第30話 アレクシアの古代魔法

 翌朝、朝食を済ませてからアレクシアにラスデア語を教えることにした。

 方針としては基本的な文法を最初に教えて、あとは生活のなかでラスデア語を取得していくというものだ。

 どういう流れで言語を理解するのが良いか昨晩考えた結果、何かに関連付けて覚えるのが一番ではないか? という結論に至り、この方針に決定した。


 俺とアレクシアは机に向かって隣り合わせに座っている。


『まずはルーン語とラスデア語の違いを説明するね』

『うん。分かった』


 机の上に置かれた紙に言語のイメージを記していく。


『ルーン語は1文字の持つ情報量がとても多いのが特徴だね。だからある程度、文を省略しても意味が伝わると思うんだよ』

『確かに』

『アレクシアがこれから覚えていくラスデア語は文を省略すると、ルーン語に比べると意味が伝わりにくい。だからその分、文法をしっかり理解しておく必要があるね』

『分かった。よろしくお願いします』


 アレクシアはペコリ、と頭を下げた。


『ははっ、頑張るよ』



 ◇



 ラスデア語の基本的な文法を教えたあとは街に向かった。

 現代の常識を学ぶこととラスデア語の語彙を増やすことを兼ねている。

 その都度、単語を教えるってわけだ。


 アレクシアの服装はルーン族の衣装だと目立ってしまうので、現代のものに着替えている。

 白いブラウスがアレクシアの雰囲気にとても似合っていた。


『いい匂いがする……』


 露天商から漂う匂いをかいで、アレクシアは呟いた。

 焼き鳥の匂いだ。

 俺もルベループに初めて訪れたとき、焼き鳥を食べたな。

 あのときは冒険者ギルドの場所を尋ねることが目的だったけど、アレクシアも俺と同じことをしていると思うとなんだか面白い。


『これは焼き鳥って言うんだ』


 その後、ラスデア語で「焼き鳥」と発音してあげるとアレクシアはそれを復唱した。


『私、食べたい』

『そうだね。近くにベンチがあるからそこで一緒に食べようか』

『うんうん』


 アレクシアはコクコクと頷いた。

 昨日からアレクシアは現代の食事の虜になってしまっている。

 露天商から焼き鳥を3本ずつ買って、噴水の前にあるベンチに座る。

 アレクシアに焼き鳥を渡すと、美味しそうに食べ始めた。


 はむはむっ。


『どう?』

『美味しい……!』


 アレクシアはすぐに3本を食べてしまった。


『あ、もっと買えばよかったかな?』

『ううん。これぐらいで丁度いい。それにノアにも悪いから』

『そんなの気にしなくていいよ』

『……本当』

『うん』

『……じゃあもう3本だけ食べたい』


 アレクシアは少し恥ずかしそうにお願いした。


『ははっ、分かったよ。買ってくるね』

『ありがとう』


 ぱあっとアレクシアは表情を明るくさせた。

 露天商のもとへ行き、再び焼き鳥を3本買う。

 そしてアレクシアのもとへ戻ると、見慣れない男性3人がアレクシアを周りを囲んでいた。


「君、可愛いねぇ~」

「俺達C級冒険者なんだけどさ、ちょっと遊んでいかない?」

「悪いようにはしねえよ? へへっ」


 会話の内容を聞くに3人は冒険者のようだ。

 アレクシアは何を話しかけられているのか分からない様子で首を傾げている。


「すみません、彼女ラスデア語が分からないんですよ」


 俺はその場に駆け寄った。


「へぇ、ここら辺じゃ見かけない顔つきだと思ったらそういうことかぁ~」

「言葉じゃ分からないんじゃ仕方ないよな。強引に連れていかせてもらうとするかな」

「それがいい。言葉が分からないならそれはそれで都合がいいわけだしな」


 3人は勝手に話を進めている様子。

 話が通じていなかった。


「すみません、彼女はまだラスデア王国にも慣れていないので」


 俺は3人とアレクシアの間に入る。

 ……殴りかかってきたらどうしようか。


「あぁん? ガキが邪魔すんじゃねーよ。俺達はC級冒険者だぞ?」

「痛い目見たくなかったらさっさとそこをどきな」


 なにやら一触即発な雰囲気だ。

 とっととこの場から逃げてしまった方がいいかもしれない。


『ノア、この人たち悪い人?』


 背後でアレクシアがそう尋ねてきた。


『かもしれないね』

『そう。じゃあこうすればいい。──《突風》』


 アレクシアは古代魔法を唱えた。


「おい、何喋ってんだよ!」

「早くどけっつてんだよ!」


 突如、3人の横方向から強烈な風が吹いた。


「うわああああぁぁっ!?」

「なんだこの風ぇぇぇっ!?」

「なんで吹き飛ばされんだよぉっ!?」


 3人は吹き飛ばされ、ちょうど噴水に落ちた。

 周囲は何が起きたんだ? という様子で少しざわつきながら、3人を不思議な目で見ていた。


 ……考えてみれば当たり前かもしれないけど、アレクシアも魔法が使えるんだな。

 上手く魔法の威力をコントロールして、吹き飛ばし過ぎないようにしているのだろうか。

 だとすれば、なかなかの腕前だろう。


 ……まぁそれは置いといて、これは逃げた方がよさそうな雰囲気だ。


『ア、アレクシア、ちょっと場所を変えようか』

『分かった』


 俺は少し動揺しつつもアレクシアの手を取って、この場から逃げ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る