔法が効かない』
『魔法が効かない?』
アレクシアは頷いた。
『あの甲羅がとても厄介。露出している部分はいくら攻撃しても効かなくて、弱点は甲羅に覆われているの。物理的にダメージを与えるのも難しい。あの大きさだから攻撃の規模が大きくないとそもそも意味がないわ』
『なるほど……ルーン族でもアレを倒すのは難しかったわけか』
『でも、それ以上詳しいことは知らない。ごめんなさい』
『いや、十分だよ。ありがとうアレクシア』
『ん』
アレクシアは頭をこちら側に傾けた。
『……撫でて欲しいの?』
『う、うん。褒めて』
少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
……もしかして照れてるのかな?
昨日は照れている様子はなかったけど、どうしたんだろう。
まあそこまで深く考えずに俺はアレクシアの頭を撫でた。
『ひとまず、ユンのところに行こう。話すことは沢山あるだろうから』
『ええ』
◇
ユンは工房で魔導具作りに夢中になっていた。
「おーい、ユン! 聞こえてるかー?」
「──へ? あら、ノアじゃない! 一体どうしたのかしら?」
顔をあげたユンは現在何が起こっているのか、何も分かっていないようだった。
様子を見に来て本当に良かった。
「窓の外を見てみて」
「窓の外? ──ええっ!? ナニコレェッ!? あの亀デカすぎない!?」
ユンは飛び跳ねる勢いで驚いていた。
確かに夢幻亀を見れば誰だって驚くだろう。
「あの亀は危険だ。早く倒さなきゃいけない」
「……そうね。あのデカさだと動いてるだけで街に被害が出るわね」
「ああ、だから俺とアレクシアであの化物を倒すことにした」
「二人で!? アレクシアも確かに古代魔法を使えるみたいだけど、危険じゃないかしら。勝てる見込みはちゃんとあるの?」
「な、ないかな……」
「それならラスデア王国の兵力が注がれたときに全力で戦うべきね! 騎士団、魔法部隊、そして冒険者達が討伐に動くはずだから、そのときにノア達も戦いに参加すればいいわ! どうせノアのことだから止めても戦いに行くだろうから、私に出来るアドバイスはこれぐらいね」
「なるほど……確かにその通りだ」
ユンには完全に俺の性格を見抜かれているようだった。
勘の鋭い人だ。
「ノアは冒険者だから志願すれば戦い出来るけど、アレクシアはそうじゃないものね! それにノアもE級冒険者だから志願しても参加できない可能性もあると来た。んー、こうなったら私のコネで何とかするしかないわね! よし、私に任せておきなさい!」
そう言って、ユンはドンと胸を叩いた。
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